本展の真打ち登場!マネの最高傑作が登場
そしていよいよ展覧会が後半の山場にさしかかってきたところで、お待ちかねのマネの最高傑作が登場。ドガのバレリーナ、ルノワールの桟敷席の女性を前座に、コートールド美術館の看板娘とご対面です。サミュエル・コートールドは数々の所蔵品の中でも、とりわけこの作品を愛蔵したそうで、展覧会には画商から本作を購入した時の領収証も資料として展示されています。
さて絵を見てみましょう。本作で描かれているのは、1869年に開業したパリで初めてのミュージックホール『フォリー=ベルジェール』のバーカウンターの情景。バーメイドのバックは全面的に鏡張りとなっており、バーメイドの後ろに無数に描かれた着飾った観客たちは、バーメイドの前方座っているのです。同じく右後方に初老の男性が立っていることから、バーメイドは現在この男性に接客中なのでしょうか。複雑な構図ですよね。
そして肝心のバーメイドの表情がまた読み取りにいのも心憎い。フェルメールの名画のように、表情をどう読み取るかで多義的な解釈ができそうです。仕事で疲れ気味なのか、心配事があるのか、目の前の男性に口説かれているのか(という説もあるらしい)どことなくアンニュイな表情を浮かべながら正面を向いているバーメイドの表情にはぐっと引き込まれるものがあります。
また、視覚的なスマートさや構図の安定感を優先して描かれたからなのか、よく見たらバーメイドの腕が不自然に長く、鏡に映ったバーメイドと向かい合っている老人客の鏡像の位置が不自然なほど右に大きくズレていることにも気付かされます。リアルな都市風俗の一場面を切り取りながらも、絵画ならではの「嘘」も織り交ぜられた構図も本作のミステリアスな一面だと思います。
面白いのは、画面下方に置かれたガラスの器に山のように入れられたオレンジやシャンパン、ロゼワインなどのお酒。「名画は一部分を切り取っても名画として成立する」とは良く言われますが、試しに右下の部分を切り取ってみると、ここだけでも立派な静物画として成り立っていることに気が付きます。本作に先立つ1860年代、静物画の技を徹底的に磨いたマネの真骨頂が現れていますよね。
また、画面後方の光は、当時まだ珍しかった電灯によるものです。夜であるにも関わらず、室内が非常に明るいのはろうそくやガス灯に替わるアーク灯のお陰なのですね。100年前からパリはすでに「眠らない街」だったわけです。
ベラスケスなど伝統的な古典絵画に準拠してサロンでの入選にこだわりつつ、鏡像を活用した機智に富んだ構図、時空間を大きく歪ませた虚像で伝統を破壊したマネの真骨頂。大きな解説パネルも用意されていますので、ぜひじっくり堪能してみてくださいね。