日本の食パンブームがパリに到来! フワフワの美味しい食パンは、洋食のイメージがありますが、実は日本独自の進化を遂げたものだということをご存知でしょうか。
そんな日本の美味しい食パンを「Pain De Mie Japonais(日本の食パン)」として、パンの国フランスで広めようとしている日本のパン屋さんがあります。その名も「Carré Pain De Mie カレ・パン・ドゥ・ミ」、Carré =四角い、Pain De Mie=食パン、と店名から食パンを全面に押し出しています。今回は、そこで働くシェフの木村さん、シェフブーランジェの荘司さん、そして、在仏50年の経営責任者の長谷川さんにお話を伺いました。
フランスのパン文化の主役はバゲット
フランス人にとってのパンとはいわゆる「フランスパン」で、フランスでは「バゲット」と呼ばれています。バゲットは、日本人にとっての白いごはんのような存在。パン屋さんは必ず近所に一軒はあり、早朝から営業しているため、朝ごはんに焼きたてのものを食べることができます。バゲットは買って一日以上経ったものは、固くなってしまい美味しく食べることができず、鮮度が命のパンなのです。
こだわりのバゲットに対して、食パンはスーパーに山積みにされた安いものという位置づけ。厚さのバリエーションがある日本とは異なり、主に薄切りタイプしかありません。食べ方もトーストしてカナッペにするか、クロックムッシュにする程度。私の周囲のフランス人たちに聞いたところ、食パンはお金がなかった学生時代に食べたかなぁ、という反応でした。
異なる食文化の伝道師、日本でバゲット、そしてフランスで食パン
フランスで日本の食パン文化を広めようとしている「カレ・パン・ドゥ・ミ」ですが、母体は「VIRON(ヴィロン)」という日本のパン屋さん。丸の内や渋谷の店舗で、本場フランス並のバゲットが買えると評判の人気店です。「VIRON」の店名は「Moulins Viron(ムーラン・ヴィロン)」というフランスの製粉会社から取っており、日本で初めてフランス産の小麦粉を使ってバゲットを製造販売したお店です。
かつて日本は、戦後の食糧管理制度で、小麦の輸入販売は大手の製粉会社が一手に引き受け、輸入元も戦勝国であるアメリカ、カナダ、オーストラリアからに制限されていたそうです。その後、世界の貿易自由化の流れで、フランス産の小麦粉を使うことができるようになり、100%フランス産の小麦粉でバゲットを作ってみようという試みに至ったと、長谷川さんは振り返ります。日本は水質が軟水なので、バゲットを作る際には、フランスのコントレックス社の硬水を使用しました。水質まで現地の水を使用するこだわりぶり。その甲斐あって「ヴィロン」のバゲットは、パン好きな日本人だけでなく、日本在住フランス人の間でも評判になりました。
日本で好評を得た「Moulins Viron」の小麦粉は、「カレ・パン・ドゥ・ミ」の食パンにも使われています。また、バターは日本でも大人気の、フランスのエシレバターを使っています。日本ではフランスのバゲットを、フランスでは日本の食パンを伝えることは、一見真逆のようで、異なる食文化を広く知ってもらいたいという一貫した信念があります。
食パンの歴史
そもそも、食パンの歴史は、18世紀にイギリスで生まれた山型食パンから始まります。そこから、イギリスの植民地支配とともに、世界中に広まる中、ブリキの缶でも焼くことができる角型食パンが生まれました。食パンは、手軽にカロリーを摂取でき、大量生産可能な合理的な食べ物として開発されたものなのです。だから今でもフランスでは、食パンといえば添加物の入った量産品で、長期保存は効くけれど、安くて美味しくないものという扱いです。同じような見た目でも、日本で人気の、パン職人による美味しい食パンからは程遠いものです。
フランスの人たちに慣れ親しんでもらうための日々の工夫
「カレ・パン・ドゥ・ミ」は、マレ地区と呼ばれる、パリの中でも様々な異文化が混在する地域にあります。近くにはポンピドゥー・センターという国立近代美術館があり、アートな空気感も溢れていて、新しいものを受け入れる土壌があります。週末にフラッとお出かけするのに人気のスポットです。
「カレ・パン・ドゥ・ミ」の開業前、一気に人気が出るのではないかと、長谷川さんは期待していたそうですが、ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。店先に立って道ゆく人に試食を配ったり、売れ残ったパンを近所のお店に提供したりなど、近隣の方々と良好な関係を築きつつ、知名度を上げる努力をしてきました。
油の貸し借りをしたりなど、下町のような人情味あふれる人間関係。コロナ禍でカフェの営業は難しくなってしまいましたが、そのとき培った、ご近所付き合いには今でも支えられています。
また、マレ地区は、高級パティスリーや、食料品店もひしめき合う食の激戦区。そのためコロナ以前には、マレ地区を中心としたインターナショナルな食ツアーが開催されていました。そういったイベントで食パンを提供することで、多くの人に知ってもらうきっかけを探ったりもしました。
開店したのは2017年の年末だったため、フランスのクリスマスディナーの定番料理フォアグラをのせて食べるためのトーストとしてもアピール。以前はフランスでフォアグラをのせるパンというと、スーパーで売られている大量生産の食パンを焼いたトーストで、釣り合いが取れていない感じがありました。「カレ・パン・ドゥ・ミ」の食パンは、高級食材にも負けません。
近くには学校もあり、今では、子どもたちが帰り道に寄ってパンを買っていく姿も。そんな子どもたちに向けて、日本の口溶けの良いパンを知ってもらうため、フランスでは珍しいコッペパンなどの小さいパンも販売しています。
下の写真は、この日、最後の食パンを購入することができたラッキーなご家族。近所に住んでいて、よく買いに来る常連さんです。日本を旅行したときに食べた食パンの味が忘れられないと話してくれました。自宅で、日本式のタマゴサンドを作るそう。
フランスでは、パンはわざわざ遠くまで買いに行くものではないという感覚がありますが、「カレ・パン・ドゥ・ミ」は例外のようです。列に並んでいる人たちに話を聞くと、遠方からわざわざ買いに来ている人の多いこと! みなさん口々に「ここにしかないから」といいます。私の周辺でも、マレ地区にあるオシャレな店構えの食パン専門店という目新しさに、気になっているという人が多数いました。素敵な街歩きをした帰り道に、ちょっと贅沢な美味しいパンを買うというスタイルは、パンは近所で買うものである、というフランス人の既成概念を変え始めていると感じました。
もちもちしっとりとサックリの二種類の食感を知ってもらいたい
「カレ・パン・ドゥ・ミ」には二種類の食パン、角食の「CARRÉ(四角)」と、山食の「TOAST(トースト)」があります。角食は北海道産の「ゆめちから」という小麦粉を使い、食感は「MOTCHI MOCTHI, SHITTORI(もちもち、しっとり)」。山食はMoulins Viron社のフランス産小麦を使い、食感は「SAKKURI(サックリ)」。それぞれ、日本語の擬態語をそのまま使ってコミュニケーションをしています。
「フランスでは雪見だいふくのようなお餅のアイスが流行っているおかげで、MOTCHI MOCTHIという感覚はだいぶ浸透してますが、SHITTORIは赤ちゃんの湯上がり肌と説明しています。SAKKURIは新雪を踏みしめるような感じというと、フランスの方々も感覚的に理解してくれます」と長谷川さん。フランスでこの食感の違いを理解してもらうことが、目標だそうです。
カットのサービスもありますが、「できれば切らない状態で持ち帰って、食べる直前に好きな厚さで切って欲しい」とシェフブーランジェの庄司さんはいいます。小さいナイフしかない場合でも、パンを回しながら切れば上手く切れると聞き、私も初めてカットなしで買ってみることにしました。
まずは「CARRÉ」を実食
「カレ・パン・ドゥ・ミ」の店名にもなっている角型の「CARRÉ」ですが、とにかくフワッフワ。とーっても柔らかいので、家について袋から出す頃には、パンが自らの重さを支えきれず天面がV字に下がってきていました。焼かずにそのままいただくのが、オススメの食べ方。ただ柔らかいだけでなく、「MOTCHI MOCTHI, SHITTORI」というだけあって、噛んだ瞬間、かすかに低反発クッションのようなぷるんとした歯ごたえがあります。雲が食べられたら、こんな食感かもしれないと想像。ジャムでも、はちみつでも、どんなペーストにもあう、癖のない味わいです。とある取引のあるレストランでは、ちぎった「CARRÉ」がのったサラダが提供されていたそうです。全く新しい使い方をしてみたくなる食パンであることは確か。
そして「TOAST」を焼いてみる
もうひとつの「TOAST」は、その名の通り、トーストにしていただくのがオススメ。袋を開けた瞬間、香ばしい空気が溢れ出ました。フランスには厚切りの食パンがないので、せっかくだからと欲張り厚く切ったところ、トースターに入らないという事態に…。そこで、庄司さんに教えていただいた、フライパンで焼くというのを試してみました。小麦の味をしっかりと感じ、大きめの気泡がザクッという歯ごたえを与えてくれます。
充実のパンを使ったメニュー
併設のカフェでは、サンドイッチ、フレンチトースト、クロックムッシュなど、食パンを使った食事も提供しています。現在、フランスではコロナ禍でレストランの営業が禁止されているため、持ち帰りとデリバリーのみですが、作りおきはせず、注文を受けてから作ります。
どれも今までのサンドイッチのイメージを覆す美味しさ。特にタマゴサンドは、黄身と白身が分かれた王道のものと、オムレツ状のものの二種類あり、食べ比べが楽しいです。どちらも、パンとタマゴの境がわからないほど一体感のある柔らかさ。実は、タマゴサンドはフランスにはない日本の味なのです。
また、フレンチトーストの口の中で溶けて消えてしまうような繊細な食感と、砂糖が焦げた香ばしさは、非常に印象的でした。フランチトーストは、フランスでpain perdu(失われたパン)と呼ばれ、起源は固くて食べられなくなったバゲットの再利用メニューだったのですが、こちらの食パンを使ったものは、上質な絹の舌触り。食パンでフレンチトーストを作ることも日本的といえます。
また、フランスの食パン王道メニュー、クロックムッシュも、本場で認められています。世界的に有名なライフスタイル雑誌「AD Magazine」では、パリの美味しいクロックムッシュが食べられる場所として、パリの人気レストランや高級ホテル「Le Meurice(ル・ムーリス)」に並んで紹介されています。また、パリのオシャレなライフスタイルサイト「My Little Paris」では、パリベストクロックムッシュの第二位に選ばれたりなど、紹介されたフランスのサイトは数しれず。
日本でもこの味を楽しめるセントル ザ・ベーカリー
「カレ・パン・ドゥ・ミ」の姉妹店、「セントル ザ・ベーカリー」は、東京の銀座と青山にそれぞれあります。パリのお店同様、食パンを専門にし、日仏の小麦粉を使った2種類、更に北米産の小麦粉を使った食パンの計3種類の取り扱いがあります。もちろん、タマゴサンドや、フレンチトーストも! 食の文化の中心地、パリで勝負をする日本のパン屋さんの味を、食べてみてはいかがでしょうか?
「カレ・パン・ドゥ・ミ」は、パリでの営業を開始から4年目に突入しましたが、コロナ禍にも負けず売り上げは着実に伸びており、確かな手応えを感じていると長谷川さんは語ります。取材中もひっきりなしにパンを買いに来るお客さんたち、閉店時間前には完売してしまう様子から、その人気ぶりが伺えます。「SHITTORI」と「SAKKURI」がフランス語になる日も遠くないかも!?
店舗名:Carré Pain De Mie
住所:5 Rue Rambuteau, 75004 Paris
営業時間:10:00-19:00
公式インスタグラム:carrepaindemieparis
店舗名:セントル ザ・ベーカリー銀座店
住所:〒104-0061 東京都中央区銀座1丁目2−1 紺屋ビル 1F
営業時間:10:00-19:00
公式インスタグラム:centre_the_bakery
店舗名:セントル ザ ベーカリー 青山店 ※食パンの販売のみ
住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5丁目52−2 青山オーバルビル 1F
営業時間:10:00-19:00
公式インスタグラム:centreaoyama