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2021.12.18

もはや食べるアート?ポルトガルから伝来した金平糖は日本独自の進化を遂げていた!

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ある日友人が、「京都に江戸時代創業の人気の金平糖専門店があって、数年前に銀座にもお店を出した」と教えてくれました。なにやら、その金平糖づくりの技が一子相伝で、並大抵ではないと言うのです。

でも、金平糖って駄菓子屋さんで売っていたり、乾パンと一緒に入っていたりするあの砂糖のかたまりでしょう?

私も、よく縁日で買ってもらった思い出がありますが、こちらは何やら一線を画していそう…

一子相伝の技ってなんか仰々しくないかしら? と思いながらも気になって、銀座店に伺ってみました。
泰明小学校のはす向かいにある『緑寿庵清水(りょくじゅあんしみず)』というお店です。

銀座 緑寿庵清水の入口

白を基調とし、天井には星のような明かりが点々と輝く店内に入ると、スタッフの方が丁寧に案内してくれます。
銀座店では、京都本店では出していない最先端の金平糖を出していることや、ユニークな味の展開など一通りお話ししてくれて、中でも人気の「いよかん果実糖」を薦めていただきました。

一粒口に入れて転がしていると、「噛んでお召し上がり下さい」と一言。
カリッ。
お~っ! さっくりとキレイに歯が入り、甘さとともにいよかんの酸味がひろがったと思ったら、プニッとした弾力が! なんと、皮が入っている。
微かな皮の苦みを追いかけるように、シャリシャリと砂糖の甘味が混ざり、絶妙においしい。
今までインプットしていた「金平糖」の概念が一気に吹き飛びました。

カリ→プニ→シャリ⁉︎ あの小さな金平糖からそんな世界が広がるとは!

なぜこんな金平糖ができるのでしょう? その歴史と革新について、緑寿庵清水 ビジネスディレクターの猪飼晨(いかい しん)さんに伺いました。

信長もファンだった?!

金平糖が日本の長崎にもたらされたのは、戦国時代の1546年と言われています。そして、織田信長に謁見したことがあるイエズス会宣教師のルイス・フロイスが、金平糖を彼に献上したと伝えられています。色どりもキレイで甘い金平糖は、当時砂糖が貴重なため最上級の文字を並べて「金米糖」とも書かれ、大名など身分の高い人々しか食べられなかったそうです。

ポルトガル語の「confeito(砂糖菓子)」から名前がついたとされています


そして、その製法は長いこと長崎から門外不出でした。レシピが公開されていない上に、製造技術を身につけるまでに約20年の年月を要するので、本格的な金平糖が門外で出回るようになったのは、1847年の緑寿庵清水創業からとも伝わっているようです。

好奇心から生まれた金平糖。イガは日本独自?!

金平糖が日本にもたらされてから約300年後、清水仙吉さんが登場します。そう、緑寿庵清水の創設者です。

猪飼さんによると、「一代目は、純粋な好奇心から金平糖を作りたいと考えたようです。当時は、現在のような回転釜もありませんから、1種類を作るのに2カ月かかりました」とのこと。
このようなペースですから、最初のころは特に商売にもならなかったと思うのですが、すごい情熱です。
初代の釜は、京都の本店に飾られています。

ここで猪飼さんから、ある意外なお話を聞きました。
なんと、元祖であるポルトガルの金平糖はイガ(突起)が小さく色もまだらなのだそうなのです!
あのイガって、金平糖を定義するほど重要な存在だと思っていませんでしたか?
写真を見せてもらうと、確かに全体的に丸みを帯びていて尖りが小さい…。ポルトガルの金平糖は、今でもこのような外見だそうです。

イガの小さいポルトガルの金平糖

イガのはっきりした日本の金平糖

ということは、仙吉さんが、自力で金平糖作りに成功して以来、日本では独自の進化をとげてきたのですね。

現在、京都で一子相伝の手作りで製造・販売している金平糖専門店は、創業174年目の老舗緑寿庵清水だけとのこと。なぜなら、職人が基本的な金平糖が作れるようになるのに20年もかかるのと、1種類作るのに14日~20日という時間もかかるからです。

それにしても、なぜ日本の金平糖にはイガがあるのでしょう?
完全には解明されていないとのことですが、
「基本的な金平糖の核となる『イラ粉(蒸して乾燥させたもち米を砕いた1ミリくらいの粒)』や、『姫あられ(小ぶりのあられ)』などが 釜の内部を上から下へ転がっていく時、鉄板に触れた部分の蜜が乾いて少し固いところができる。そこがわずかに出っ張るため他の場所よりも蜜がつきやすくなり、突起部分が段々と大きくなってイガになる。釜が傾斜し回転しているので金平糖が転がり落ちていくことでイガが一カ所ではなく何カ所もできる」と言われているそうですが、実際に作ってみると簡単にはイガができないのが緑寿庵清水の製法だそうです。

基本的な金平糖の核となるイラ粉や、姫あられ

核に蜜をかけ、イガが出来てくる様子

江戸時代から引き継がれる一子相伝の技!各代ごとの革新がすごい

まず、『緑寿庵清水』の金平糖にはレシピがないので、基本的に体で覚えていくものなのだそうです。一番大切なのは、釜の中で金平糖が転がる「音」を聞いて五感を使い見極めること。
猪飼さん曰く、「気温や天候によって、釜で転がる金平糖の音を聞きながら、釜の角度と温度、蜜をかける量やタイミング、それから、どこに蜜をかけるといいのかなど、金平糖が要求してくることを見極めます。天気、気温、湿度によっても変わる微妙な音の変化を感覚で感じ取るようです。それから、工房内の温度は、高い時は60度近くになるのですが、玉のような汗をボタボタかくとすぐにバテてしまい、金平糖を釜から上げる夕方には集中力を欠いてしまいます。それが金平糖の欠けに繋がるので、そのような汗をかいてはいけないのです。なので、水分をあまり取らず『じっとりとした汗』をかくよう体質を変えていかなければなりません。」

え~っ! 汗のかきかたを変える?! 人間、そんなことが可能なのでしょうか?

釜の中の金平糖を専用のコテでかき混ぜる五代目の清水泰博さん。奥は、四代目の清水誠一さん

「現在、五代目・清水泰博(57)の息子が中学3年生なのですが、学校の休みの日には工房に入って体感しています。そのようにして体質を慣らし、五感を研ぎ澄ませていきます」と猪飼さん。

わ~、既に修行僧のようにストイック! 朝早くに火を入れたら、夕方まで釜の前に立ちっぱなし。10分以上目をはなしてはいけないというのですから、強靭な体力と精神力を培う必要がありますね。

一つの窯につきっきりとは!カラフルな金平糖を見たら、色の数だけ苦労があるんだな〜と思ってしまいますね!

このようなわけで、一粒として同じ金平糖はないし、初代から五代目までそれぞれの個性が出るので、先代女将は見ただけで「これは何代目の金平糖ね」とわかるのだそうです。そして、先代の究極の一言が

金平糖に聞け

五代目が、ノウハウを聞こうとした時の答えです。
禅問答ですね! 道理で、唯一無二の作品が出来上がってくるわけです。

二代目から五代目までの革新伝ダイジェスト

【二代目・清水庄太郎】大釜で作れるようになる。お砂糖がまだ貴重な時代。

【三代目・清水勇】中心核に肉桂(ニッキ)の棒やあずきなどを使った金平糖を作り始める。
当時は、砂糖に素材を加えると酸や油分、塩分が加わることにより固まらないという考え方が通例でしたが、その菓子作りの常識を覆したのが三代目。固まりづらい素材の独特の音を聞き分ける修行を積み、五感を研ぎ澄ませて釜の温度や角度を調節するなどの技術を向上させることで、核に「あずき」など味が付いているものを入れることに成功したそうです。
今でも、新しい金平糖を創り出すには、2年以上かかるとのこと。よほどの金平糖愛とクリエーションへの情熱がないとできないことですよね。

【四代目・清水誠一】本格的に様々な素材を使った金平糖作りに挑戦したのが四代目。
ところが、三代目が「いろんな味がある金平糖は邪道だ」として反対。長い事歩み寄れませんでしたが、ある時、三代目がその金平糖を食べてみると…。「おいしい! やはりお客さんも喜ぶものを作らないといけないなぁ」としみじみ感じ、徐々に受け入れる方向へ! それから、いろいろな味を楽しみに訪れるお客様も更に増えたとのこと。「おいしいさ」の本質を極めたからこその素直さがステキです!

【五代目・清水泰博】四代目とともにさらに美味しい金平糖や、伝統と革新を融合した金平糖などのバリエーションを精力的に増やし、85種類ほどの金平糖を創り出す。「中心核」と「糖蜜」の両方に味つきの素材を使い、そのコンビネーションで劇的に種類を増やすことに成功しています。

銀座店限定の金平糖が並ぶ店内

銀座で出会える次世代型金平糖

約200年かけて様々な進化版金平糖を生み出してきた緑寿庵清水ですが、金平糖にも素材によって製作の難易度があり、ランクがあります。

まずは直径1㎜にもならない大きさの「イラ粉」を核として砂糖を溶かした蜜をかけていく「砂糖味」。次に難しいのが、緑茶などの素材をふんだんに使った味付きのもの。更に難しいのが、「いよかん」や「さつまいも」など柔らかめで水分を含む素材を核にして味付けしたもの。そして、最高に難しいのが、マカダミアの中心核に熱を加えると分離して固まらない「マカダミアチョコレート」や、熱に弱いアルコール分が飛ぶ過程で、酒本来の味を残して作る「シャンパーニュ」の金平糖。

ここからは、私が「アートだ!」と感動したものをご紹介します。

おはぎの金平糖

口に入れたとたんにシャリっと砕け、上品なあずきのような心地よい風味が広がります。でも、「あずき味」の一言で片づけられるようなシンプルなものでもありません。
猪飼さんの説明を聞いてびっくり! これは、「あずき」という素材単体をお菓子にしたのではなく、「おはぎ」という完成したお菓子を金平糖として表現したものなのです。

ですので、核の部分はお餅のように大きめのうるち米にして、それを「あんこ」でおおうようなイメージで「あずき」味の蜜を何層にもかけてあります。
カリッとかみ砕いた時に、「おはぎ」の一口を体験できる作品です。

シャルドネ シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン コンフェッティ

最上級の技が必要とされる「至高」シリーズの一品。
ルイナールの、シャルドネのみでつくられる“シャルドネ シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン”の金平糖です。2つの難関を乗越えて完成したとのこと。
1つ目は、素材の持つ酸が蜜の結晶を阻む現象を解決すること。
2つ目は、熱が加わりアルコールが飛ぶ過程でタンニンが変化し、お酒の味も飛んでしまうという課題を乗り越えて、シャンパンの華やかな香りを閉じ込めること。
どんな味がするのでしょう? あのシャンパンのきめ細かい泡のシュワシュワ感はどのように表現されているのでしょう? いつか味わえる日を夢見つつ、今日はガラス越しに眺めてみます。

パウダースノウのような繊細なホワイトときめ細かいテクスチャー。
ダイヤモンドダストが混ぜ合わせられているかのようにキラキラと光輝いています。

番外編:映画『本能寺ホテル』に出た 金平糖

なんと、緑寿庵清水の金平糖は、映画に出たことがあるのです!
綾瀬はるか演じる主人公が、現代から戦国時代にタイムスリップする時にガリッとかじるのが金平糖。さて、信長を救う事ができるのか?? というストーリーはさておき、映画という「作品」の重要アイテムとして抜擢されるのは、やはり名実ともに「本物」の金平糖。

なぜ、カリッと噛んで食べるの?

最初にも猪飼さんにアドバイスしていただきましたが、なぜカリッと噛んで食べることが重要なのでしょう?
「金平糖は14日以上糖蜜をかけ続けるので、味が層のようになっているので、噛んで頂くと口の中で香りが広がり美味しい」とのことでしたが、確かに、なめていた時とカリッと噛んだ時では味の強度が違いました。

そして、詳しいお話を伺ってからハッと気が付いたことが1つあります。
「この金平糖は、私達の口の中で完成するのではないか」ということです。

職人さんが積み重ねた無数の蜜の層に込められた思いが、カリッと噛むことで一体化して私達に伝わる。
するとこの瞬間に、口の中で完成する「甘いアート」なのです!

説明してくださった猪飼晨(いかい しん)さん(写真右)と筆者

【お店の基本情報】
店名:銀座 緑寿庵清水
場所:〒104-0061 東京都中央区銀座6丁目2-1
営業時間・定休日:
時間: 平日11:00~19:30
土・日・祝11:00~18:30
定休日: 水曜 (祝日の場合は木曜日)
お問合せ・ご注文:
TEL: 03-5537-9111
FAX: 03-5537-9112
HP:https://ryokujuan-ginza.shopinfo.jp/

書いた人

アート&グルメライター。日本で社会学、イギリスの大学院で映画論とアートを学ぶ。「人生は総合芸術だ!」と確信し、「おいしく、楽しく、美しく」をテーマにアートとして生きる(笑)。そんなアートライフに、無くてはならないのが美食と美酒。独特な美学と文化を発信するアートなグルメ体験をシェアします!

この記事に合いの手する人

平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。

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