難しすぎる江戸の暦が浮世絵を大進化させたってほんと?

難しすぎる江戸の暦が浮世絵を大進化させたってほんと?

江戸時代、それは260年に及ぶ天下泰平の時代。それはまた、人々のクリエイティビティが爆発した時代でもありました。その根本にあるのは「粋」という曖昧な価値基準であり、それは取りも直さず、おもしろいこと、人々をあっと驚かすこと、楽しませることに他なりません。江戸時代の「粋」を生きた人々は、ビジネスや実利性とは無関係の「趣味娯楽」に当時の最新技術と、時には多額な資金も投じ、現代では日本を代表する一級品と讃えられる作品を数々生み出してきました。そんな、「江戸時代の趣味娯楽に対する情熱が生んだすごいもの」について、これから全3回に渡ってお伝えしていきます!

第1回は、「大小暦」についてお送りします。暦の自由売買が禁止された江戸時代、人々は新しい年がくると年賀状のようにして、自作のカレンダーをお互いに贈り合いました。そして作品のクオリティに夢中になった結果たどり着いたのは・・・あの日本美術の形式、「錦絵」だったのです。個人製作の素朴なカレンダーが、いかにして日本を代表する美術、錦絵を誕生させるに至ったか、その意外な経緯をご紹介します。

浮世絵を大発展させたのは江戸の「おもしろカレンダー作り」だった?! 大小暦が、世界に誇る日本美術「錦絵」になるまで
慶応3年(1867)の大小暦。「絵暦貼込帳」(国立国会図書館デジタルコレクション)より。

難しすぎる江戸の暦が浮世絵を大進化させたってほんと?
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