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Fashion&きもの

2025.05.09

「いつ死んでもかまわない」覚悟のファッションで、京都・伏見をぶらり散策【竹本織太夫 着こなしの美学】10

文楽の太夫・竹本織太夫さんの普段コーデをご紹介する連載の10回目は、伏見稲荷大社へ。コートをすっきりと着こなした織太夫さんに同行しました。周辺は土産物店や飲食店が建ち並び、人気観光スポットになっています。その散策の様子もご紹介します。

文楽の魅力を伝える【文楽のすゝめ 四季オリオリ】最新回は、コチラ

ふと見つけた「伏見人形」のお店

伏見稲荷大社の朱塗りの鳥居がずらりと連なる光景は、圧巻の一言! 祈りと感謝の気持を込めた鳥居の奉納は、江戸時代後期に始まり、今日の名所「千本鳥居」が、形作られていきました。
千本鳥居をバックに、織太夫さんを撮影させていただきました。鳥居の鮮やかな赤と、インナーの白シャツとのコントラストが美しいです。

観光名所としても人気の高い伏見稲荷大社周辺には、老舗和菓子店や、話題の人気店などが並んでいます。織太夫さんがふと足を止めたのは、趣のある店構えのお店。歴史を感じる風情と、ショーウインドウに飾られた人形が気になったようです。

お店の方にお聞きすると、こちらは寛延年間創業の伏見人形工房、「丹嘉(たんか)」とのこと。「伏見人形」は江戸時代後期に最盛期を迎えた最も古い郷土玩具で、当時は伏見街道沿いに、約60軒もの窯元が軒を連ねたそうですが、現在はこちらのお店のみが続いているそうです。1匹の猫に12匹の猫が乗っかった様子を表現した「十三匹猫」を、織太夫さんは興味深そうに眺めておられました。

カフェレストランで休憩のひととき

「丹嘉」と道を挟んだ向かい側にあるカフェレストラン「ニコ。キッチン」で、しばし休憩。海外からの観光客や地元の人に愛される人気店のようで、店内は賑わっていました。

織太夫さんは好物のビーフサンドイッチのランチセットをチョイス。食通の織太夫さんもうなる、美味しさだったようです! 千本鳥居からは、徒歩約10分の距離ですが、お食事前の軽い運動という感じでちょうど良いかもしれません。メニューはどれもボリュームがあるので、お腹をすかせて来店するのがおすすめです。

織太夫さん大絶賛のビーフサンドイッチ

お待たせしました!京都散策コーデを解説!

はい! 今回も織太夫さんのファッションに注目し続ける、『和樂web』鈴木 深編集長が解説をします!! 京都・伏見にフィットしたファッションはいかがでしょうか?

ファッション解説・鈴木 深

今回もやらせていただきます、編集長の「勝手にファッション解説」。今日の着こなしはズバリ、「いつ死んでもかまわない!スタイル」です。そう、一見地味な色合わせや、普通にスルーしてしまいがちな静かなデザインの陰から、実はとてもヤバイ匂いがプンプンと立ち上っているのがお分かりでしょうか。よ〜く注意して観察してください。なんか変ですよね、このコート。一見そっけないほどあっさりしているように見えて、二重の前立てとか、ふわりとしつつも手首でギュッとしまる袖口とか…。いったいなんだ?これ。 デザインの美しさとか、体をキレイに見せるとか、そのような次元で作られたのではないことは一目瞭然。えも言われぬ妙な迫力が漂っています。

はい、このコートの名前は、ガスプロテクティブコート。1960年代にUS.ARMYで採用されていた、毒ガスから身を守るコートです。前見頃の二重の前立ては、ガスの侵入を防ぐためのデザイン。袖口をギュッと絞ってあるのもそのためです。素材はザラリとした手触りのコットンで、うしろの裾は足さばきを良くするためにスリットが入ったフィッシュテールとなっています。軽さと動きやすさと命を守るための機能を追求したこのコートは、元来「自分をよく見せよう」なんていう軽薄なスノビズムとはまったく無縁の代物です。だからこそ、このコートからは妙な迫力が立ち上っているわけです。隠しても隠しても出てしまう「壮絶な覚悟」を包むコートとでも申しましょうか。アメカジ好きなオラッとした坊やたちは、このコートをバカみたいなでかいサイズでガバガバに着てイキっておりますが、我らが太夫は違います。

普段のスーツやデニムジャケット同様に、あくまでも身体にフィットしたジャストサイズをセレクト。ガバガバやオラオラな風情は微塵も感じさせません。なんてったって「命かけてる」わけですから。「ガスの侵入を防がなくちゃならない」わけですから。太夫にオラオラしてる暇なんかありません。坊やたちとは覚悟のレベルが違うんです。大人がジャストサイズで着るからこそ、理屈抜きに「この人、なんかヤバそう」という雰囲気がプンプン発散されてくるわけです。同じガスプロテクティブコートでも、着る人のキャラとサイズの選び方でまったく違うものに見えるから驚きです。

ちなみに、まだまだコートの話は続きます。「もういい加減、付き合いきれねぇ」という方々は、これ以降は読み飛ばしていただいてOKです。

さて、このコートを着る時のキーワード。それは「覚悟」です。本来ガスプロテクティブコートは、危険なガスが漂うエリアを駆け抜けるためのコートであり、戦場では一度着たら処分されるコートです。過剰な演出や余計な装飾などは一切なく、ひたすら着る人間の生命の確保のためだけに存在するコートです。だからこそ、この潔いコートを着る人間には、相応の「覚悟」が求められます。我らが太夫の着こなしからは「いつ死んだって後悔しない。いつだって200%全力で、全身全霊で生きてるもんね」という自信がバンバン伝わって来ます。

そしてこのコートに合わせて、肩から斜めがけにした白いバッグ。こちらは1940年代のアメリカンレッドクロス(赤十字)のラベルのついた、エプロンバッグ。丈夫なコットンツイルでできています。こちらのヴィンテージバッグは、戦地などで救護活動をする人たちが実際に使用していた本物です。

そしてさらにこのサングラスですよ。妙にサイズが小さいな、と思ったらそれもそのはず。これはパイロットがヘルメットを装着したままかけられるミニマルサイズのパイロットグラス。つまりは超上空での臨戦体制、命のやり取りをする時のサングラスです。「American optical」の‘50年代のヴィンテージアイテムで、ティアドロップの元祖としてマニアの間では有名。現代のディアドロップよりレンズがコンパクトにできていて、テンプル(つる)がまっすぐで厚みがないのが特徴です。どうやらレンズも当時のガラスのまま使用している模様です。

つまり太夫は、壮絶な「覚悟」をもってオリ(織)―ブカラーのガスプロテクティブコートに身を包み、ひたすら文楽の未来を想い、数々の危険をくぐり抜けてきたエプロンバッグとパイロットグラスを携え、まるで(攻撃ではなく救済のために)戦地を駆けめぐるごとく、今日も伏見稲荷大社へ降臨しているわけです。
戦士の束の間の休息中の、ビーフサンドイッチにまじ泣けます。

そういえば、思い出しましたよ。若くしてこの世を去ったアメリカの名優、ジェームス・ディーンの座右の銘。
「永遠に生きるように夢を見て、今日死ぬように今を生きる」
我らが太夫の生き様に礼賛。そしてジェームス・ディーンに合掌。

取材・文/ 瓦谷登貴子
取材協力/ 伏見稲荷大社、伏見人形窯元 有限会社「丹 嘉」、カフェレストラン「ニコ。キッチン」

竹本織太夫さん情報

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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