大正から昭和初期を代表する日本画家、速水御舟(はやみ・ぎょしゅう)の『名樹散椿(めいじゅちりつばき)』といえば、多くの日本画を収蔵することで知られる山種美術館の重要なコレクションの一つ。大きな椿の木がまるで歌舞伎の見得を切ろうとでもしているかのような大胆な構図は、一度見ると忘れられないインパクトを放っています。同館の「速水御舟と吉田善彦―師弟による超絶技巧の競演―」展を訪れたつあおとまいこの二人は、改めてこの名画に見入り、そして金の背景にその魅力の秘密を探り始めました。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
「漆黒」のような金とは?
つあお:速水御舟の『名樹散椿(めいじゅちりつばき)』は、なかなか妖艶な作品ですね。
まいこ:1本の椿の樹上で赤と白の花が咲き乱れてますもんね!
つあお:たわくし(=「私」を意味するつあお語)は、椿の木の枝ぶりが何か現実離れした世界を感じさせるように思うのです。
まいこ:妖怪みたいな感じですか?
つあお:そう、襲いかかってきそうな感じがする…。
まいこ:妖艶な中に、そういった凄みもあるんですね!
つあお:そしてね、この絵の特徴として、すごくねっとりした感じがするんです。
まいこ:ほぉ。「ねっとり」というのは湿度を感じるということですか?
つあお:「湿度を感じる」かぁ。そうかもしれない。つまりは、液体性を見出したってことかな。
まいこ:全体的な色合いや質感が発してるのですかねぇ?
つあお:画面全体が“濃ゆい”っていう感じかな!
まいこ:そう言われると、背景の金も濃密に感じられますね!
つあお:そうなんですよ! 伝統的な屏風などに多い金箔や普通の金泥の背景とはちょっと違った主張がある。
まいこ:確かに、ムラが全然ないし、金色なのに漆黒に通じるような深さがあるかも!
つあお:それでね、御舟はどうやら、すごく金の使い方にこだわったらしい。
まいこ:というと?
つあお:まず、金砂子(きんすなご)という金箔の粉を上から撒(ま)いて画面を埋めていくんですが、それを何度も繰り返す。つまり、どんどん撒いて、どんどん重ねて埋めていく。「撒きつぶし」という技法だそうです。
まいこ:へぇ! 手間暇がかかる上に、使う金(きん)の量が半端なさそう! 今、金の価格が1g7000円前後と空前の高騰を見せているので、思わず換算したくなります(笑)。
つあお:体力も使いそうですよね。でもだからこそ、ここまで濃密で精緻な金の表現ができたんだと思いますよ!
まいこ:見た目は、金箔による箔押しとはどう違うんでしょう?
つあお:会場に金の背景のサンプルがありますね。金箔による箔押しと金泥と金砂子の撒きつぶしの3種類を同じ構図で試した例が並べられていてわかりやすい。山種さんは親切だなぁ(笑)。
まいこ:違いがとてもよく分かりますね! 普通に金箔を貼ったものには輝きがある。
つあお:金泥には「塗った感」があってそれも味わいになっている。金砂子の撒きつぶしはやはりねっとりしている!
まいこ:密度も空気感も全然違う! 画家は、同じ金でも自分の表現したい感覚にしっくりくる表現方法を常に模索しているのですね。
猫とうさぎの対称性
つあお:金箔のほうは、もう一つの名コレクション『翠苔緑芝(すいたいりょくし)』で使っています。
まいこ:黒猫!
つあお:いいですよね、黒猫って!
まいこ:猫好きのつあおさんにはたまらなそう!
つあお:ふふふ。金の画面の中でも映えるなぁ。
まいこ:ホントですね! それで、こちらの屏風では金はどう使われているのですか?
つあお:よく見ると、四角い金箔の跡が分かるんじゃないかと思います。そのためか、『名樹散椿』とは空気感がずいぶん違う。
まいこ:確かに!
つあお:そう、こちらの作品は全体的にねっとりしていなくて、どちらかというとクールな感じがします。
まいこ:そうですね! 軽やかで、まるで自分の家の庭を見てるような感じもする!
つあお:構図がすごく工夫されていて、幾何学性を感じる。
まいこ:本当だ! 二つの屏風が一組になっている作品で、片方に猫がいてもう片方にうさぎがいる。そこにも「対称性」がある!
つあお:幾何学的な画面の中にワンポイントで猫がいるのが、とっても効いてます!
まいこ:また出た! 猫好きのつあおさん推し!
つあお:へへへ。
まいこ:黒猫っていうのがまたいいですよね。白いうさぎと色という点でも対になっている。この黒猫はミュージアムグッズでも大人気らしいですね!
つあお:はい、たわくしも、この黒猫があしらわれた傘とハンカチを持っていますよん。
まいこ:うわぁ、二つも持っているとは! さすがです!
つあお:ふふふ。
金箔削って幻想風景
つあお:速水御舟には吉田善彦という弟子がいて、やはり金の使い方に特徴があるらしいんですよ。
まいこ:へぇ! 興味深い!
つあお:金箔を独自のやり方でほとんど削ってしまう「吉田様式」と言う技法を編み出したそうです!
まいこ:えーっ! 今度は削るんですか。確かにオリジナリティが高そう。この作品がそうなんですね。
つあお:どう思われますか?
まいこ:全体にほのかな金のベールがかかっているみたいで、幻想的ですね!
つあお:夢のような世界を茫洋と描き出しているのが、吉田の技法の特徴なのではないかと思います。
まいこ:ちょっと近づいて観察してみたい。
つあお:間近で見ると、ちょっと金の筋が見えてくる。
まいこ:本当だ! ススッと無数の線が入ってる。
つあお:そもそもこの技法では、絵を描いた後で一度紙をくしゃくしゃにするそうで、そこからしてかなり画期的です。
まいこ:驚きー! なんか絵がもったいない感じがします。
つあお:でも、もう一度紙を伸ばして上から金箔を貼ったりするから大丈夫なんです。
まいこ:へ〜。絵は見えなくならないんですかね。
つあお:その後金箔をどんどん削っていって残ったのがあの細かな筋なのだそうです。だから彫刻的とも言える。
まいこ:そうか〜。もともとの金箔もものすごく薄いから透けて見えるし。だからあの世界ができるのですね!
つあお:それで、あの異次元の世界のような風景が浮かび上がってくるのだとすると、すごいなぁと思います。
まいこ:先ほど見た速水御舟の濃密な金とは対極にあるような金ですね!
つあお:日本では伝統的な絵画や仏像で金が多用されてきたけど、近代に入って出てきた速水御舟や吉田善彦の表現法にこれだけヴァリエーションがあるというのは、なかなか素晴らしいことだと思います。
まいこセレクト
この名高い炎の絵は図録などで何度も見てはいたのですが、実物を初めて見たのはわりと最近。どんな風に見えるのかなとドキドキしていたのですが、照明を落とした暗い展示室の中でパチパチと音を立てて燃えているような炎そのもののまぶしさに意表を突かれました。現代の若者が見たら、瞬時に映像やデジタルだと思うのではないかしら? これを、1925年に墨や岩絵の具で描きあげたなんて、神業! 以前テレビ東京の『新美の巨人たち』で見た忘れらないエピソードとして、「軽井沢に籠り、毎日たき火を眺めては表現方法を模索していた御舟の絵が大体できたころ、2階の窓に立てかけられていたこの絵が火事の炎と間違えられて騒動になった」というのがあります。この絵を目の前にたたずむと、納得の逸話!
そして、もうひとつ「推し」なのが、この絵をモティーフにした山種美術館オリジナルの和菓子です。展示期間中、館内1階の『Cafe 椿』でいただくことができます。この炎の表現と黒い敷紙(しきがみ)に表現された「蛾(が)」が絶妙ですよね。老舗菓匠「菊家」とのコラボレーションなので、味も抜群!
▼『Cafe 椿』の和菓子についての記事はこちら▼
味わって日本画を楽しむ!山種美術館「Cafe椿」の和菓子はこうして生まれる
つあおセレクト
関東大震災という悲惨な現実を経験した日本画家の風景画として、極めて興味深い。御舟が亡くなるまでどこにも発表されず、画室にあったという。瓦礫も残った家々も美しく描かれる中で、空の灰色が画家の心を表しているように見える。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
金色に塗られた仏像や金屏風はもとより金閣寺や秀吉の黄金の茶室にいたるまで、金(きん)は日本の歴史の中でもさまざまな文化財、ひいては文化をつくる大きな要素として機能してきました。しかし、極めるのは意外と難しいものです。とことん金と向き合った速水御舟に敬意を表しつつ、Gyoemon仕様の金を表した結果、空までが金に満ちた世界が現出しました。
展覧会基本情報
展覧会名:【開館55周年記念特別展】速水御舟と吉田善彦 ―師弟による超絶技巧の競演―
会場:山種美術館(東京・恵比寿)
会期:2021年9月9日(木)~11月7日(日)
休館日:月曜日
公式ウェブサイト:https://www.yamatane-museum.jp/exh/2021/gyoshu.html