若冲よりもすごいかも?!円山応挙の美術展へ行く前に。その天才っぷりを解説【注目美術展】

若冲よりもすごいかも?!円山応挙の美術展へ行く前に。その天才っぷりを解説【注目美術展】

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今から250年ほど前。江戸時代後期に京都で活躍した、一人の天才絵師がいました。その名は円山応挙(まるやま・おうきょ、1733-95)。京の都のWho’s whoである『平安人物志』の「画家の部」には、かの伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう 1716-1800)よりも先に名前が挙げられています。

こんぴらさん、こと金毘羅宮(香川県)の襖絵の水飲みの虎図、足のない幽霊の先駆けとも言われる谷中全生庵(東京都)の幽霊図、そして三井記念美術館が所蔵する国宝「雪松図屏風」などなど……応挙が遺した名品を挙げればきりがありません。何を描いても器用にこなした、オールマイティな天才、円山応挙。

円山応挙「郭子儀図」大乗寺(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)
中国唐時代の武将であり政治家、郭子儀と子供たちが遊ぶ大乗寺の「芭蕉の間」。(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)

しかしながら、その応挙が空間デザインにおいても卓越した才能を持っていたことは、意外と知られていません。実は、応挙一門が一堂まるまる襖絵を手がけたという奇跡のお寺が、兵庫県の日本海側、松葉ガニと日本酒「香住鶴」で知られる香住にあります。「応挙寺」の通称で知られる、高野山真言宗 亀居山 大乗寺。この夏、この大乗寺の障壁画群がほぼ10年ぶりに、東京にやってきます。企画展「円山応挙から近代京都画壇へ」の予習を兼ねて、「応挙寺」の名品をご紹介しましょう。

四天王が十一面観音菩薩をお守りする、お寺自体が立体曼荼羅!

まず、大乗寺(応挙寺)の客殿(外来者を接待する建物)の構造について、簡単にご説明します。十一面観音像が安置されている1階の仏間は、大小あわせて10の部屋に囲まれています。大乗寺では、この仏間を含めた11の部屋と、2階の2部屋の計13室の襖絵や壁165面に、応挙一門を中心とする絵師たちの作品があります。そして1階の四隅の部屋の襖絵は、十一面観音菩薩をお守りする守護神、四天王を象徴しています。

仏間を中心とした13室が応挙一門の作品で彩られた大乗寺の客殿「大乗寺 円山派デジタルミュージアム」より
仏間を中心とした13室が応挙一門の作品で彩られた大乗寺の客殿。 「大乗寺 円山派デジタルミュージアム」より

玄関から入って最初の部屋に当たる「農業の間」の襖絵は、農作業の情景を描いた四季耕作図によって、生産経済を司る持国天を。「芭蕉の間」の襖絵は、優れた政治家であった郭子儀(697-781)を描くことによって、政治を司る増長天を。続く「山水の間」の襖絵は、自然の摂理を描く山水図によって、芸術を司る広目天を。「仙人の間」の襖絵は、不老長寿の仙人たちを描いて、生命と医薬を司る多聞天を表しているそうです。

立体曼荼羅「大乗寺 円山派デジタルミュージアム」より
大乗寺(応挙寺)の襖絵には、十一面観音菩薩を四天王が守護する立体曼荼羅の構想が!(※ 上図に記された方角は仏間を基準にした仏教上のもの。) 大乗寺ウェブサイト「バーチャルツアー」より

真言宗の総本山である東寺(京都)の仏像群は、密教の教えを視覚化した「立体曼荼羅」として有名ですが、同じく真言宗のお寺である大乗寺の襖絵を手がけるにあたり、円山応挙は、十一面観音像を中心に据えた客殿全体を、ひとつの曼荼羅になるよう構想したのです。寺院での体験そのものが、教義に結びついていくコンセプチュアルな空間デザイン。円山応挙、やはり、ただものではありません。

つながる!広がる!パーフェクトな応挙の襖絵

円山応挙「松に孔雀図」大乗寺(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)
黄金色と墨色のコントラストが美しい、大乗寺(応挙寺)の「孔雀の間」。(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)

続いて、襖絵を観ていきましょう。大乗寺(応挙寺)の襖絵の中で、最後に完成したのが、客殿で一番大きな部屋であり、十一面観音像を正面に拝する「孔雀の間」です。大乗寺の障壁画の制作依頼を受けた応挙は、弟子たちと順次作品を制作し、大乗寺に納めていきました。しかし天明の大火(1788年)により、一番大きな部屋の襖絵を、完成間近にして工房ごと失ってしまいます。応挙の失意は、いかばかりであったことでしょう。そして応挙が大乗寺の襖絵の制作に再びのぞんだのは、亡くなる年(1795年)の春。描いたのは、金箔地の空間に枝を広げる松の巨木と、そこに遊ぶ墨の孔雀でした。

西側一面が庭に開けた大乗寺の「孔雀の間」には、やわらかな外光が射し込んできます。部屋の中央に座ると、やさしい金色の光の粒子に包まれて、まるでずっと昔からこの場所にいるような、穏やかな気持ちになります。孔雀たちは、そのままふわっと庭先に飛び出していきそうです。

円山応挙「松に孔雀図」(全16面のうち4面)重要文化財 寛政7(1795)年 兵庫・大乗寺蔵〔東京展のみ・通気展示〕円山応挙「松に孔雀図」(全16面のうち4面)重要文化財 寛政7(1795)年 兵庫・大乗寺蔵〔東京展のみ・通期展示〕

応挙は、松樹の幹を部屋の角の柱の位置に持っていくことで、二方向に広がる枝葉で室内に立体的な奥行きを生み出しました。さらに、十一面観音像を拝するために仏間の襖を開けた場合も、松の枝が隣接する襖の枝に自然につながり、孔雀同士の視線が戯れるような、建築と一体となった視覚のイリュージョンを試みています。部屋のどこに居ても、襖を開閉しても破綻することのない応挙の絵画空間は、おそろしいほど緻密に計算されています。

大乗寺デジタルミュージアム
襖の開閉にかかわらず景色が成立する「孔雀の間」。 「大乗寺 円山派デジタルミュージアム」より

黒一色じゃない!?墨の中に輝く色彩

そして一見、墨一色の世界に見える景色も、立ち上がって部屋をぐるりと巡り、目をこらすと、色彩に溢れていることに気づきます。実は応挙は、松の葉や孔雀の羽根の部分に、光の反射具合で青みを帯びる「松煙墨」という特別な墨を使用していました。相当注意して観ないとわからないのですが、松葉の先に、朝露に濡れたような、かすかな青の煌めきを目にするのは、まさに心震える体験です。(高性能のカメラで撮影したデジタル画像は、この墨色のわずかな差違をわかりやすく平面的に処理していますが、ぜひ実物をご覧いただいて、作品が〝応えてくれる〟瞬間の感動を味わっていただければと思います。)

円山応挙「松に孔雀図」大乗寺(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)
斜めの角度から松葉を見ると、墨色の中に深い緑が浮かび上がる。(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)

還暦も過ぎ、もはや目も不自由になっていた応挙が、西方に開かれた金色の間に遊ばせた孔雀(十一面観音菩薩の化仏である阿弥陀如来の乗り物)に託した想いとは、何であったのでしょうか。

「孔雀の間」の北側の襖を開けると、ちょうど松の大木の向こう側で、郭子儀と子供たちが遊んでいるかのように見えます。このように各部屋の画面は、有機的に次の部屋の景色ともつながるのです。そして「山水の間」の風景は、寺の外にまで拡張していきます。襖絵の中に広がる水は、大乗寺の北に広がる日本海の情景を彷彿とさせます。周辺環境までをも作品の中に巧みに取り組んだ応挙。しかも驚くべきことに、応挙本人が大乗寺を訪れたという記録はなく、応挙は京都にいながらにして、この大乗寺の壮大な空間をつくり上げたのです。

円山応挙「山水図」大乗寺(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)
大乗寺(応挙寺)の「山水の間」。磨き上げられた床の間の板が水面のように楼閣の影を映し出している。(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)

令和に来るのは、応挙ブーム?

18世紀後半、写生を重視した生命力あふれる作品で、日本の絵画史に新風を吹き込んだ、応挙と若冲。古典文芸の素養を必要とした従来の絵画と異なり、対象そのものに向き合った彼らの作品は、新興の商人たちに歓迎されました。同じ時代に京に生きた、天才と奇才。画風はだいぶ異なりますが、二人が絵筆をもって切り拓こうとした絵画表現の道は、同じ方向を目指していたと思います。

円山応挙「写生図巻(甲巻)」(部分)重要文化財 明和8〜安永元(1771〜72)年 株式会社 千總蔵〔東京展:後期展示/京都展:後期展示〕
円山応挙「写生図巻(甲巻)」(部分)重要文化財 明和8〜安永元(1771〜72)年 株式会社 千總蔵〔東京展:後期展示/京都展:後期展示〕

もし二人の絵師の決定的な違いをひとつ挙げるとするならば、それは「継承」ではないでしょうか。そして近年の若冲ブームの熱狂も、そこに起因しているように思われるのです。若冲は、一度歴史に埋もれた絵師でした。忘れ去られた孤高の才能に、再び光が射す……バブル崩壊で疲弊した平成の人々が求めた歴史ドラマが、そこにあったと言えるでしょう。対する応挙は、没後、今日に至るまで安定した評価を得てきました。それは応挙の精神が、途絶えることなく「継承」されたからでもあります。

(左)長沢芦雪「薔薇蝶狗子図」寛政後期頃(c.1794-99) 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション)〔東京展:前期展示/京都展:後期展示〕(右上)円山応挙「狗子図」安永7(1778)年 敦賀市立博物館蔵〔東京展:後期展示/京都展:前期展示〕(右下)竹内栖鳳「春暖」昭和5(1930)年 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション)〔東京展:前期展示/京都展:後期展示〕
ころころした子犬の姿を描いた応挙。その画題は円山・四条派に愛された。(左)長沢芦雪「薔薇蝶狗子図」寛政後期頃(c.1794-99) 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション)〔東京展:前期展示/京都展:後期展示〕(右上)円山応挙「狗子図」安永7(1778)年 敦賀市立博物館蔵〔東京展:後期展示/京都展:前期展示〕(右下)竹内栖鳳「春暖」昭和5(1930)年 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション)〔東京展:前期展示/京都展:後期展示〕

写生を基礎とする応挙の画法は、息子の応瑞(おうずい、1766-1829)ら弟子たちに引き継がれ、さらに明治、大正、昭和を生きた近代の日本画家へと繋がっていきます。応挙率いる「円山派」、そして、応挙を敬愛して止まなかった呉春(ごしゅん、1752-1811)率いる「四条派」。応挙とその一派は「円山・四条派」と呼びならわされるひとつの潮流を生み、京都画壇のスタンダードを築いたのです。

受け継がれたのは、単に技術だけではなかったはずです。万物に対する慈しみ深い眼差しと、飽くなき探究心。物事の本質に迫ろうとする応挙の姿勢への共感と敬意こそが、円山・四条派の「継承」を支えたのだと思います。そうであればこそ、応挙本人は香住を訪れることなく、弟子たちに現地での一切を任せることができたのでしょう。サステナビリティ(持続可能性)が問われる現代社会において、次なる日本美術のブームは、応挙を中心に巻き起こるかもしれません。

(左)上村松園「楚蓮香の図」大正13(1924)年頃 京都国立近代美術館蔵〔東京展:後期展示/京都展:後期展示〕(右)円山応挙「江口君図」重要美術品 安永6(1794)年 静嘉堂文庫美術館蔵〔東京展のみ・前期展示〕
(左)上村松園「楚蓮香の図」大正13(1924)年頃 京都国立近代美術館蔵〔東京展:後期展示/京都展:後期展示〕(右)円山応挙「江口君図」重要美術品 安永6(1794)年 静嘉堂文庫美術館蔵〔東京展のみ・前期展示〕

誰に、何を、どう伝える?文化財保存への問いかけと挑戦

展覧会に足を運べない方は、ぜひ展覧会終了後に、香住の大乗寺(応挙寺)へ。ただし大乗寺を訪問しても、いつでも応挙一門の襖絵が見られるわけではありません。現在のお堂の襖絵は、高精細のデジタル再製画。(※ 記事内の『和樂』2018年8-9月号から転載した写真に写っている襖絵も、デジタル再製画です。)実物の襖絵は、通常は収蔵庫に保管されていて、基本的に一般公開されていないのです。収蔵庫の点検日に巡り会えた方は幸運。次回の定期点検は来春、2020年のゴールデンウィーク頃(予定)とか。

大乗寺(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)
大乗寺の山門と、来訪者を出迎えてくれる応挙像。(『和樂』2018年8-9月号「ニッポンを知る100の旅へ!」より 撮影:篠原宏明)

実は十数年前、この収蔵庫の建設と作品の移設については、外部の専門家などを巻き込んで大いに議論されました。

文化財とは、誰にとっての何なのか。次代に何を伝え、何を遺すか。

大乗寺の襖絵保存プロジェクトは、この大きな命題を多くの人に提示してくれたのです。現在の文化財保護法において、文化財の所有者は、文化財の「適切な管理」と「可能な限りの公開」という、ある意味で矛盾する二つの義務を担います。

応挙が「松に孔雀図」を描いてから200年以上、165面の障壁画群は大乗寺の建築と一体となって、真言の思想を伝える宗教空間をかたちづくり、そこで日々の寺務が執り行われてきました。また、日本の風土に合った建築構造、そしておそらくは数百年の耐久性を視野に入れた応挙の素材選定によって、襖絵には目に見えた劣化はほぼありませんでした。それを収蔵庫という通常人目に触れない空間に移してしまうことが、はたして「文化財保存」のあるべき姿なのか……。一方で私たちは、予期せぬ人災のリスク、抗いようのない天災の恐怖も知っています。応挙が生きていた時代から、地球規模で環境も変わってきています。

大乗寺の襖絵の保存問題が投げかけた問いに、絶対的な正解はないはずです。この問題について、外部の人々を含めて広く議論されたということが非常に健全なことであり、大乗寺が、そして応挙らが描いた襖絵が、長い歴史の中で人々に愛され、開かれたものであったことの何よりの証であると思います。結果的に、2009年に大乗寺の襖絵は収蔵庫に移設されましたが、デジタルアーカイブの試みなど、大乗寺(応挙寺)の文化財保存のあり方への問いかけと挑戦は、現在も続いています。

照明方法テスト11月2日から始まる「円山応挙から京都近代画壇へ」(京都会場)で使用する照明器具のテストを収蔵庫内の原画の前で実施しました。裸展示できないため、会場内の非常口の表示灯等の写りこみ(大乗寺の座敷再現展示は独立した一部屋での…

大乗寺 ~応挙寺~さんの投稿 2019年6月15日土曜日

流派の継承、そして文化財の継承……。
次の時代に遺していくべきものは何なのか。この夏、金色の画面から、青く輝く墨色の孔雀は、きっとあなたに問いかけてくれることと思います。

◆高野山真言宗 亀居山 大乗寺(応挙寺)

住 所 兵庫県美方郡香美町香住区森 860

公式サイト

東京・京都でコンプリートを目指せ! 「円山応挙から近代京都画壇へ」展

今回ご紹介した大乗寺(応挙寺)の名品たち、そして応挙の偉業を継承した絵師たち、近代の日本画家たちの作品を一堂に会した贅沢な展覧会が、8月3日より東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館で開催されます。(11月2日からは京都・岡崎公園の京都国立近代美術館に巡回。)大乗寺の襖絵については、東京・京都会場で出品作品が異なり、両会場に足を運ばないと応挙の構想した思想空間は完結しません。またその他の作品も前後期で大幅に展示替えを行うとのこと。2会場で全4期、ぜひ円山・四条派の継承してきた美の精神を心ゆくまでご堪能ください。

◆円山応挙から近代京都画壇へ
【東京会場】
会 期 2019年8月3日〜9月29日
(前期:8月3日〜9月1日/後期:9月3日〜29日)
会 場 東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
休館日 月曜日(祝日または振替休日の場合は開館、翌日休館)
時 間 10:00〜17:00(入館は閉館30分前まで)

【京都会場】
会 期 2019年11月2日〜12月15日
(前期:11月2日〜24日/後期:11月26日〜12月15日)
会 場 京都国立近代美術館(京都市左京区岡崎円勝寺町)
休館日 月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
時 間 9:30〜17:00(入館は閉館30分前まで)

展覧会公式サイト

大乗寺デジタルミュージアム
大乗寺でお留守番の襖絵は、ぜひ「大乗寺 円山派デジタルミュージアム」で。かわいいワンコもいます! 竹+犬=笑。

取材協力/大乗寺

若冲よりもすごいかも?!円山応挙の美術展へ行く前に。その天才っぷりを解説【注目美術展】
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