浮世絵版画はどうやってつくられる?あの北斎の名作の原画が一枚も残ってないなんて!

浮世絵版画はどうやってつくられる?あの北斎の名作の原画が一枚も残ってないなんて!

北斎のGreat Waveは世界中に存在する

皆さんは、世界に誇る日本の名画、〝Great Wave〟こと、葛飾北斎(かつしかほくさい、1760-1849)の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」がどこにあるかご存知でしょうか? たとえば、レオナルド・ダヴィンチの「モナ・リザ」は世界に一点、フランスのルーブル美術館にしかありません。けれど、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」は、イギリスの大英博物館にも、アメリカのメトロポリタン美術館にも、日本の東京国立博物館にもあります。しかも大英博物館は「神奈川沖浪裏」を3枚も所蔵しています。

私たちがよく知っている浮世絵の多くは、江戸時代に何百枚、ものによっては何千枚と摺(す)られた木版画なのです。北斎の「神奈川沖浪裏」は、おそらく相当な部数が摺られました。

HOKUSAI Great Wave reproducted by Adachi Woodcut Prints
画像提供:アダチ伝統木版画技術保存財団

上のGIFアニメの通り、「神奈川沖浪裏」は、何色もの版を摺り重ねて完成します。

では、これを葛飾北斎が一人で一生懸命摺っていたのかというと、そうではありません。江戸時代、浮世絵版画の制作は、絵を描く絵師、版木を彫る彫師(ほりし)、和紙に摺る摺師(すりし)という風に、各分野のプロフェッショナルたちが分業していました。「神奈川沖浪裏」は、北斎が描いた原画(版下絵)を当時の彫師・摺師が木版画にしたのです。

今回は、一枚の浮世絵が完成するまでを小噺風にご紹介したいと思います。登場人物は以下の4名。実際には、もっと多くの人がかかわって出来上がっていたと思われますし、時代や場所によって、いろんなケースがあったと思いますが、ここでは出版までの大まかな流れをご紹介できればと思います。

【登場人物】※すべて架空の人物です。
・版元(高木屋 史郎左衛門)……浮世絵を出版する店。今で言うところの出版社。商品開発のプロデューサーであり、アートディレクションの能力も求められる。夏の新商品を企画中。
・絵師(東洲斎和樂)……浮世絵の原画を描く人。今で言うところのイラストレーター。ただし、プロダクトデザインへの理解力も求められる。高木屋の新商品の原画を描く。
・彫師(彫ゆう)……浮世絵を印刷する人。いわゆる「製版」をする人。
・摺師(とま蔵)……浮世絵を印刷する人。いわゆる「刷版」をする人。

浮世絵の分業制

それでは、浮世絵メイキングストーリーのはじまりはじまり〜。

浮世絵師が描くのはモノクロの原画のみ!

step1

2019年7月の末、夏の新商品の開発に勤しむ版元・高木屋ののれんをくぐったのは、今をときめく浮世絵師、東洲斎和樂。

高木屋さん、こんにちは! ご依頼の浮世絵、描いてきましたよ!

お、和樂、待ってたよ。どれどれ見せておくれよ。

じゃじゃーん! どうです? 夏ってことで、金魚のシャボン玉売り〜!

版下絵(未完)

おおおお! 金魚のシャボン玉売り! ……ってこれ、歌川国芳の「金魚づくし」のパクリじゃん!!!!!

え!? このあいだ、ラフスケッチ見せてOKって話になったじゃないですか!? そもそも、著作権が切れてる浮世絵でネタ探してこいって言ったの、高木屋さんですよ!

*** 著作権の保護期間は作者の没後70年間。江戸時代の浮世絵師・歌川国芳(うたがわくによし、1798-1861)が描いた作品の著作権は切れています。(ただし、美術館などが所蔵する浮世絵作品の画像利用については、所有権の問題が絡んできますので、注意が必要です。詳しくは各所蔵先へ。)

あれ、そうだっけ? ま、いっか。パクリとは言え、まあまあの出来じゃないか。さて、シリーズタイトルはどうしようか。

んー、「今様金魚百景」とか、どうです? 化け猫が出てくる怪談話とか、子守の娘がとんびに油揚げをさらわれちゃうのとか、金魚の図柄、色々考えてるんですよ!

でも「百景」って言って、途中で打ち切りになってもカッコ悪いしなぁ……。バンバン出して、在庫抱えても困るし。

(意外と消極的……。)

*** 浮世絵版画の多くは、シリーズ(揃い物)として刊行されました。葛飾北斎の「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」や歌川広重の「名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)」などは人気だったため、「三十六景」「百景」と言いながら最終的にそれ以上の数の作品が出版されました。また逆に、人気のないシリーズは途中で打ち切りになることもありました。

よし、ここはあんまりシリーズっぽい感じにせず、実用重視で行こう! こんなんでどうだ?「残暑お見舞い申上げます」! そのまま切手貼って送れるぞ!

定形外郵便、140円で送れますね!(※2019年8月現在)

*** 私たちが日常使用している用紙のサイズに「A4」や「B5」といった規格があるように、浮世絵版画のサイズにも一定の規格があります。一番オーソドックスなのは、大奉書紙(1尺3寸×1尺8寸)を半裁した「大判」と呼ばれるサイズ。江戸時代に制作された歌川国芳の「金魚づくし」のシリーズの各図は、「大判」をさらに半裁した「中判」と呼ばれるサイズで制作されました。ほぼB5判になります。(角4封筒にも入ります。)

形になってきたじゃないか! よし、そしたら、高木屋のハンコを押して、と。

版下絵

早速、彫師のゆうさんに、版木を彫ってもらいましょう!

ちょっと待て、ちょっと待て。その前に、出版の許可をとらないとならないんだ。

え、浮世絵出すのに、許可がないといけないんですか?

お前、浮世絵師のくせに知らないの? 寛政2(1790)年から、検閲通さないとならなくなったんだよ。面倒くさい時代になったもんだ。

*** 出版の検閲の制度は、江戸時代を通じて変化していきました。そのため、江戸時代後期の浮世絵版画は、作品に押された検閲印から、作品の制作年を特定することができるのです。

まあ、政治批判の要素もエロ要素もないから、すぐ許可下りると思うけれど。許可印もらったら、彫ゆうさんところに回しておくよ。校合摺(きょうごうずり)が出来上がったら知らせるから、都合の良いときにまた来てくれよ。

はい、了解です。それではまた後日。

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