再開業準備室の面々は、現場プレハブで職人たちの仕事を胸に刻んでいた
藤崎さんは2011年に東京ステーションホテル再開業準備室の室長に。「再開業以前、確かにこのホテルの存在感は大きくありませんでした。しかし、東京の中心、ロケーションとしては最高の場所にある。なんとしても光り輝くホテルにしたいという気持ちでいっぱいでした」
ふつう、ホテルの開業準備室は近隣のビルに入るそうだが、このときは意外な場所が選ばれている。「私たちは工事現場のプレハブの中にいました。工事をしている職人の方々と苦楽を共にしたいと思って。工事の音を聞きながら、共にホコリにまみれました」。それはまさに、「輝くホテルに!」という氏の強い信念と、辰野を筆頭に東京駅、東京ステーションホテルに関わってきた人たちへの敬意を表して、のことである。
「辰野先生も、建物の価値はそこに関わった人々の思いと努力の量に匹敵するとおっしゃっています。先人からバトンを受ける私たちは歴史を正しく理解すると同時に、保存と復原に携わる方々の想い、工事の困難や努力を理解せずには次の100年へとバトンを渡すことはできません」。再開業準備室では発足後真っ先にミッションステートメントについて話し合った。「この先の100年も、東京の中心で輝き続け語り継がれるホテルであろう。先人達の積み重ねと、このヘリテージに感謝して」。この思いは変わらずに、東京ステーションホテルの目指すべき「北極星(=指針)」となっている。
工事には全国から腕利きの職人が集まり、その数は延べ78万人にも。「2012年になってからは1日2000名弱の方が毎日現場に入りました。まあ、職人の方々はエキサイトしていましたね(笑)。図面が残っていなかったので、元あるものをはがして、掘り進めて、なんだこれは?という。進みながら、考えて、決断する、の繰り返しだったのですから」。厳しい現場に途中で投げ出した人も少なからずいたそうだ。
「嘘のような話ですが、ある棟梁は何度やってもうまくいかず諦めかけたとき、壁に手を当てると声が聞こえたそうです。100年前の大工の声で、お前にできるか?と。それで絶対に突破するんだという強い気持ちをもって現場に入っていった。『この先100年後の職人に、100年前の大工はこんな仕事を残したじゃないかと言われたい』ともおっしゃいました。私たちは毎日、その姿を間近に見ていたのです」
レンガ造の洋風建築に込められた日本人のスピリッツとは?
保存・復原された建物の見どころは多い。ここではそのいくつかを紹介しよう。まずは外壁。建物のそばに寄ってよく見ると、復原された3階と保存部分の1~2階の微妙な色の違いに気付くだろう。復原した化粧レンガは創建時のものと表面の肌合い、色が違和感なく調和するように再現された。さらに目を凝らすと注目のポイントがある。それが、構造レンガの外側に貼られた化粧レンガの間を埋める白い継ぎ目の部分である目地。ここが職人による腕の見せどころ、だ。
「一般的な施工では目地は凹んでいますが、駅舎外壁の目地はかまぼこ型にふくらんでいます。これを覆輪(ふくりん)目地といいます。ただ、100年もの間、補修せずにおかれたので、再現するための鏝(コテ)が現代にはありませんでした」。また、縦目地と横目地が重なる部分は「かえる股」という特殊な技法が用いられているが、これも難しい技術で習得に時間を要した。職人たちは道具をつくることからはじめて、目の前にある現物を見ながら試行錯誤を繰り返し、ようやく完成させた。
もうひとつは復原されたドームの内側。モールディングやメダリオンなどの装飾が施され、見た目は洋風に違いないが、そこには鷲や鳳凰が舞い、干支が八方に施され、豊臣秀吉の兜を模したキーストーンがある。三種の神器を想起させる鏡と剣のレリーフも。つまり、極めて日本的な要素で飾られているのだ。「まさに日本人のスピリッツ。西洋に追いつけ!という明治のニッポンが夢を見た時代の気概、日本人のプライドが散りばめられているのです」と藤崎総支配人。
また、鮮やかなイエローが再現されたドームだが、画像記録は白黒写真しかなかったというから苦労がしのばれる。文献を探すと当時の工事日記に「漆喰塗りで黄卵色」の記述が発見されて、他の部分はそこから色を類推、反転させた白黒写真と見比べながら慎重に再現したそうだ。
「復原のプロセスに加えて、多くの人の想いの集大成であるからこそ、日本人の誇りや郷愁など、さまざまなものが建物を見る人の胸に去来するのだと思います。現代の技術と工法がある意味、100年前の技術に挑んだ。挑むたびに、コンピューターがない時代にどうしてこれができたんだ? この堅牢な建物がなぜ建てられたんだ?という事実を突きつけられた。そこでわかったのは『人のチカラは偉大だ』という非常にシンプルなもの。単に覆輪目地がどうこうだけでなく、工事に掛けた人々や想いや情熱こそ感じていただきたいですね」
茶道にも通じるおもてなしとオーセンティシティ
ホテル内装も再開業に合わせて一新。デザインはイギリスのリッチモンドインターナショナルが手掛ける。外観はクラシックであっても、インテリアにはモダンコンテンポラリーを選択するホテルが多いなかで、素材や形、色……すべてにおいて「オーセンティシティ(本物)」を追求し、建物にふさわしいヨーロピアンクラシックを貫いた。おもてなしというと「振る舞い」ばかりが取り上げられるが、東京ステーションホテルでは「装い、設え、振る舞い」という茶道に通じる精神をおもてなしの心とする。だから、スタッフのユニフォームにも、ロビーに置かれるソファにもストーリーが宿る。
滞在するゲストはチェックイン後のスタッフによる客室へのエスコートの際などに、ホテルや東京駅の歴史を聞くことができる。2018年からはスタッフが館内ツアーの実力を競う「TSH Hotel Tour選手権」を実施していて、それぞれが研鑽に励んでいる。総支配人も審査員となって採点をする。「入賞者はホテルや東京駅の歴史に対してきちんとした理解のある有段者=黒帯というわけです。知識だけではなくて、理解。あえて言えば、愛情があるかどうかが審査のポイントです」
確かに、館内を案内いただいた広報の濱純子さんをはじめ、スタッフのみなさんの言葉は温かく、「このホテルが好き!」という愛がにじみ出ていた。記事に載せられなかったストーリーは、まだまだたくさんある。ぜひ、ホテルで直接スタッフに尋ねてみて欲しい。笑顔で答えてくれるはずだ。
参考文献:河上眞里、清水重敦『辰野金吾』ミネルヴァ書房、大塚菜生『東京駅をつくった男』くもん出版
東京ステーションホテル基本情報
ホテル名:東京ステーションホテル
住所:東京都千代田区丸の内1―9―1
公式webサイト https://www.tokyostationhotel.jp/
クラシックホテルに興味がある方におススメの展覧会
「クラシックホテル展 -開かれ進化する伝統とその先-」
会期:2020年2月8日(土)~ 5月31日(日)
会場:建築倉庫ミュージアム 展示室A(東京都品川区)
展覧会公式サイト https://archi-depot.com/exhibition/classic-hotel
※オンラインチケット制