ゲームに漫画、それともファッション? きっと誰もが、何かしらのオタクのはず。私だったら『源氏物語』オタクかもしれません。「源氏物語を舞台にしたドラマを作りたいっ!!」「あのイケメン俳優に光源氏を演じてもらって、相手役はこの私……♡」などなど、挙げたらきりがないほどたくさんの夢(妄想)を抱いています。
そんな叶わぬ「オタクの夢」を、夢で終わらせなかった人物がいました。それが紀伊国屋三谷家八代目当主・長三郎(1819~1886年)です。
長三郎はパトロンとして浮世絵への出資を惜しまず、有名な絵師たちに作品を作らせました。そんなオタクの夢満載のコレクションを、日比谷図書文化館の特別展「紀伊国屋三谷家コレクション 浮世絵をうる・つくる・みる」で堪能できます。
特別展「紀伊国屋三谷家コレクション 浮世絵をうる・つくる・みる」
この展覧会では、神田を代表する商家・紀伊国屋三谷家が八代目当主・長三郎の時代に蒐集した作品を中心に展示しています。日比谷図書文化館文化財事務室の学芸員・洲脇朝佳さんにお話を伺いながら、今回の特別展の魅力をたっぷりご紹介します!
パトロン・長三郎と浮世絵制作
浮世絵は絵師(版下絵を描く人)だけでなく、版元(出版社兼印刷会社)、彫師(版木を彫る人)、摺師(紙を摺る人)など、多くの人の手を経て完成します。
そこに財政的な支援をする「パトロン」が加わることもありました。その一人が今回ご紹介する長三郎! 浮世絵づくりに非常に熱心だった長三郎は、下絵の段階から細かく指示を出すなど、積極的に制作に関わっていました。
細部まで美しい、当時の作品がズラリ
特別展の作品を見て思わず聞いてしまいました。「これは複製ですか?」と。「いえいえ、ここにあるのはごく一部を除いて全部本物です!」と洲脇さん。大変失礼いたしました。だって、江戸時代の作品とは思えないほど、どれも色鮮やかで美しいのですから!
なぜこんなにも美しい状態かというと、初摺りに近い作品だからとのこと。浮世絵は版画なので、摺れば摺るほど版木が摩耗し、だんだん絵の細部が荒くなってしまうそうです。出資したパトロンだからこそ、摺りの早い美しい作品を手にすることができたのですね。
また、保存状態が大変よく褪色がほとんど見られないため、江戸時代の作品とは思えない鮮やかさを放っています。例えばこの作品をよ~く見ると、猫のフワフワした毛の質感まで見事に表現されているんです!
この他にも、保存が難しい雲母摺(きらずり、キラキラ光る鉱物「雲母」の粉を使った摺り方)の輝きも堪能できました。写真ではお伝えするのが難しいので、ぜひ実物をご覧になっていただきたいです。
【浮世絵をうる】庶民が求めるものを数百円で販売!
さてここからは、特別展「浮世絵をうる・つくる・みる」のテーマに沿ってご紹介しましょう。まずは「うる」から!
いきなり!江戸っ子気分
入場すると、まず私たちを出迎えてくれるのはこちら!
江戸時代に浮世絵を販売していた「絵草紙屋」を再現したセットです。店内左の斜面台に置いているのが、当時一番の売れ筋だった「役者絵」。これは歌舞伎役者を描いた浮世絵で、今でいうところのブロマイドやポスターのようなもの。
絵草紙屋に飾られているのは、特別展の前後期で実際に展示される浮世絵のレプリカです。「レプリカが飾られた絵草紙屋で当時の雰囲気をお楽しみいただき、浮世絵の実物は展覧会でじっくりご覧ください。どの浮世絵を買おうかな? なんて想像しながら見てまわると面白いですよ」と、洲脇さん。江戸にタイムスリップしたようで、一気に浮世絵が身近に感じられます!
お土産としても大人気だった浮世絵
江戸で大人気だった浮世絵は「東錦絵(あずまにしきえ)」とも呼ばれます。これは、東(江戸)で生まれた、錦織物のように美しい絵という意味。選りすぐりの技術者が集う江戸の浮世絵は、お土産としても人気があったのだそう。美しいのはもちろん、紙なので軽くてコンパクト、その上安価なのが人気の理由。江戸の名所を描いた浮世絵は、まさに現代のポストカードのようですね。
「売れ線」でみんなを楽しませたい!
作品は出資したパトロンだけが楽しめればいい、というものではありません。浮世絵は高尚なアートというより、1枚数百円で手に入る気軽なもの。そのため、大衆を喜ばせる「売れ線」の作品が中心に作られました。どんな作品だったかって? それは次章【浮世絵をつくる】でご紹介しましょう!
【浮世絵をつくる】オタクの夢が詰まった「ドリーム浮世絵」描かせちゃいました!
なぜ私がオタクの夢を叶えられないか? それは資金力がないから(残念!)。しかし、愛も情熱もお金もある紀伊国屋三谷家八代目当主・長三郎は、自分の夢の詰まった浮世絵を描かせることができました。その一端をご覧あれ!
長三郎渾身のシリーズ作
連作って、作る方も買う方もエネルギーと情熱が必要ですよね。浮世絵トップオタク・長三郎ならではの渾身のシリーズ作をチラ見せしましょう!
このシリーズは、長三郎プロデュースのもと1860~1865年にかけて出版された、三代豊国最晩年の作品です。当初120図を超えるシリーズとして構想されていたもので、本展ではその下絵を見ることができます。
これには長三郎本人だけでなく、歌舞伎スターのファンも大喜びしたこと間違いなし! 完成品は高価な厚手の紙に手間のかかる技術を用いて描かれており、採算度外視の作品だったそうですよ。
細かい修正も長三郎自ら!
長三郎の熱意を感じ取ることができるのが、指示が書き込まれた下絵の数々。こちらは絵師の書いた下絵に、修正の指示が書き込まれた紙片が貼り付けられたものです。
①は、天使の絵の上に紙が貼られています。絵師が気を利かせて(?)当時目新しかった外国のモチーフ、天使を描いてみたところ、あえなくボツになった様子。
②は、武士の衣服を旅行着に変更するよう細かい指示が出ています。
他にもさまざまな修正が書き込まれた下絵が残っており、長三郎の浮世絵オタクとしての熱意がひしひしと伝わってきます。
【浮世絵をみる】子どもから大人まで楽しめる、それが浮世絵だ!
今の漫画やアニメのように、大衆を沸かせた浮世絵。子どもから大人まで「みて」楽しんでいたことがわかります。
夢の妄想配役
人気漫画や小説が、テレビドラマ化されることがありますよね。作品のキャラクターに、俳優、女優、アイドル、芸人など、実在の人物がキャスティングされるドキドキと言ったら……!!
そんなドキドキを、江戸っ子たちも楽しんでいました。こちらは江戸時代に大ヒットした『南総里見八犬伝』の登場人物に、歌舞伎俳優をキャスティングした「妄想ドリーム浮世絵」です。
「キャーッ!! あのキャラにあの役者!? 最高! この浮世絵全部買いますっっ!!」
そんな江戸の女性たちの悲鳴が聞こえてきそうな作品! よく見るとタイトルや衣装にかわいいワンちゃんがあしらわれているなど、遊び心が満載です。
いつの時代も武将は大人気!
浮世絵の人気ジャンルのひとつ、武将を描いた「武者絵(むしゃえ)」。歴史上の猛者たちは、大人も子どもも夢中になるヒーローでした。中でも、本展では源義経を描いた作品が複数見られます。
義経人気は江戸時代から健在だったのですね。ちなみに2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、菅田将暉さんが義経を演じます。
ファッション誌の役割も
浮世絵は、最新の流行やファッションなど、さまざまなおしゃれ情報を伝えるメディアでもありました。
こちらの作品は明治に作られたものですが、舞台としている文化・文政期のおしゃれをしっかりおさえて描かれています。
ヘアスタイルの指南書、つまりヘアカタログも販売されており、女性たちが浮世絵からファッションを学んでいたことがわかります。
超絶技巧を堪能せよ!
浮世絵制作はどの工程も大変細かく根気のいる作業ですが、とりわけ技術を要するのが彫師です。例えばこの作品、木の板を細~く削って、髪の流れを再現しています。
次第に浮世絵に彫師の名前が入るようになり、一種のブランド化していったのだとか。
「ウッヒャ~!! この細かい彫、たまらんっ!!」なんて思いながら超絶技巧を堪能していたのでしょうか。うん、私はこの彫を見ながらお酒を飲みたい!
子どもも楽しめる浮世絵
浮世絵には「おもちゃ絵」と言って、小さな子どもが楽しめるものもありました。
知育を目的にしたものから、道徳心を芽生えさせるための教材も売られていたそうです。今も昔も「楽しみながら学んでほしい」という親心は変わらないのですね。
浮世絵体験もできる特別展
今回の特別展では、浮世絵を摺る体験コーナーも設けられています。全部で4色ですが、ぴったり合わせて摺るのが意外と難しい!
江戸っ子になってワクワクしながら浮世絵を選んだり、パトロン気分で下絵を眺めたり、最後には摺師になってみたり……! 特別展「紀伊国屋三谷家コレクション 浮世絵をうる・つくる・みる」には、浮世絵制作の全てがぎゅっと詰まっていました。究極のオタク・長三郎の情熱が、時を超えて燃え上がっている、そんな特別展です。
展覧会情報
特別展「紀伊国屋三谷家コレクション 浮世絵をうる・つくる・みる」
会期:2021年7月17日(土曜日)~9月19日(日曜日)
※前後期で出品作を全点展示替え
前期 7月17日(土曜日)~8月15日(日曜日)
後期 8月18日(水曜日)~9月19日(日曜日)
会場:千代田区立日比谷図書文化館 1階 特別展示室
観覧料:一般300円、大学・高校生200円(千代田区民・中学生以下、障害者手帳などをお持ちの方および付き添いの方1名は無料)※ 住所が確認できるもの、学生証、障害者手帳などをお持ちください。
▼詳しくは公式サイトをご確認ください
特別展紀伊国屋三谷家コレクション 浮世絵をうる・つくる・みる