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2021.04.21

【追悼】特別展「黒田泰蔵」の白磁の魅力とは。関西を代表する古美術商戸田博さんインタビュー

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大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の特別展「黒田泰蔵」展に行ってきました(2020年11月21日から2021年7月25日まで)。黒田さんとは古くから深い親交があり、関西を代表する古美術商として知られる谷松屋戸田商店の戸田博さんと展覧会を巡りながら、黒田泰蔵さんがつくる白磁の魅力を教えていただきました。実はこの記事の作成中、4月13日、黒田泰蔵さんが病気療養中のところ他界されました。75歳でした。ご冥福をお祈り申し上げます。哀悼の意を捧げ、<特別展「黒田泰蔵」の白磁の魅力>の追悼記事を書かせていただきます。

右が戸田博さん。左は出迎えてくださった美術館館長の出川哲朗さん。

美術館の壁面には黒田泰蔵さんの作品をプリントした美術館のフラッグが掲げられています。海の青を背景にそびえる白磁「壺」は、戸田さんが美術館に寄贈した作品だそうです。この白磁「壺」は筒形の先端に円錐形を被せたような、独特なかたち。特に小さな口縁部はゆるやかに波打ちながら、極めて薄く繊細に成形されています。泰蔵さんは「直接自分の手、指と轆轤を使うことでまるで魔法のように空中に線を引くことができる材料」に魅了されたと言い、轆轤で成形することについて「一度きりの抽象絵画を空中に創出する」ことにたとえています。一見すると幾何学的でミニマムに思われる造形ですが、よく見ると表面には轆轤目と磨き跡が残されており、豊かな質感と微妙なニュアンスが含まれていることに気づかされます。

フラッグにプリントされている作品。黒田泰蔵 壺 2019 年 白磁 高 29.8cm 幅 12.6cm 大阪市立東洋陶磁美術館所蔵(戸田博氏寄贈) Photograph by T. MINAMOTO

「東洋陶磁美術館はやきものに携わる人は誰もが憧れている美術館です。泰蔵さんもまた東洋陶磁美術館で展覧会をやることが長年の夢だったそうです」と、戸田さん。展覧会図録『黒田泰蔵』(2020)のインタビューページには、泰蔵さんがこんな言葉を残しています。<東洋陶磁美術館で展覧会をすることは夢のまた夢で、実はかつて戸田さんに、冗談のように本気で展覧会ができないかと聞いたことがあるほどです。…東洋陶磁美術館は、東京の駒場にある日本民藝館とともに私の好きな美術館の筆頭で、今回の展覧会企画を出川さんからお知らせいただいた時、本当のことを言うと、頬をつねってもなお信じられないくらい驚きました>と。では、泰蔵さん待望の展覧会を拝見してみましょう。

特別展「黒田泰蔵」展の始まりは、三宅一生さんのこの言葉から…

特別展「黒田泰蔵」展に一歩足を踏み入れると、三宅一生さんの言葉が…。

美意識の高い三宅一生さんが大絶賛する黒田泰蔵の白磁作品。これは圧倒的な褒め言葉ですね。今回の展覧会ではイセ文化基金所蔵品と大阪市立東洋陶磁美術館所蔵品を中心に、約64点が展示されているそうです。中国の梅瓶(めいぴん)を意識した作品から、轆轤の回転運動をそのままに直線と円とで構成される「円筒」など、造形によって黒田泰蔵の世界が構成されています。

黒田泰蔵のやきものの原点は、 円筒(シリンダー)です。

黒田泰蔵さんと戸田博さんとの付き合いはもう40年近くになるそうです。「黒田泰蔵の核となる作品は円筒(シリンダー)、梅瓶、台皿が三大要素ですが、僕はまだ彼 が白磁をやっていない頃からの付き合いなんです」と、戸田さん。ここに泰蔵さんのプロフィールを記しておきます。

1946年滋賀県生まれ。‘66年からパリに1年滞在したのち、’67年にN.Y.を経て、カナダに。陶芸家ゲータン・ボーダン氏に師事し、陶芸を始める。カナダ滞在時に2度帰国し、益子の島岡達三氏の元で修業。’75年、カナダのサン=ガブリエルにて築窯。’80年に帰国後、伊豆松崎町に築窯、試行錯誤の作陶が始まる。そして1991年、伊東市富戸にて築窯。ようやく白磁への挑戦の機は熟して、以後新しい自己表現に作品を生み出し続ける

カナダの製陶会社のデザイナーだった時代から、すでにプロ仲間たちの間では技術力とデザイン力で一目置かれる存在だったという。‘80年に泰蔵さんが帰国してから、「共通の友人に、誰も真似できないほどの腕前の陶芸家がいると言って紹介されたのが泰蔵さんとの出会いでした。91年に伊東市富戸に築窯したころ、泰蔵さんは“白磁に集中して、最終的にはこのシリンダーをつくり続けたい”と言っていました。……思えば長い付き合いだなぁ」と、しみじみ。

黒田泰蔵 円筒 2016 年 白磁 高 7.8cm 幅 9.0cm イセ文化基金所蔵 Photograph by T. MINAMOTO

黒田作品を代表する造形は「円筒」です。轆轤の回転運動によって、垂直に引き上げられた円筒形は、円と直線で構成されるシンプルなかたちです。極めて薄い口縁部は、低速で回転する轆轤で成形され、釉薬をかけない表面は丁寧に磨かれています。轆轤によって人の手で創られるものとしては、これが緊張感を維持し得る適度な大きさなのかもしれません。円筒は「見えるもので、見えないものを現す」ことにより作家としての責務を果たす、という泰蔵さんの強い思いが込められているのです。

「泰蔵さんは“円筒は真理を表現している”と言っています。(いくつも並ぶ円筒を眺めながら)一見同じような作品に見えますが、一点一点すべて違うのが面白いですね。やきものの原点というものを見せられているような気がします」と、戸田さん。

茶室の薄闇の中で光を放つ白磁の器

白磁の茶碗が3点展示されているうち、一番手前が戸田博氏寄贈の茶碗。黒田泰蔵 茶碗 2019 年 白磁 高 6.8cm 幅 9.5cm

戸田さんは茶道具商として作品を見たとき、「最初、白磁は茶陶には向かないのではないかと思ったんです。無理してお茶の世界に入れるべきではないと思いながらも、嫌味にならないような形で、まずは茶碗をつくってもらったんです」と、戸田さん。雑誌『和樂』の創刊当時(2002年1月号)の特集「茶室に入った、黒田泰蔵の白磁の器」では、濃茶を練って白磁の茶碗を茶席に取り入れたときの写真が残っています。白磁と濃茶の色の対比もどうかと思っていたのですが、このコントラストがすごくよかった。それにお茶がたてられたときの温もりが手に伝わる感じがすごくよくて、白磁は炉の時期にも十分行けるなと思いました」と、戸田さん。同じ特集の中で、田中一光先生は水指や花入に白磁をつかわれています。

↓その一部がこちらです。

谷松屋戸田商店の茶室で撮影された2002年1月号『和樂』の誌面。

白磁の茶碗に濃茶を淹れて、そのコントラストが衝撃的だった。

このとき、戸田さんはこう言っています。「泰蔵さんの器を茶室で見ると、これまでには感じなかった清新な気分がただよって、まさにこのような器こそ、現代のお茶を演出する上で使ってみたい、という気持ちがしてきます。…茶室で見る黒田さんの器には、どこかふと祭器(祭器に使う器具)を感じさせるものがあります。その印象は、祭器の色である白や、シンプルで削ぎ落とされた造形の「神聖な感じ」からくるものでしょう。…かつて長次郎(樂家初代)の 「黒」の樂茶碗が出てきたときも異質だったと思いますよ。でも、いずれお茶の世界は受け入れたわけです」と。

田中一光先生は薄茶席で黒田泰蔵の白磁を水指と花入に使った。

この号にあった田中一光先生の言葉を抜粋しました。「黒田の作品の立派なところは、用途を無視してオブジェにならなかった点だ。作品が棚やテーブルの上でどこまでも美しくありたいと思っていたに違いない。ピッチャーが花入になり、深鉢が蓋をつければ水指に変わるというところが、私が黒田作品を最も好む理由である。しかも彼は白磁から離れることがない。白は形態が勝負だ。形の大きさ、高み、厚み、曲線、歪み、彼は焼き物として可能な限り白への試みをみせる。手が切れそうな鋭利な縁を見せることもあるが、いずれも端正で、清楚な美学から外れることがない。どこまでも凛とした気品をみせるところが、私は気に入っている」

中国の梅瓶(めいぴん)を写しているのに、ものすごいモダニズムがある。そこが凄い!

泰蔵さんは、白磁の制作を始めた45歳の頃に「轆轤成形、うつわ、単色」という条件を決めて制作するようになりました。轆轤で成形することにより、自律的に、回転体で縁の立ち上がるかたち―すなわち「うつわ」となります。かたちとしてのうつわは、必ずしも実用を前提としておらず、作家は、そのかたちを美しい抽象的な形態として捉えました。

黒田泰蔵 壺 2019 年 白磁 高 26.9cm 幅 21.2cm 大阪市立東洋陶磁美術館所蔵(孫泰蔵氏寄贈)Photograph by T. MINAMOTO

これは、小さな口に張った肩をもち、胴裾にかけてすぼまる、黒田の「梅瓶」として知られるかたちです。丁寧に磨かれた滑らかな表面と、豊かな曲線による均整のとれたかたちは、黒田作品の特徴をよく表しています。

「これは中国の梅瓶を写しているんですが、泰蔵さんはコピーができない、どうしても自分の形になってしまうんです。ものすごいモダニズムがある、オリジナリティがあるんです。そこが彼の凄いところです。昔、益子の島岡達三氏の元で修業したときのエピソードで、“君には民藝の血はないね”と言われたそうなんです(笑)これは僕らからすると大変な褒め言葉なんです。誰かの真似のようなことはつくれない、どうつくっても民藝にはならない。島岡氏は黒田泰蔵をプロとして見ていらっしゃったんでしょう。当時、すでにプロ仲間の間でも、轆轤の腕がすさまじく優れているということで話題になっていました。そこから白磁の世界にとっぷりと入り、脇目もふらず白磁一本できています」と、戸田さん。

出川館長も「薄づくりで、まるで神に捧げる祭器のようです。やきものの器は新石器時代からある形なのに現代的で、口づくりが極めて繊細です。その技術がかなり難しいんです。それにふつうは装飾模様を描き出したりするものですが、黒田さんは決してしませんでした。人間がつくった文様は決して描かない、宇宙的な発想で白の世界を追求してゆきました」という。

2004年2月号の特集「日本の美しい住まい」の中で、「川瀬敏郎、花で語る」として

『和樂』には幾度となく泰蔵さんの白磁が登場しています。2004年2月号の特集「日本の美しい 住まい」の中では「川瀬敏郎、花で語る」として、泰蔵さんの白磁壺が使われています。

彼の発想は花入なんです

黒田泰蔵 台皿 2000-2007 年 白磁 高 30.0cm 幅 36.2cm イセ文化基金所蔵 Photograph by T. MINAMOTO

「最初にこれを見たとき、変わったものだなと思いました。彼の発想は花入れなんです。この上に花を置いたり、オブジェを置いたり……。でも、そのもの自体に存在感があり、ライティングで見せる陰影がとても特殊で、立体の膨らみとかが凄いと思います」

黒田泰蔵 台皿 2010 年 白磁 高 3.8cm 幅 40.1cm 大阪市立東洋陶磁美術館(大林剛郎氏寄贈)Photograph by T. MINAMOTO

この空飛ぶ円盤のようなもの。「台皿です。これは薄くて繊細ですから窯の中で縁(ふち)が垂れてしまうので、制作が技術的にかなり難しいんです」と、戸田さん。

割れています!


黒田泰蔵 割台皿 2018 年 白磁 高 22.5cm 幅 35.6cm イセ文化基金所蔵 Photograph by T. MINAMOTO

「これは狙ってつくったわけではなくて、偶然の産物です。割れています。ある意味で言えば 失敗作ですが、内包させたエネルギーを一気に吐き出していて、息をしているというような、エネルギーの集約が表現できています。美術商として言うと、ふつう割れている作品は欠点としてB商品とみなされることが多いものですが、泰蔵さんの作品の場合は“割れ方がかっこいい”という人が多い。むしろ割れたものに執着する人も多くいますから、それには驚きます。これは作品自体から醸し出される吸引力やなと思います」と、戸田さん。

小さな高台から、ゆるやかな曲線を描いて上部にかけて広がるかたちは、重心が上にくることで軽やかな浮遊感があります。天板には大きな割れ目が入っています。「破袋」として知られる伊賀焼の水指のような、やきものの窯割れを想起させる一方で、ルーチョ・フォンタナが《空間概念》で「芸術に新しい次元を生みだし、宇宙に結びつくこと」を求めたこととも通じます。作品の纏う静謐な空気を破るように、力を加えられて鋭く裂けた切り口の表現は、他の作品とは逆のアプローチを模索する作家の試みかもしれません。


黒田泰蔵 割台皿 2018 年 白磁 高 17.2cm 幅 24.6cm イセ文化基金所蔵 Photograph by T. MINAMOTO

「これも先ほどの台皿と同じくクラックの入り方が凄いね、エネルギーを感じますね」

「黒田泰蔵」をより感じられる空間


「黒田泰蔵」展の第一会場の最後の空間に、円筒が並ぶコーナーがある。「僕はこの空間が好きですね。淀みなくすっと立ち上がっている円筒。厳しくて、いい線ですね。泰蔵さんは、たまたま偶然すっと立ち上がった時に気持ちがよくて、その感触を手がおぼえていると言っていました」

展覧会会場の一角には、黒田泰蔵作品が3点並んで展示されており、窓の外には清々しく堂島川が流れています。「よく晴れた日だと陽が差して、作品に木漏れ陽が映っていたり、様々な表情が見られます。作品がガラス越しでないのもいいですね」と、戸田さん。

また、静岡県伊東市にある自然豊かなアトリエや、併設された安藤忠雄氏設計のギャラリーに作品を配した様子などを映像が流されています。思わず、伊豆に行きたくなりました。

伊豆のアトリエ内にあるギャラリー棟を設計した安藤忠雄さんのスケッチも提示されています。

やきものに携わる人は誰もが憧れる美術館

「かつては存命の作家の展覧会は行ったことがありませんでしたが、1989年、ウィーンで生まれてイギリスで活動した陶芸家ルーシー・リーの展覧会を開催しました。以来、現存の作家の展覧会を催すのは、泰蔵さんで二人目です。黒田泰蔵さんは現存の陶芸家の中でも歴史の1ページを刻まれる作家のひとりだと思います」と、出川館長。「出川さんの英断ですね」と、戸田さんが微笑んだ。
※泰蔵さんが亡くなられて追悼展となった今、ひとりでも多くの方にこの展覧会をご覧になっていただいて、黒田泰蔵の生きた証しを目に焼き付けて欲しいと思います。

常設展も見逃せません!

目利きの戸田博さんも欲しくなる品が!?大阪市立東洋陶磁美術館は世界的に有名な「安宅コレクション」を住友グループ21社から寄贈されたことを記念して大阪市が設立したもので、1982(昭和57)年11月に開館しました。館蔵品は「安宅コレクション」の中国・韓国陶磁を中心に、「李秉昌(イ・ビョンチャン)コレクション」の韓国陶磁、濱田庄司作品などの寄贈や、日本陶磁の収集などにより、東洋陶磁のコレクションとして世界第一級の質と量を誇っています。このなかには、2点の国宝と13点の重要文化財が含まれています。常設展の展示は、代表的な作品約300点によって中国、韓 国、日本の陶磁などを独自の構成と方法により系統的に紹介。年1〜2回の企画展、特別展では専門的なテーマのもとに、学術的水準と芸術性の高さを保ちながら、魅力ある内容の展示となっています。
現在は、「柿右衛門―Yumeuzuras セレクション」の特集展示をしています。

「こういう粉引の徳利なんかに出会うと、これ欲しいなこれ欲しいなと思うわけです(笑)」

キーン先生がお好きだった陶板も!

青磁象嵌 六鶴文 陶板 高麗時代 12-13 世紀/大阪市立東洋陶磁美術館蔵 住友グループ寄贈(安宅コレ
クション)

ところで、東洋陶磁美術館は、陶磁器が大好きだったドナルド・キーン先生が愛した美術館なのです。キーン先生が大阪に行くといつも立ち寄ったという場所。実は、出川館長はキーン先生の教え子だったそうです。常設展にはキーン先生のお気に入りの陶板もあるというので、出川館長にキーン先生がお気に入りだった作品を教えていただきました。芦や竹の繁る水辺で鶴が遊ぶ様子を描いた青磁象嵌。「これを東洋のやきものとして、キーン先生はこの陶板を国宝に推薦したいとよくおっしゃっていました」と、出川館長は懐かしそうに微笑みました。

大阪市立東洋陶磁美術館

特別展「黒田泰蔵」の会期/2020年11月21日(土)から2021年7月25日(日)まで
開館時間/9:30~17:00(入館は~16:30 まで)
月曜休館(祝日の場合は翌日、年末年始、展示替え期間)
※緊急事態宣言の期間中、美術館は臨時休館となります。
詳細は、美術館のHPをご確認ください。
公式サイト/https://www.moco.or.jp
※展示室での撮影は可能です。

●特別展「黒田泰蔵」の展覧会図録 5000円(税込)
https://mocosaka.thebase.in/items/37269315

アイキャッチ画像:黒田泰蔵 割台皿 2018 年 白磁 高 17.2cm 幅 24.6cm イセ文化基金所蔵 Photograph by T,MINAMOTO