仏像見るなら「京都・奈良」・・・とひとまとまりにされがちな昨今。最近は京都だけでなく、近鉄特急で奈良まで足を伸ばし、興福寺・東大寺を見たり、ならまちをぶらぶらと歩く方もずいぶん増えてきました。休み明けの月曜日なんかに職場の同僚に「奈良行ってきたよ」と言うと、なんだか急に仏像通になったような気もしてきますよね。
しかし!奈良は広いのです!興福寺や東大寺だけが奈良の本当の実力ではありません!それよりもはるか南方に、平安時代以前に建てられた屈指の寺社旧跡があなたの訪問を待っているのです!そう、一度奈良に足を踏み入れたら、どんどん奥へ奥へと誘われていくのです。
そこで、「奈良市内の次にどこに行こうかな?」とお寺を探している人にオススメしたいのが、奈良中央部に位置する代表的な古寺である、長谷寺(はせでら)、室生寺(むろうじ)、岡寺(おかでら)、安倍文殊院(あべもんじゅいん)の四寺です。どのお寺も1200年以上の歴史を持つ屈指の古刹であり、まとめて「奈良大和四寺」と呼ばれることもあります。
ちょうど、2019年6月18日から東京国立博物館・本館にて「大和四寺」の国宝仏像などが集結する豪華な特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」が始まりました。東京からだと車で8時間以上、電車でも4時間以上かかるところ、仏像の方からこちらに来てくれるまたとない機会です。
これは行かねば!ということで、早速和樂Webを代表して初日に取材させていただきました!簡単にその見どころや魅力について書いてみたいと思います!
特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」とはどんな展覧会なの?
プレス向け内覧会に先立って行われた開会挨拶。「奈良駅周辺だけではなく、是非もう少し南の方にも足を運んで、奈良大和の魅力を知ってほしいとの思いで本展開催に協力させていただいた」とのこと。
本展は、いわゆる特別展や企画展といった扱いではなく、それより少し展示規模が小さい「特別企画」という位置づけでの開催。展示場所も大規模な特別展が開催される「平成館」や本館4室・5室ではなく、普段仏像の常設展示が見られる本館1階11室となっています。
展示規模は全15件とコンパクトな内容。しかし、その内訳が凄いのです。国宝4件、重要文化財9件と、ほぼ全作品が国の貴重な一級品の文化財として指定を受けているという豪華さ。展示一つ一つの見応えが抜群なので、展示に見入っているとあっという間に時間が過ぎていきます。しかも、博物館ならではの充実したライティングの環境下、普段はなかなか見られない角度に回り込んでじっくり観られるのも嬉しいところ。ライティングが抜群に上手な東博ならではの美しい展示が待っていました。
それでは、早速みていくことにしましょう!
展示の見どころをガッツリ研究員さんに聞いてみた!
ちょうど、内覧会の冒頭で本展を担当した皿井研究員が、記者向けにたっぷりと展示の魅力を語ってくれました。バッチリ見どころを聞いてきましたので、本稿では「お寺」ごとに見どころを簡単に解説していきたいと思います。
見どころ1:「長谷寺」編
手に錫杖がポイント!長谷寺式十一面観音
十一面観音菩薩立像 銅像、鍍金 鎌倉時代・13世紀 長谷寺
長谷寺の御本尊といえば、国内最大となる像高10m以上の十一面観音菩薩立像が有名です。実際にお堂の中で観るとまずその巨大さに圧倒されますが、もう一つ見逃せない外見上の特徴があります。それが、岩座に立ち、手に錫杖を持っていること。今回展示されている2つの十一面観音立像も、いずれも手に錫杖(しゃくじょう)をしっかり持っています!室町時代以降、長谷寺信仰が全国に広がるにつれて、長谷寺の御本尊を模した十一面観音菩薩立像が多数制作されました。この長谷寺スタイルを「長谷寺式十一面観音」と呼びます。
本展に出品されている2つの立像は、1つは金銅仏、1つは木造です。いずれも手に錫杖を持つ「長谷寺式十一面観音」ですが、中でも是非見てほしいのが入り口すぐの目立つ場所に展示されている金銅仏。よく見るとエキゾチックなお顔をしていて、透かし彫り風の光背(こうはい)はゴージャスな鋳造での誂えとなっています。ガラスケースの後ろ側にも回り込めますよ。
普段は見られない御本尊の珍しい脇侍が登場!
左:赤精童子(雨宝童子)立像 運宗作 木造、彩色 室町時代・天文7年(1538)長谷寺 /右:難陀龍王立像 舜慶作 木造、彩色 鎌倉時代・正和5年(1316)長谷寺
長谷寺といえば、上述したように巨大な御本尊が有名ですが、その一方で御本尊の脇侍(きょうじ)たちの存在についてはあまり知られていません。本展ではその脇侍の2体「赤精童子(雨宝童子)立像」(せきせいどうじりゅうぞう)「難陀龍王立像」(なんだりゅうおうりゅうぞう)が登場。2016年春にあべのハルカス美術館で開催された「長谷寺の名宝と十一面観音の信仰」展に続いて、お寺を出るのは史上2回目となる貴重な出品です。よく見ると、神像っぽさもある神仏習合的な雰囲気が御像から漂っています。中世には初瀬(はせ)街道と言われた旧街道を通じて交流があった伊勢神宮の影響を受けたと言われる長谷寺ならではのユニークな仏像といえるかもしれません。
見どころ2:「岡寺」編
国内では非常に珍しい涅槃仏像が登場!
釈迦涅槃像 木造、彩色 鎌倉時代・13世紀 岡寺
まず、非常に目を引いたのが日本では比較的珍しい「涅槃仏(ねはんぶつ)」!釈迦が入滅する時の姿勢をそのまま写し取ったとされる仏像です。2次元の仏画では「涅槃図」としてこうして仏様が寝姿になっている作品を本当によく見かけますが、立体化作品は流行しなかったのか、国内にはあまり「寝仏」像は残されていません。
よーく仏像を見ると、胸元などは頻繁に触られていたかのように木肌がテカテカに光っています。そういえば、『涅槃像』ってご利益をもらうために足裏や体などに触れるっていいますよね。たとえば西国三十三箇所第21番・穴太寺(あなおじ)の涅槃仏は、直接触ってOK。自分の体の悪いところを触るようにすると病気が治るともいわれています。今はもちろん接触不可ですが、もっと昔おおらかな時代には結構触る人が後を絶たなかったのかなと思いました。
国宝・義淵僧正像はやさしい肌質の「木心乾漆造」
義淵僧正坐像 木心乾漆造、彩色 奈良時代・8世紀 岡寺
そして、岡寺から出品された最高の一品が木心乾漆造(もくしんかんしつづくり)の国宝・義淵僧正坐像(ぎえんそうじょうざぞう)。塑像(ぞぞう)や乾漆像(かんしつぞう)から木彫の一木造(いちぼくづくり)へと移行する過渡期に流行した製法で、主要な骨格などおおまかな全体像をまず木で作り上げ、細部の仕上げに漆を盛り上げて制作されます。「木彫像に比べると、より肌やお顔の表情が穏やかに見えるのが特徴です」とのこと。モデルとなったのは岡寺を創建した高僧・義淵僧正(ぎえんそうじょう)と言われています。
古刹の証!「甎」から漂う古代の香り
天人文甎 土製 飛鳥時代・7世紀 岡寺
仏像に比べると目立たないのですが、貴重さにかけては仏像に勝るとも劣らないのが、岡寺から出品された「天人文甎」(てんにんもんせん)。灰褐色の肌の表面には白い長石の粒が浮いていて、須恵器系の焼締陶器の仲間に見える「やきもの」の一種なのですが、よくある古代の「かわら」ではありません。これは、「甎」(せん)といって、飛鳥時代や奈良時代に流行した、伽藍の室内装飾のための石版なのですね。この石版には「天女」が彫られています。厚さが10cmくらいある、かなり重そうな石版ですが、お堂の壁面もしくは床材を飾るために使われていたのだろうとのこと。取材でお会いした専門家の方にお話を聞いてみると、「甎を見かけたらそれは奈良時代からあった古刹である何よりの証なんだよ」と教えてくださいました。
見どころ3:「室生寺」編
左奥:地蔵菩薩立像 木造、彩色 平安時代・10世紀 室生寺/右奥:十一面観音菩薩立像 木造、彩色 平安時代・9~10世紀 室生寺 手前の2体:十二神将立像(巳神・酉神)木造、彩色 鎌倉時代・13世紀
続いて、4つのお寺のうち一番山奥深くにある、女人高野ともいわれる「室生寺」の仏像を見ていきましょう。入り口を入って、一番目立つ向正面に展示されています。
「翻波式衣文」は古仏の証?
左:地蔵菩薩立像 木造、彩色 平安時代・10世紀 室生寺/右:十一面観音菩薩立像 木造、彩色 平安時代・9~10世紀 室生寺 いずれも部分図
古い仏像を見る時、一つのチェックポイントになるのが仏像の衣のひだです。平安時代初期に特徴的なのが、丸いひだと尖ったひだを交互に配置することで、仏像の衣にさざ波のような美しい衣紋線を生み出す「翻波式衣文」(ほんぱしきえもん)と呼ばれる独特の表現です。今回、室生寺から出品されている2つの立像のうち、向かって正面右側の仏像の衣のひだを見て下さい。ここに、平安初期頃特有のデザイン「翻波式衣文」が見て取れます。正面から観るよりは、仏像の真横に回り込んで見てみるとわかりやすいですよ!
絵の具で描きこむ珍しい光背!
左:地蔵菩薩立像 木造、彩色 平安時代・10世紀 室生寺/右:十一面観音菩薩立像 木造、彩色 平安時代・9~10世紀 室生寺 いずれも部分図
そしてもう一つ見逃せないのが、室生寺の光背部分のデザインです。通常は「透かし彫り」など木彫によって表現されることが多い光背部ですが、室生寺の2体の光背には、懸仏(かけぼとけ)などが仏画のように直接絵の具で描きこまれているのです。褪色も少なく非常に状態が良いため、光背部に直接岩絵の具で描かれたきらびやかな天上世界を単眼鏡などで楽しんでみてくださいね。非常に珍しい光背の表現方法でした。
見どころ4:「安倍文殊院」編
国宝の体内にはお経が入っています!
文殊菩薩像像内納入品 仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等 紙本墨書、金泥書 鎌倉時代・承久2年(1220) 安倍文殊院
奈良大和四寺の最後の一角「安倍文殊院」。有名なのは、仏師快慶が手がけた日本最大の文殊菩薩像(もんじゅぼさつぞう)とその眷属たちがセットになった国宝「文殊菩薩五尊像」ですね。本当はこれを是非見たかったのですが、今回は残念ながらこちらは未出品。
そのかわり、文殊菩薩の胎内に納入品として収められていた国宝経典「仏頂尊勝陀羅尼・文殊真言等」が展示されています。梵字で書かれており全く読めないのですが、その鬼気迫る荘厳なつくりからは、当時の僧侶たちの本気度をひしひしと感じることができました。
特設ミュージアムショップもありました!
特別企画にあわせ、期間中は本館1階11室を出たすぐのところに特設ミュージアムショップが出現。4つのお寺で実際に販売されているオリジナルグッズや、大和四寺にちなんだお菓子、奈良一刀彫の工芸品などがずらりと並んでいました。いくつか筆者が気になったアイテムを紹介しておきますね。
▼公式図録
▼満願巡礼衣
▼長谷寺オリジナルマグネット
▼室生寺 五重塔土鈴
▼岡寺 願い玉
展示が気に入ったら奈良大和へ遠征もおすすめ!
嬉しいことに、本展は特別料金ではなく通常の常設展(総合文化展)のチケットでそのまま観られるのです!大人ならわずか620円!ビアガーデンでビール1杯飲むのと同じくらいの料金で気軽に楽しめるのは非常にお得ですよね。展示期間も約3ヶ月間とゆったり取られていますので、何度でも訪れて美しい古仏たちを楽しんでみてください。
また、本展を通して奈良大和四寺のことが気になったら、ぜひ実際に足を運んでみるのもおすすめ。日本一大きな文殊菩薩(安倍文殊院)、同じく日本一大きな十一面観音立像(長谷寺)、土でできた仏像(塑像)では日本最大となる御本尊・如意輪観音坐像(岡寺)、思わず言葉を失うような幽玄の美を感じられる国宝・五重塔(室生寺)など、現地でしか観られない貴重な文化財がたくさんありますので!
展覧会名:特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」
会場:東京国立博物館 本館1階11室
会期:2019年6月18日(火)~9月23日(月・祝)
公式サイト