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Gourmet
2020.04.06

「本物の味」を知る!魯山人ゆかりの地、京都市立高倉小のぜいたくな食育カリキュラム

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さまざまな伝統文化が今も息づく京都市に、学年ごとの食育に力を入れている小学校がある。家庭科を専門とする岸田蘭子(らんこ)さんが校長を務める、京都市立高倉小だ。京都の台所・錦市場を歩いて食材を手に取り、プロの料理人に一番だしの引き方を教わり、校区の美食家、北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん)にあやかって料理の盛り付けを学ぶなど、地の利を生かした実践的な教育は他のそれとは一線を画する。「食べる」という、人の営みを文化や健康、自然との関わりの中で生涯に及ぶ経験として体感させたいという岸田さんに食育に寄せる思いを聞いた。

※岸田さんは2020年3月31日付で転任されました。

「食育一筋」の岸田蘭子さん

6年かけて学ぶ「高倉スタンダード」

――ランドセルを背負っていたのが昭和時代なので、食育の授業を受けた記憶はありません。言葉そのものは明治時代からあったようですが、教育現場に取り入れられたのはいつごろなのですか。

岸田:歴史的にみると、大きなきっかけになったのは2005年度の「食育基本法」と2006年度の「食育推進基本計画」の制定です。今からざっと15年前ですね。

この動きに合わせて栄養教諭制度も定められました。それまでの栄養士が先生の補助であったのに対し、教諭なので、自ら授業ができる。その点が大きな違いです。

もちろん、法律が制定される以前にも食に関する授業は給食指導や家庭科の調理実習という形で行われてはきました。しかし、残念ながら系統立ってはいなかった。それが、国策となったことで前進したと思います。

――そもそも、先生が食育に着目されたのはなぜですか。

岸田:もともと家庭科が専門なので、食の大切さをどう教えるかについて興味をもっていました。食は人間をつくる中心です。だから、学校ばかりでなく家庭との両輪で進める必要があります。

そこで、単なる栄養指導ではなく「家庭を巻き込む教育」に力を入れました。子どもはやがて親になる。ですから、実際の授業でも、食べることを慈(いつく)しむことを大切にしたいといつも考えてきました。

「家庭を巻き込む教育と食べることを慈しむ授業を大切にしてきました」

――他校にはない「これぞ高倉小」といった取り組みはどんなことですか。

岸田:地域の教育資源を大切に生かしていることです。ある学年で行う単発の授業はどこでもおやりになっているので珍しいことではありません。それを「高倉スタンダード」という6年間のカリキュラムとしてまとめました。2016年のことです。それまでの断片的な試みを網羅的、系統的に組み上げられたのは当校ならではでしょう。胸を張れます。

例えば、2年の時に校外の学校園で田植えや稲刈りをする。でも、教育的には不十分なんです。いわば、部分しか見てないからです。カリキュラムにしておけば、自分の身の回りの狭い出来事ではなく学校全体として取り組むことができます。目に見えやすい形にすることで、校内だけでなく地域や家庭と共有することができるわけです。一種の「見える化」ですね。

――先生の考える食育を進めていく上で苦労なさったことは。

岸田:先に申し上げたように、私はこの試みが成功するためには家庭の協力が欠かせないと考えていました。いくら学校が一生懸命に手を尽くしても、そのバトンを家庭にしっかりと引き受けてもらえなければ成果を上げられないからです。

ですから、さまざまな機会を通じて、食育における家庭の役割を認識してもらったり、行事ごとに参加してもらったりするようにしました。繰り返しになりますが、家庭を巻き込むようにしたんですね。

例えば、低学年の子どもであれば、学校で聞いたことを素直に伝えます。後でもお話しますが、自分が感動した野菜の話やだしを引いた体験を子どもたちは夢中で親に話します。そういう形で食育の要点を間接的に伝えるのも一つの方法かなと思います。

特定の親御さんだけでなく、PTAという組織を巻き込んだ試みもしています。例えば「PTA家庭教育講座・親子料理教室」と題して、魚のつくりを学んだり、それを使った料理に挑戦したりする活動も行っています。

地元の日本料理の講師を招いた、PTA家庭教育講座の親子料理教室

イタリア料理店のシェフを招いて野菜について学ぶ

――「高倉スタンダード」はそれぞれの授業でどんなふうに展開されるのですか。

岸田:学年ごとにテーマを決めて学習します。例えば、1年は「食で人とつながろう」。人と一緒に食べる楽しさを味わうことを体験します。2年は「命を育てて食べよう」。私たちはすべての食べ物の命をいただいて生きていることを学びます。3年は「暮らしと食べ物をつなごう」。昔から暮らしの中で工夫して食を大切にしてきたことを学びます。

4年は「地域と食のつながり」。京都の地理や生産と消費者の工夫を学びます。5年は「京都の文化を知ろう」。京都ならではの和食の素晴らしさの神髄を体験します。6年は「日本の伝統文化を受け継ごう」。日本の食文化の素晴らしさに気づき、継承・発信できることを考えます。

日本料理の講師から、京都ならではの和食の素晴らしさを学ぶ

――それぞれのテーマを実際の授業では、どのように落とし込んでいくのですか。

岸田:食育という固定した授業ではなく、既存の学級活動や道徳、生活、総合、社会、家庭、図画工作などの枠で行います。1年は、スマイル給食と称して地域の人と一緒に食事をします。2年は田植えから稲刈り、お餅つきまでを体験します。近くのイタリア料理店「リストランテ ディボ・ディバ」のシェフ、西沢昭信さんに野菜の話をしてもらいます。

和室ランチルームで講義する西沢昭信さんとスタッフ

さまざまな野菜の特徴を見て、嗅いで、触れて覚える

食パンを丸ごと使ったランチボックス。ごみを出さない工夫として教える

3年になると、サツマイモの苗植えから収穫を体験。ほど近い錦市場商店街を見学して実際の食材を学びます。シェフも市場の人も「本物」に触れるための、食に関する地域の専門家としてお世話になります。

4年は京都独自の農業と流通事情を学ぶため、市街地のビルの屋上で栽培される農園や地域の特産物を調べます。5年は味覚の授業に重点を置いていて、日本料理の講師からだしの旨味と取り方を学びます。錦市場で買った材料による味噌汁コンテストも開きます。ここでも、プロの力を借りて、子どもたちの食に対する意識を高めるようにしています。

4年の時、地域の屋上農園で体験する農育

6年は和食の盛り付けを通しておもてなしの工夫をすることを学びます。地域にゆかりのある魯山人の美意識を参考にして、盛り付けの工夫やおもてなしの心得を教えます。最終学年ですからおせち料理や「私のBENTO」をつくる体験もさせます。

――イタリアンや和食の料理人を招いたり、日本を代表する市場を歩いたりできるのはまさに地の利ですね。

岸田:その通りです。地域の教育資源や人材を活用しながら「心の健康と食生活を自ら考え、実践する子」を育てることが高倉小の食育の理念だからです。この取り組みは全市的にも注目されて、市内各校が進める食育カリキュラムのモデルにもなっています。

増えてきた「舌の肥えた小学生」

――他校にはない食育を授けられた子どもたちにはどのように育ってほしいですか。

岸田:1年生と6年生を比べると、明らかに6年生には食べることを大切にする感性が備わっていると感じます。例えば、調理実習をしても食べ残しがありません。味見をする場合には、加減を見て少しずつ調整をすることが分かっています。京都には「味の文化」も連綿と引き継がれているので実地に学べるのも利点だと思います。

――舌の肥えた小学生が増えてきますね。

岸田:本物に接している強みでしょうね。びっくりしたのは盛り付けの実習です。「魯山人に学ぶおもてなし」というカリキュラムで行った時「ぎっしり並べるんやなくて、ちょっと間がある方がおいしそうに見えると思った」という子がいたんです。

「魯山人に学ぶおもてなし~盛り付けを工夫しよう~」の体験を図画工作の授業で実践

これって、もてなしの気持ちの表れなんですね。料理の上手下手ではなく、食を通じて相手に寄り添ったり、気持ちを推し量ったりする。こういう経験を積むことでさまざまな自信もついてくると思うんです。まさに、食を通じた教育ですね。

――赴任なさって6年間の食育を百点満点で評価してください。

岸田:難しいなぁ……。まぁ、80点くらいでしょうか。在職中は1年生から6年生まで、各教科の中に食育の理念を落とし込む形で他校にはないユニークな取り組みを実践してこられたと思います。その意味では百点。しかし、家庭を巻き込むという目標が必ずしも達成できたとはいえない。20点足りないのは、その分です。

――「高倉スタンダード」は4月に2020年度の農林水産省「食育活動表彰」の大臣賞を受賞されました。先生に対する通知表ともいえますね。

岸田:もちろん受けたのは高倉小学校です。教育関係者・事業者部門で推薦していただきました。こうした形でこれまでの取り組みが評価されるのは推し進めてきた一人として、やはり嬉しいですね。4月からは職場が変わりましたが、どのような環境であっても、食育にはずっと関わっていきたいと思っています。

書いた人

「新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是高血圧。」