『涅槃図(ねはんず)』とは、釈迦の入滅(亡くなること)の様子を描いたもの。登場人物たちの悲しみにくれる様を描きつつ、仏教画としての荘厳さを保てるように細かな工夫が施された、非常に繊細な作品です。悲しみ方も皆それぞれ。表情や仕草に目を奪われます。
菩薩も羅漢も人も虫も動物も大いに悲しむの図
高さ約2.9m、約幅1.7m。江戸時代の絵師、英一蝶(はなぶさいっちょう)によるこの巨大な『涅槃図』に描かれているのは、悲しみにくれる登場人物たち(霊獣、虫を含む動物だけで51種類)。釈迦の入滅を知り気を失った弟子のアーナンダ、慌ててつまずく金剛力士、3つの顔で悲しむ阿修羅、ひっくり返ってしまった白い象…。人々はシクシク、オイオイ、メソメソと泣きじゃくり、うろたえ、ほうけ、悲鳴を上げ…。画面いっぱいにあらゆる悲しみの表現を詰め込んだ、細密な筆致と、画家の熱意に圧倒されます。
英一蝶 『涅槃図』 江戸時代・1713(正徳3)年 286.8×168.5㎝ 一幅 紙本着色 Fenollosa-Weld Collection,11.4221 Photograph©2017 Museum of Fine Arts,Boston
「この作品は、日本美術研究家のフェノロサが購入、1911年にはボストン美術館に収蔵されていました。300年前のものにしては保存状態はよかったそうですが、経年劣化もあって長らく展示されておらず、日本美術の専門家でもなかなか見ることが叶わなかった幻の作品。約170年ぶりの本格的な解体修理を1年がかりで施しました。今回の展覧会では、新たに制作した表具を含めれば高さ約4.8mにもなる超大作を、吊るして展示しますので、登場人物たちの表情もよく見ていただけると思います」(東京都美術館学芸員 大橋菜都子さん)
英一蝶という絵師自体もかなりユニーク。「人気絵師でしたが2回も牢に入れられ、2回目は島流しにあっている(笑)。『生きて江戸には戻れないだろう』と覚悟しますが、11年後に恩赦にあい、再び江戸へ。そこからさらに15年も活躍します。そういう人生があって、晩年に描いたのがこの『涅槃図』。顔料も高価なものを使っていて、力が入っているのがよくわかります」(大橋さん)
海を渡ってから初となる、まさに奇跡の里帰り。目を凝らして、ひとりひとりの悲しむ姿に見入ってください。