一生懸命スケッチをしているパリジェンヌ、30分近い説明動画を食い入るように見続けるマダムたち…その眼差の先には日本の浮世絵がありました。
パリ日本文化会館で2020年10月7日より、会期を延長して行われている浮世絵展「Secrets de beauté(美の秘密‐浮世絵に見る江戸時代の化粧と髪型)」は、同じテーマで時期と展示内容を変えて、前後編の二部に分けて開かれています。
「浮世絵展攻略法」を読んで挑む
まず前期展示に行ってみたのですが、正直なところ、浮世絵をきちんと見るのが初めてで、見方がよくわからずに観覧者観察に終始してしまったのです…。フランスの方々が熱心に解説を読んだり、メモを取ったりしている横で、こういうのが気になるのねぇ、と眺めていました。
そこで、後期展示では、きちんと浮世絵に向き合おうと、和樂webの「浮世絵展攻略法」を読んで臨みました。
また、今回はパリ日本文化会館の事務局長 諸橋さんに、展覧会の趣旨の説明と見どころを伺えることになったので、少しハードルが下がりました。そもそも、なぜパリで浮世絵なのか? 日本人の私でも、難しいと感じてしまう世界をなぜフランスで紹介しようと思ったのか? そんな疑問をぶつけてみました。
浮世絵は、日本美術を代表するジャンルとして19世紀後半に、欧州の芸術家や文化人等に知られるようになりました。「ジャポニスム」の動きとも密接に結びついた存在として、フランスにおいて常に人気の高いコンテンツで、展覧会で紹介される機会も多いそうです。日本文化全般を紹介するパリ日本文化会館としては、浮世絵の美術品としての側面だけでなく、風俗資料としての側面を提示し、当時の生活文化についても理解を深めてもらうのが狙い、とのこと。
パリ日本文化会館は、国際交流基金運営の施設で、常に質の高い展示内容で一目置かれた存在です。今はコロナの影響で完全予約制という手間にも関わらず、とても人気の展覧会で、日本文化を深く理解することに意欲的なパリジャン、パリジェンヌたちの熱量を感じました。
江戸時代のメイクカラーはたったの3色
この展覧会は、「白・黒・赤の装い」、「女性の結髪とかんざし」、「身分階級と嫁入り化粧道具」、そして「江戸名所百人美女」という4部構成でした。
展示全体からは、江戸時代の化粧の色であった3色の意味と、身分階級の差による装いの差、という大きく2つの切り口が感じられました。まず、色に関しては、おしろいの白、お歯黒の黒、紅の赤それぞれを、浮世絵と化粧道具で解説。
身分階級による差は、浮世絵、化粧道具に加えて、「結髪雛形」という日本髪を二分の一の大きさで再現したもので、町娘から遊女までの違いを見ることができます。当時の化粧道具と「結髪雛形」、それが描かれた浮世絵を見比べる楽しさがありました。
「江戸時代の日本の化粧文化や当時の女性たちの美意識をフランスの方々に知って頂ければ幸いです」と、諸橋さんはいいます。
前期展示では、三代歌川豊国(さんだいうたがわとよくに)の「江戸名所百人美女」と、楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)の「千代田の大奥」が展示されていました。後期展示は、三代歌川豊国から、一鶯斎国周(いちおうさいくにちか)の「当勢三十二想」に入れ替わり、明治時代に描かれた江戸時代の風景が作品の中心でした。明治時代の浮世絵の特徴としては、顔料の開発が進み、赤や青の色が鮮やかということが挙げられるそう。また、紙面に凹凸をつける技法が施された箇所は、実物の浮世絵をみるときの注目ポイント! というアドバイスも諸橋さんに頂きました。
パリジェンヌはどうみている?
展覧会でまず気になったのが、浮世絵や、化粧道具のスケッチをしている人が何人もいたこと。その中でも、ひときわ熱心に様々な「結髪雛形」をスケッチをしていた、パリジェンヌに声をかけてみました。エマさんという美術の勉強をしている学生さんだそうです。
—この展覧会では何に一番惹かれましたか?
一番、面白いと思ったことは、当時は身分階級や既婚未婚によって、髪型もメイクも異なっていたという点です。もちろん、フランスにも階級は存在しましたが、日本はより細かく感じます。髪型一つ一つに名前が付いていて、意味が込められているのも素敵ですね。
—浮世絵を理解するのは難しいと感じたりしませんか?
特に、難しいと思ったことはないですね。高校の美術の授業でも題材になっていたのですが、画角構成や表現方法が独特で面白いと思います。私は、学校で日本語の授業もとっていたので、そこでの繋がりで今回の展示を知りました。
—古典的な日本文化がお好きなんですね?
日本文化は、古いものに限らず、漫画とかゲームとか、なんでも大好きなんです!
—様々な髪型をスケッチをされていましたが、一番好きなものはどれですか?
春信風島田(はるのぶふうしまだ)です。波が重なり合ったような繊細な流れがあるのに、襟元で反り返っていて、こんな髪型は見たことがないです。重力に反してますよね!
私的お気に入りの作品3つはコレ!
肩の力が抜けたエマさんの「浮世絵は面白い!」という姿を見習い、私もあまり堅苦しく考えずに鑑賞することにしました。そして、「浮世絵展攻略法」に従い、お気に入りの作品を3つを選ぶとしたらどれかを意識。
1つ目、三代歌川豊国の「今川はし」
若い娘が桶で髪の毛を洗っている場面なのですが、フランス語の解説文の中で、足元に米ぬか袋、櫛、手ぬぐいがあることが記されていました。そして、櫛には洗髪用と、髪を結う用があるという違いも。髪を洗う頻度は、ひと月に1、2回程度で、お湯にふのりと小麦粉を溶かして混ぜたものが当時のシャンプーであったと書かれていて、日本人の私でも知らないことばかり! そんな江戸時代の洗髪事情もさることながら、着物の柄の美しさにも目を奪われました。
2つ目、一鶯斎国周の「放してやりた相」
これまたフランス語の解説文で「この幼い女の子は〜」とあり、浮世絵といえば遊女のイメージが強かったので、ちょっと意外で印象に残りました。女の子の髪型である「桃割れ」がフランス語で「pêche fendue(桃割れ)」とあり、そのまま置き換えても伝わるものなのだと興味深かったです。江戸時代の鳥籠も、当時を知ることができて良いですね。
この絵は「当勢三十二想」の一枚なのですが、他にも「いそがし相」「みせた相」など、「○○相」というシリーズです。「(雪が)つもり相」というものもあったり、タイトルに洒落が効いていてニクイ!
3つ目、楊洲周延の「入浴」
団扇を6枚組み合わせた、江戸時代の扇風機です! 動力は手動で、回す人は大変そうですが。
番外編
浮世絵ではないのですが、他に気になったものを2点ほどご紹介。
まずは、当時の眉毛の整え方を説明した絵巻物。上流階級の公家、武家の女性は、ある一定の年齢に達すると眉を剃り、額に丸く書き足す眉化粧を施していたそうです。日本女性は、江戸時代から眉毛の形に気を使い、かつ現代の女性誌のような解説書があったんですね。
2つ目は、江戸後期の手鏡。この鶴のマークは見たことがありませんか…?
この展覧会の協賛企業でもある、日本航空の鶴丸とそっくり! フランスの高級メゾンのロゴも、古典模様などからインスピレーションを受けているものが少なくないのですが、鶴丸の元祖も日本古来の家紋のものだったとは驚きでした。
日本からも楽しめる「Secrets de beauté(美の秘密‐浮世絵に見る江戸時代の化粧と髪型)」展
展覧会が開かれている館内では、2箇所、展示に関する映像が流れていたのですが、諸橋さんによると、みなさん最初から最後までキッチリ30分間みていかれる方が多いとのこと。フランスの方は、作品背景などの細かな説明を好むそうです。幼い頃から学校の授業での美術館見学など、美術に慣れ親しむ機会が多いので楽しみ方を知っているのかな、と感じました。
さて、この展覧会のためにつくられた動画のいくつかは、YouTubeでも見ることができます! 始まりの挨拶はフランス語ですが、本編は日本語にフランス語の字幕がついたものです。
江戸の女性の化粧解説
江戸の女性の化粧解説動画では、当時人気だったおしろいブランドのマーケティングのお話が興味深い!
江戸の女性の髪型解説
江戸の女性の髪型解説動画では、平安のスーパーロングヘアからの変遷がわかります。遊女の飾りだけで6、7kgもあったとか!
展覧会の全体の雰囲気
こちらの動画で、展覧会の全体の雰囲気がわかります。
パリで人気の浮世絵展の解説、日本文化に馴染みのない方にでもわかりやすいようになっています。浮世絵初心者の私でしたが、会場のパリジャン、パリジェンヌのみなさんからは、浮世絵を気軽に楽しむ姿勢を学びました。ちなみに、浮世絵はフランス語では冠詞のL’が頭について「ルキヨエ(L’ukiyoke)」という発音になることも知りました。
延長された展覧会の会期は、2021年7月10日までなので、パリにお住まいの方はぜひ会場のパリ日本文化会館へ!
施設名:パリ日本文化会館 (Maison de la Culture du Japon à Paris)
住所: 101 bis Quai Branly, 75015 Paris
営業時間:
日/月 休館
火-土 11:00-19:00
公式webサイト:https://www.mcjp.fr