2008年に平木浮世絵美術館で「にゃんとも猫だらけ」展が開催されて以来、猫の浮世絵をとり上げる主要な美術展が8件も開催されました。何しろ、浮世絵に登場するあらゆる動物の中でも、ペットとして最も描かれたのが猫だという事ですので、その人気ぶりがうかがわれます。そして飼い猫の多くは女性の日常をとらえた作品に姿を現すとのこと。特に、美人画に登場する猫たちが大活躍。
いろいろ見ているうちに気がついたのは、猫と戯れている浮世絵美人は、女性らしさがより一層引き立てられていることです。猫がいるからこそ自然にできた仕草や、顔の角度や表情がなんとも色っぽいのです。猫はそのようなファッションアイテムとしても活躍したのでは?そのような切り口から、太田記念美術館の「江戸にゃんこ浮世絵ネコづくし」展で鑑賞した作品を読み解いていきます。
猫の手を借りて足のチラ見せ
カラフルな着物を着た娘が、縁側で猫の前足を持ち上げ、人間のように後ろ足で歩かせようとしています。「美人合 春曙」と題されたシリーズの一図で、歌川国貞の作品です。
ここで注目したいのは、めくれた着物の隙間から見える娘の足。太もものあたりまで白い足が大胆に見えています。日常の風景で、自然に足がここまで見えるポーズを作るのは難しそうですが、猫の手を取って、このように歩かせているのであれば、さりげなく見せられます。若い娘ならではの、微笑ましくもコケティッシュな色気を感じました。
猫を抱き上げて腕のチラ見せ
大きな鏡餅が見えるお正月らしい場面で、女性が猫を仰向けに抱き上げて「高い高い」しています。その瞬間にすっとあらわれる、白い前腕がさりげなく色っぽい。
猫を高く掲げて目線を合わせると、自然と後ろにのけぞるので、女性ならではの美しい反りのポーズがキマります。猫と戯れるおちゃめさと、女性らしい曲線美を自然体で表現した歌川国芳お見事。
猫と遊んで胸チラり
隅田川での川遊び中、大ぶりの蟹があしらわれた浴衣姿の粋な女性が、紐で猫をじゃらしています。
あまりにも夢中になりすぎたからか、浴衣がはだけてきて胸がチラリ!色っぽいですね〜。でも、じゃれついている猫も楽しそうだし、あざとく色気を演出しているように感じさせないところが洗練されています。
猫のようにあやされたい!?
若い娘が鏡に向かって、猫に踊りを踊らせている様子です。鏡に映った女性の様々な表情を描く歌川国芳のシリーズで、十図が確認されています。猫のオレンジ色のまだら模様が、娘の着物のオレンジ色と調和して、動きのあるファッションとして娘を引き立てています。
半開きの赤い唇で微笑むピチピチした娘。優しく手を握られた猫も、まんざらではなさそうです。猫の顔はちょっと人間のおじさんみたいで愛嬌があり、「にゃー」とノリノリで手足を動かしているようにも見えます。中には、猫に自己同化して、こんなふうにあやされたいと想像を膨らませたりする方もいるかもしれませんね。
猫の毛を梳かす優美な手
櫛で三毛猫の毛の手入れをする若い娘が描かれています。青が基調で赤い線がアクセントとなっている華やかな着物に、ふわっと包まれている女性。その曲線に猫がしなやかに寄り添っています。白・黒・オレンジの三毛猫の模様が青い着物に華をそえ、毛皮のようにゴージャスなファッションアイテムにも見えます。
斜め下に顔を傾けて、櫛で猫の毛を整える女性の手がなんともいえず優美。
悪ふざけしても許してもらえそう?!
抱きついてくる大きな飼い猫のざらついた舌で舐められて痛いので、身をそらしている女性が描かれています。「おお痛い」と言いながらも、穏やかな微笑みは崩さず、斜め横顔の鼻筋も美しい女性。爪を立ててしがみつく猫のおかげで、広く開いた襟元からのぞく首筋からも色香がただよいます。
ちょっとやんちゃなことをしても、優しく受け入れてくれる美人といった印象。猫がくっついていることで、彼女の魅力が最大限に引き出されている感じがします。お手柄だにゃ。
浮世絵美人と猫の共演いかがでしたでしょうか? 江戸時代の人気小説『朧月猫の草子』に「日本国中に江戸ほど猫の多きはなし」と書かれたほど、人々は猫とともに日常生活を送っていたようです。絵師たちは、街中で目にする光景から、猫と遊ぶ女性が絵になることを実感していたのでしょうか。遊女と飼い猫の結びつきも強く、猫を溺愛した遊女、薄雲が広く知られています。本当に猫が好きだったのだと思いますが、「女性らしい」「色っぽい」といったコンセプトにぴったりだということに気がついていた女性も少なくなかったのかもしれません。
浮世絵美人と猫との関係について、今展を担当された太田記念美術館主任学芸員の赤木美智さんからも一言いただきました。
女性と猫とを題材とした作品は非常に多く、浮世絵の歴史を通して描き続けられたのではないかと思うほどです。猫に向けられた女性の多彩な表情や仕草は魅力的ですから、人気のテーマだったのでしょう。また当時の女性たちが猫に愛情を注ぎ、慈しむ気持ちは現代人も共感できるところではないでしょうか。ながらく私たち日本人と暮らしをともにしてきた猫は、江戸の人々と私たちを結びつけてくれる存在とも言えるのかもしれません。
江戸時代から数百年を経た現代も絶大な人気を誇る猫。飼ってなくても遭遇することの多い彼らですので、見かけたら、浮世絵で見た微笑ましいシーンを思い出して、ニンマリしてみるのも良いかもしれません。筆者も最近、路上で出会う猫に「元気?」と話しかけるようになりました。
【展覧会基本情報】
タイトル:江戸にゃんこ浮世絵ネコづくし
会期 2023年4月1日~5月28日
前期 4月1日(土)~4月25日(火)
後期 4月29日(土・祝)~5月28日(日)※前後期で全点展示替え
会場 太田記念美術館
住所 東京都渋谷区神宮前1-10-10
開館時間 10:30~17:30 ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月4/26-4/28(展示替えのため)
観覧料 一般1200円/大高生800円/中学生以下無料
URL http://www.ukiyoe-ota-muse.jp
【参考文献】図録「江戸にゃんこ浮世絵ネコづくし」