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Culture

2025.04.22

竹本織太夫『義経千本桜』ゆかりの京都・伏見稲荷大社へ。今につづく、ご縁と祈り【文楽のすゝめ 四季オリオリ】第10回

文楽の太夫・竹本織太夫さんを通して、文楽の魅力を伝える当連載を開始してちょうど1年が経過しました。10回というキリの良い今回は、織太夫さんにとって縁の深い京都・伏見稲荷大社のお参りに伺うことに! 春の気配が漂う爽やかな気候の中で、先人からのゆかりや、『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』など文楽作品との関連をお聞きしました。

「お稲荷さん」の総本宮、伏見稲荷大社

京阪電車・伏見稲荷駅を出て東へ約5分歩くと、伏見稲荷大社に到着。気候の良い季節ということもあって、多くの参詣者で賑わう中、織太夫さんはまず本殿へお参りをされました。「こちらは全国に3万社あるともいわれる稲荷神社の総本宮なのですよ」

伏見稲荷大社の歴史は平安遷都よりも古く、和銅4(711)年創建と伝わります。境内はとても広くて、稲荷大神が鎮座した稲荷山全体が信仰の対象となっているのが特徴です。平安時代中期の女流文学者・清少納言が、稲荷山を参詣したことが『枕草子』に描かれています。

織太夫さんに連なる先人との縁

織太夫さんは令和3(2021)年、国立文楽劇場の本公演で、『小鍛冶(こかじ)』※1に登場する「稲荷明神」を語っておられます。ちょうど新型コロナウイルス対策に苦慮しながら公演を行っていた時期でした。

「原典は能の『小鍛冶』で、それが昭和14(1939)年に歌舞伎舞踊化されて、その2年後に文楽に移した作品なのです。この歌舞伎舞踊化の時に作曲を担当したのが、初代鶴澤道八(つるさわどうはち)※2です」。織太夫さんの芸脈に繋がる先人が深く関わっていた作品だった訳ですが、実の祖父である二代目鶴澤道八の興味深いエピソードをお聞きしました。

「ちょうど私の祖父の二代目道八が、内弟子の時期だったのですが、初代道八が作曲のために伏見稲荷大社の御劔社(みつるぎしゃ)※3で一晩お籠もりをして祝詞(のりと)をあげていたため、代わりに滝に打たれたとの記録が残っていますね」

(※1)京の刀鍛冶の名人が剣を作れとの勅命を受ける。実力が伯仲した名人と交互に槌(つち)を打てば出来るが見当たらず、稲荷明神に助けを求める。
(※2)義太夫節の三味線方。
(※3)稲荷山のなかで、古くから神祭りの場であったと伝えられる場所。

間近に見る棟方志功の書

取材の日は、伏見稲荷大社のご厚意で、社務所のなかを案内していただきました。4月は国立文楽劇場で『義経千本桜』の通し公演に織太夫さんは出演されますが、ちょうどその世界観にぴったりな美しい襖絵を拝見して、目を奪われました。浜田泰介(はまだたいすけ)画伯の作で、春宵(右側)稲荷山の春(正面)行く春(左側)のタイトルがつけられています。

稲荷大神のお使いである狐の像は、今井眞正(いまいまきまさ)氏によって陶製で作られたもの

次に通していただいた「正庁の間」は、入った瞬間にぴんと張り詰めたような空気が流れていて、特別な場所だというのが伝わってきました。床の間に飾られた棟方志功による書を見た織太夫さんは、「すごいですね」としばし無言で拝見。掛け軸からはみ出すかのような雄大な筆致の「稲荷大明神」から、エネルギーを受け取られているようでした。

ここは、2025年1月に2日間にわたり行われた「第74期ALSOK杯王将戦第2局」の対局場となった場所でもあります。京都での王将戦は60年ぶり、伏見稲荷大社では初めての開催だったそうです。藤井聡太王将が開幕局に続いて2連勝を飾った記念すべき空間に入って、感慨無量の様子でした。

同じ棟方志功による富士山の作品も拝見し、富士山への思い入れの強い織太夫さんと写真におさめさせていただきました。

大切にお守りしている織太夫稲荷

伏見稲荷大社境内には、織太夫さんにとって重要な場所があります。それは本殿に最も近い最大の石宮(お塚)である「織太夫稲荷」です。「襲名披露公演を終えた4か月後に、豪雨災害で石鳥居が倒壊したと聞いた時は、当代として縁を感じました」。織太夫稲荷はかつてあった人形浄瑠璃の劇場、堀江座の座主をつとめた木津谷吉兵衛が明治44(1911)年に創設。当時名乗っていた「四代目竹本織太夫」の名が石宮の正面に刻まれています。

高さ3メートル48センチもある石鳥居は、倒れた時に破損がなかったと聞き、祈りの気持ちが込められている故に、守られたのでは? という気がしました。織太夫さんは私財を投じて石鳥居を再建し、神額(しんがく)や幔幕(まんまく)なども新調して奉納されました。「ちょうど同じ時期に母が病で倒れたこともありまして、何かしなければという気持もありましたね」

織太夫さんが和ろうそくを灯して、中揚げをお供えして、お参りをされていると、大勢の外国からの参詣者が集まって来ました。手を合わせる方の姿も見られ、言葉はわからなくても信仰の思いは伝わるのだと感じました。

『義経千本桜』では静御前を語る

伏見稲荷大社の参道や境内には、『義経千本桜』のポスターがいたるところに掲示されているのが目に付きます。「二段目に『伏見稲荷の段』がありますが、まさしく、ここが物語の舞台になっているのですよ」

▼『義経千本桜』はこのような内容です。

源氏と平氏との戦いののち、兄の頼朝に疎まれて都から落ち延びる源義経。その主従の行く手に、討たれたはずの平氏の武将たちが次々と現れます。史実に様々な伝説や虚構を取り混ぜた壮大な物語。「伏見稲荷の段」では、義経の同行を許されなかった愛妾の静御前は、鎌倉からの追っ手に襲われますが、遅れてやって来た義経の家来・佐藤忠信によって助けられます。

織太夫さんは四段目「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」で静御前を語られます。ずらりと並ぶ太夫は揃いのピンク色の裃で、舞台は桜が満開の背景画が美しく、人気のある場面です。「義経を追う静御前と忠信の道行きですが、恋人同士には見えないように注意しています」。互いに励ましあいながら進むこの関係性には、実はある秘密が隠されています。この場面ではまだ明かされていないながらも、随所に気配を感じるのが、観客としては興味を引かれるところです。

ちょうど春の季節に、『義経千本桜』を観劇するのはいかがでしょうか。そして忠信と静御前に訪れる、思いがけない結末を、是非生の舞台で堪能してください。

取材・文/瓦谷登貴子
取材協力/伏見稲荷大社

竹本織太夫さん出演情報

令和7年4月文楽公演
通し狂言 義経千本桜 第3部に出演

■公演期間:2025年4月5日(土)~2025年4月30日(水)
■開演時間:第1部 午前10時30分(午後2時30分終演予定) 第2部 午後3時(午後6時終演予定) 第3部 午後6時30分(午後8時30分終演予定)
■観劇料:第1部6700円(学生4200円)、第2部 第3部各6000円(学生4200円)★三部通し割引(同時購入限定)17000円
■会場:国立文楽劇場(OsakaMetoro・近鉄「日本橋」駅下車7号出口より徒歩約1分)

公演の詳細な内容:日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2025/202504bunraku/
チケットの申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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