温かなお茶がおいしい季節になりました。コーヒーや紅茶もおいしいけれど、丁寧にいれた煎茶(せんちゃ)をいただくとホッとするもの。江戸市民に煎茶を広めたのは、江戸は元禄3(1690)年創業の山本山と言われています。今でも創業と変わらぬ地で、おいしいお茶をいただける「山本山 ふじヱ茶房」にて、産地ごとの煎茶の違いや選び方、おいしい淹れ方を教えていただきます。
緑茶の代表格、日本人の日常的なお茶“煎茶”
そもそも煎茶ってどんなお茶なのか知っていますか。ちなみに日本茶=煎茶と思っているひとは多いようですが、日本茶とは日本で作られているお茶のこと。国産紅茶ももちろん日本茶であり、煎茶だけを指す言葉ではありません。では緑茶=煎茶なのかというと、こちらも半分正確で半分不正解。緑茶は、生の茶葉を発酵させずにつくった不発酵茶(ふはっこうちゃ)のことで、煎茶、玉露、番茶、抹茶などのお茶の総称です。私たちが日常的に飲んでいる緑茶の代表格が煎茶です。陽ざしを遮らないように露地栽培で育てられ、摘み取った茶葉を蒸して揉みながら乾燥させてつくります。
産地や茶樹の品種、製法で大きくかわる味や香り
全国各地で生産されるお茶ですが、生産量が多い順に静岡県、鹿児島県、三重県、京都府、福岡県、宮崎県と続きます。上位三県でなんと栽培面積の約7割を占めているとか。主に煎茶をつくっているのが静岡県と鹿児島県と宮崎県です。ひと口に煎茶といっても、産地や茶樹の品種、また製造方法(深蒸し・浅蒸し)によって、まったく味や香りが異なります。とはいえ、お店に並ぶ煎茶をみるだけでは今ひとつどのような違いがあるのかわからないもの。結局お馴染みの産地ばかりを選んでしまいがち。そこで山本山が手掛けるモダンな日本茶カフェ「山本山 ふじヱ茶房」へ。日本茶インストラクター・木川良子さんに煎茶のあれこれを教えていただきました。
東は深蒸し派、西は浅蒸し派。“うまみ・渋み・苦み”が味の決め手!
お茶の産地といえば、その名が浮かぶ東の静岡と西の京都。二大産地の煎茶はどのような違いがあるのでしょうか。「一般的には、静岡のお茶は蒸し時間が長めの『深蒸し』が主流。黄味がかった緑色のコクのある煎茶です。京都の宇治では蒸し時間を短めの『浅蒸し』がほとんど。青みがかった緑色でうまみの強さが特徴です」と木川さん。昔から関東圏では深蒸しを、関西圏では浅蒸しを好むひとが多いとか。そして煎茶の味は、うまみと渋みと苦みの三要素で決まると言います。「うまみ成分はアミノ酸類(テアニン、グルタミン酸、アスパラギン酸など)、渋み成分は生活習慣病を防ぐと言われるカテキン類、苦み成分は眠気を抑制し集中力を高めるカフェインによるものです」。煎茶に含まれるテアニンには、カフェインによる興奮を抑える効果があるそう。コーヒーや紅茶と比較してもカフェイン含有量は少ない緑茶ですが、さらに抑制効果のある成分が含まれています。
渋さの宇治、まろやか八女、すっきり川根、違いに驚く飲みくらべ
「産地別の味や香りは飲みくらべてみるのが一番」と木川さん。産地別4種と合組(ブレンド茶のこと)1種選んでいだき、5種類を試していきます。
1.溢れるうまみとキリっと渋みの宇治煎茶
伝統的なお茶の産地であり、お茶文化を発信してきた宇治。朝霧が立ち込める山間地で育った茶葉を浅蒸し製法で仕上げた宇治煎茶。「宇治全般に言えますが、香りが豊かで濃厚なうまみとほどよい渋みが特徴」。その言葉とともに一煎目をいただくと、あごの奥がキュッとなるグルタミン酸のうまみときりりとした渋みが口中に広がります。新茶を摘み取ってから秋まで熟成させているため、一煎目の馥郁たる香りが印象的です。
■お茶について■
ふじヱ茶房壱号宇治煎茶(50g/1,944円)
茶の品種/やぶきた
味の判定(5段階評価)/うまみ:4 渋み:4 苦み:3
淹れ方(1人前)/茶葉5gにつきお湯100㏄。70℃程度で75秒後(*二煎目以降は80℃で30秒)に茶碗にそそぐ。
私的所感/うまみも渋みも濃厚。大福やお団子などのもっちりした和菓子とあわせたい。
2.コクとうまみ、すっきりのど越し川根茶
全国の緑茶生産地の4割を占める静岡県。なかでも大井川流域の山間地である川根(かわね)は、おいしいお茶の産地として有名。深蒸しが中心の静岡ですが、「茶房で扱う川根茶は、浅蒸し製法。浅蒸しなので色も薄めですがしっかりとした味わい」と木川さん。水色(すいしょく*お茶の色のこと)は透明感のある緑色なのですが、見た目以上にコクとうまみが強い。また宇治茶よりも苦みが少ないために、女性や年配の方に人気だとか。二煎目以降はすっきりとした味わいです。何かとあわせてではなく、お茶そのものを楽しみたいひとにおすすめしているそう。
■お茶について■
ふじヱ茶房五号川根茶(50g/2,376円)
茶の品種/奥ひかり
味の判定(5段階評価)/うまみ:5 渋み:2 苦み:4
淹れ方(1人前)/茶葉5gにつきお湯100㏄。70℃程度で60秒後(*二煎目以降は80℃で30秒)に茶碗へそそぐ。
私的所感/渋みが少ないので食事とあわせたい。深夜、読書中の一服にもいい。
3.とろみとまろやかさに驚き!八女茶
煎茶だけではなく高級玉露の産地としても有名な福岡県八女(やめ)市。うまみを引き出すために、かぶせ製法で栽培をしている特別な八女茶。「緑鮮やかな水色でまろやかさが一番の特徴です」との言葉通り、一煎目も二煎目もまろやかさが口に残るお茶。また驚くほどとろみのあるお茶であり、他の煎茶とは、まったく異なる味わいです。
■お茶について■
ふじヱ茶房六号八女茶(50g/2,160円)
茶の品種:つゆひかり
味の判定(5段階評価)/うまみ:5 渋み:1 苦み:3
淹れ方(1人前)/茶葉5gにつきお湯100㏄。70℃程度で60秒後(*二煎目以降は80℃で30秒)に茶碗にそそぐ。
私的所感/まろやかさがすごい!甘い菓子よりも塩系の菓子やピリ辛菓子とあわせたい。
4.柔らかなまろみとちょい渋の霧島茶
天孫降臨の地、高千穂と連なる鹿児島県の霧島山麓。霧深い気候と適度な寒暖差がお茶の栽培に適し、知覧茶とともに鹿児島のお茶として名高い霧島茶。「天然玉露といわれる『あさつゆ』の茶葉をブレンドした、濃厚なうまみと柔らかな口あたりのお茶です」。八女茶のようにまろやかだけどもほどよい渋みがあるので、バランスがよく飲みやすい。さらに同店で扱う霧島茶は化学肥料を使わず有機肥料だけで育てているそう。安心して飲めるだけでなく、有機育ちらしい優しい味わいです。
■お茶について■
ふじヱ茶房参号霧島茶(50g/1,620円)
茶の品種/やぶきた、あさつゆ
味の判定(5段階評価)/うまみ:5 渋み:2 苦み:3
淹れ方(1人前)/茶葉5gにつきお湯100㏄。70℃程度で60秒後(*二煎目以降は80℃で30秒)に茶碗にそそぐ。
私的所感/まろやかで渋スッキリで一番好み。鹿児島の焼酎と割りたい
5.バランス抜群!いいとこどりの天下一
「静岡、鹿児島、京都の茶葉を合組(ごうぐみ)した天下一は、すごく味のバランスのいいお茶です」と木川さん。山本山では産地の異なるお茶を配合する合組を昔から行っていて、天候などに左右されることなく、うまみ・渋み・苦みを均一化したお茶を手掛けています。合組煎茶を基本にして産地別を取り入れていくのと、香りや味わいの差が明確になりそう。水色はブレンドゆえの濁りがあり。調和のとれたお茶なので、誰に贈っても喜ばれそうです。
■お茶について■
合組煎茶 「天下一」(100g/2,160円)
茶の品種/やぶきた、豊みどり
味の判定(5段階評価)/うまみ:4 渋み:3 苦み:3
淹れ方(1人前)/茶葉5gにつきお湯100㏄。70℃程度で60秒後(*二煎目以降は80℃で30秒)に茶碗にそそぐ。
私的所感/調和のとれたお茶。食事や塩系菓子にあわせたい。
いつもと違うお茶を選ぶことが、新たな日本文化の入り口に
五種類を飲みくらべると、煎茶の味の決め手となる三要素「うまみ・渋み・苦み」をあらためて実感します。また産地や製法によって、味が大きく変わることも驚かされました。「日本には60種類ぐらいの茶樹があります。味もそうですが、香りの違いもおもしろい。特にかおりと名前がつく樹は香り高いお茶が多いです。店で扱いはありませんが、静岡県・藤枝市が産地の『藤かおり』はジャスミン茶のような香りがする煎茶です。煎茶は、味も香りも豊かで奥深いものです。店ではお茶の『飲み比べセット』も用意していますので、日本各地のお茶に触れてみてください」と木川さん。ついつい馴染んだお茶を選びがちですが、日本には多くの煎茶があります。いつもとは違う煎茶で一服し、その味を生みだした産地や風土に思いを馳せる、それは新たな日本文化の扉を開けることにつながるかもしれません。
おいしい煎茶をいただけるお店
山本山 ふじヱ茶房
住所:東京都中央区日本橋2-5-1 日本橋髙島屋三井ビルディング 1階
電話:03-3271-3273
営業時間:10:30~20:00(L.O.19:00)
休日:年末年始
https://fujie.yamamotoyama.co.jp
参考資料)
お茶をめぐる情勢(令和元年6月)/農林水産省