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Fashion&きもの

2026.05.07

晴天だけど、あえてのレインコートは上級者の証【竹本織太夫 着こなしの美学】15

文楽の太夫・竹本織太夫さんのこだわりファッションを紹介するこちらの連載、開始して2年が経過しました! 取材日は雨に見舞われることがなく、どうも晴天が多いような......。今回も、天気予報では雨マークだったのですが、目の覚めるような晴天! これはもう、織太夫さん=晴れ男決定ですね。 

「佐太天神宮」の可憐な桜を愛でる

撮影にお邪魔したのは、大阪府守口市の佐太天神宮です。人形浄瑠璃の三大名作のひとつ、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の舞台としても知られています。詳しくは、下記をご覧ください。

文楽の魅力を伝える【文楽のすゝめ 四季オリオリ】最新回は、コチラ

街中でありながら、鳥居をくぐると静寂がおとづれ、都会のオアシスのような場所です。境内へ入ると、緑豊かな空間が広がっていて、くつろいだ気分になりました。ちょうど可憐な桜が咲いていたので、織太夫さんと一緒にパチリ。梅の植栽も施されているので、開花の時期には、大勢の人たちが訪れるようです。

ストロングコーヒーで、ほっと一息

佐太天神宮からタクシー移動して、大日駅前にある丸福珈琲店・大日店へ。織太夫さんは午後からお稽古を控えておられたので、朝早くの取材にお付き合いいただいていました。「あー今朝、初めての一杯。美味しい」と味わっておられたのは、濃厚で深いコクが特徴のストロングコーヒーです。大阪市中央区にある千日前本店には、かつて名人の太夫が、足繁く通っておられたのだとか。「20年ぐらい前なら、住太夫師匠※かもしれませんね。コーヒーがお好きだったから」と織太夫さん。

※7代目竹本住太夫。文楽界初の文化勲章受章者で、名人として知られる。

ホットケーキのモーニングセットをチョイスされていました

気まぐれな季節にも対応可能なコート

今回も皆さまお待ちかねの、ファッション解説をお届けします!

ファッション解説・鈴木 深
はい、今回もやります『和樂web』スーパーバイザー・鈴木 深による「勝手にファッション解説」。毎度のことながら長くなりますので、時間のない方は読み飛ばしてください。

今日の主役は、なんと言ってもレインコートです(この日は晴天でしたが)!
形はいたってオーソドックスなバルマカーンコートと見受けられます(このコートをステンカラーコートと呼ぶ人もいますが、それは和製英語です。海外では通じないので要注意)。
そして注目すべきはこのコートの特徴的な、撥水効果の高い素材です(晴天ですが)!

神社の社務所に文楽公演のポスターが! すかさずスマホで撮影

ポリエステル70%にコットン30%ミックスしたこちらの素材は、1960年代後半に流通し始めた生地を特注で再現したもの。
遠目から見ると光の当たり方によってはまるで無地に見えそうなさりげなさですが、接近してみると実は細かなチェック柄の上にさらに大きなプレイド柄が織り込まれ、水をはじく独特のザラリとした手触りと相まって、こちらの生地が大変凝ったものであることがわかります。
ボタンは特注のバッファローのホーン(角)ボタンで重厚感を醸しつつ、裏地は通気性のいい軽やかなリネンキャンバスで、ムシムシとした雨の湿気を外へと放出してくれるんです(晴天ですが)!

これまで毎回このファッション解説でしつこく何度もお伝えしてきたことですが、太夫の着こなしの最大の魅力は「接近戦に強い」ことです。
今回のコートも遠目にはあっさりと見えていながら、近くに寄って触ってみると「ん? この素材感といい、配色といい、この凝りまくったコートは一体なんなんだ!」と見る人を驚愕させる必殺アイテムとなっています。

そして太夫はたまたま思い出したかのように「ああ、そういえばこんなものもありましたね」と、コートのポケットから何かを取り出しました。なんとそれは、このコートと全く同じ素材でできたレインハットでした!
コートと帽子のセットアップという発想は普通の人にはありません。ここにも太夫の緻密なこだわり(というか執拗なまでの完璧主義)が垣間見えます。確かにこのコートと帽子があれば、イギリス紳士のように傘をささずステッキのようにして歩くこともできそうです(晴天ですが)!

しかし今回の太夫のファッションで注目すべきはアイテム選びだけではありません。本当にすごいのは、この着こなし全体の完璧なバランスです。
シルエットのバランス、素材感のバランス、配色のバランスなど、着こなしバランスには色々ありますが、まずはこのすんなりと体に沿うコートのサイズ感に注目です。大きすぎて体が泳ぐこともなく、小さすぎて窮屈に見えることもなく、とてもすっきりと(まるでコートなんて着ていないかのように)軽やかに羽織っていらっしゃいます。
薄手のコートとはいえ素材にハリ感があるため、どこかに不自然なシワくらいあっても良さそうなものですが、もちろんそんなものはどこを探しても1ミリも見当たりません。
ビスポーク(オーダーメイド)で仕立てたにしろ、既製品をバラして太夫の体に合わせて縫い直したにしろ、このコートのシルエットは完璧すぎます。

そして全身の配色バランスには、一分の隙もありません。このコートの襟元(Vゾーン)からのぞく、すっきりとしたバンドカラーの白シャツの清潔感がとてもいい仕事をしています。
そもそも太夫のキャラの濃さはハンパなく、いくら爽やかに装ってみても、いくら普通っぽくつくろってみても、ど〜〜してもデンジャラスな「ただものでないオーラ」というものが溢れ出てしまいます。
その危険な要素をバッチリと抑えているのが、この首元でチラ見せしている白シャツの清潔感なんです。

ちなみにメンズファッションに疎い担当ライターの方が、「このシャツ、伏見稲荷の時も着ておられましたよね!」と太夫に言ったところ、「伏見稲荷の撮影で着ていたシャツはシャンブレー!  今日着ているのはコットンピケ! ぜんぜん違うんですよ!」と一喝されたそうです。気になった方はこちらをどうぞ。

「いつ死んでもかまわない」覚悟のファッションで、京都・伏見をぶらり散策【竹本織太夫 着こなしの美学】10

こちらの白シャツの素材はコットンピケ。細かいワッフルのような凹凸があり、カタン糸で縫い上げられた柔らかな光沢と、高瀬貝ボタンが上品なニュアンスを感じさせるのがミソです。レインコートの張り感とは対照的なこちらの風合いを合わせることで、着こなしに奥行きがでるというわけです。
しかもバンドカラーの脱力感が絶品! バンドカラーのシャツは古くからワークウエアとして普及していましたが、元々は14世紀のフランス、ノルマンディの貴族が着用していたのが始まり(諸説ありますが)。このどこか牧歌的なニュアンスをコートの襟元にチラリとのぞかせることで見る人を安心させ、それが太夫から滲み出てしまう「危険な匂い」を抑えるために一役買っているというわけなんです。
我らが太夫はこの白シャツの爽やかさを熟知しており、襟元のVゾーンだけでなく、さらに腕を動かした際にコートの袖口からほんの少し(2cm)だけチラ見せして、着こなし全体の印象をコントロールしているんです!

雨の日に効かせる“白の効果”は、僕ら常人でも取り入れられる配色テクニック。いつもなら一般人が織さまの着こなしを参考にすることは危険すぎて絶対おススメしませんが、この“白のチラ見せ効果”だけはぜひ真似してみても良いかもしれません!

う〜む、あらためて見ても、やはり織さまの計算し尽くされた着こなしは、配色においてもシルエットにおいても非の打ちどころがありません! このコートと白シャツの完璧な素材バランスも、両者が見事に引き立てあっていて、お互いに切り離せない存在だということが、よ〜くわかります。
だからこそ、まさかの天気予報が見事に空振りして晴天に転ぼうが、丸福珈琲店でホットケーキのモーニングセットをパクつく時であろうが、我らが太夫は決してコートを脱ぐわけにはいかないんです!
大いなる尊敬を込めて、合掌。

竹本織太夫さん情報

Podcast文楽のすゝめ『オリもオリとて』
X文楽のすゝめ official

取材・文/瓦谷登貴子 取材協力/佐太天神宮、株式会社丸福商店

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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