発売前から話題となっていた、小学館発の大型刀剣作品集『名刀大全』が、ついに発売されました。
B4サイズで本体価格35,000円という、大きさも金額も近年ではまれに見る破格の刀剣本ながら、発売前に重版が決定するという驚きの事態に。
発売前に和樂webでも紹介させていただききましたが、完成した『名刀大全』ももちろんご紹介いたします。
刀剣に興味を持ち始めて数年足らずの筆者目線で見た『名刀大全』を、少し長めにレビューします。
そもそも名刀とは?
『名刀大全』の監修をつとめるのは、佐野美術館の渡邉妙子理事長とふくやま美術館の原田一敏館長のお二人。いずれも刀剣研究者から信頼されている方々です。本書で渡邉さんが「名刀とは何か」を5つ上げています。
- 各時代の最高の技量の名工作中の傑作であること
- 鍛造(たんぞう)された当時の姿、刃文(はもん)、地鉄(じがね)などがほとんど当初の状態で後世に大きく変更されてないこと
- 研磨技術は時代により変遷しているが、可能なかぎり伝統的研磨と拭(ぬぐ)いがされていること
- 有名な歴史上の人物の所縁(ゆかり)や歴史資料の裏付けがあること
- 高い品格を備えていること
『名刀大全』には、この5つの観点から選んだ200口が掲載されています。もちろんこの本に載っていないから名刀ではないというわけではありません。様々な事情で掲載の叶わなかった名刀もあるだろうし、泣く泣く掲載を諦めた名刀もあることでしょう。
まずは外観をチェック
本の中身を見る前に、まずは外観を。刀の鑑賞はまず姿から、と言いますから。
書籍は図版編と解説編の2冊組です。まとめて収納できる函入り仕様になっています。函に入れたまま飾っても様になるようなデザインになっており、読みたい時にすぐに手に取れるように飾っておくのも良さそうです。シルバーと黒の2色だけの無機質な感じがカッコいいです。
そして本を並べると、その重厚さに圧倒されます。特に手製本による図版編は、大きさと厚みを見ただけで、作品集としての期待度が増してきます。
図版編
時代と産地別に掲載
まずは図版編からページをめくります。2枚の見返しの後に、刀剣の鉄の色とは正反対の色彩豊かなデザインが飛び込んできます。その中に「名刀大全」の文字が厳かに佇んでいて、格式の高さをうかがえます。
掲載は上古刀、続いて古刀を産地ごとに、最後に新刀と新々刀の順になっています。たとえば《刀 銘 濃州関住兼㝎作〔号 歌仙兼定〕》(かたな めい のうしゅうせきじゅうかねさださく ごう かせんかねさだ)を探す場合は、古刀であり、美濃で作られたということを知っておかなければなりません。
刀剣を学び始めた人にとっては、ここでお目当ての刀剣を探すのにつまずくかもしれませんが、これが刀剣学習のスタートと思うと良いかもしれません。
じっくり眺めたくなる写真の数々
さていよいよ図版編の本編を拝見します。ここからは小学館文化事業局文化事業室・髙橋建編集長にお伺いした話も交えてご紹介します。
刀剣の写真ページに掲載されている文字情報はわずかです。刀剣の銘、号、産地、時代、刃長、所蔵先のみに絞られています。詳しい説明は解説編に収録されているので、図版編では文字は控えめ。とにかく刀剣の姿をじっくりと鑑賞できます。
そして写真のクオリティが高い。美術書制作の場合、掲載する写真は所蔵先から借りることがほとんどですが、今回は撮り下ろしも多くあります。髙橋編集長によると、今回この本のために撮り下ろした写真は、国宝6口を含めて全体のおよそ1割。
〈いかに刀剣を見せるか〉ということを重視し、撮影は刀剣撮影専門のカメラマンに依頼し、展示品としてというよりも実際に手に持って見た時の姿に近くなるように撮影をしたそうです。刀剣は微妙に複雑な立体物で、しかも長いため、ライティングの調整が難しく、一口撮影するのに大体3時間くらいかかったそう。渾身の一枚が掲載されているのですね。
門外不出などの理由から撮り下ろしのできない刀剣については、少しでも写りの良い既存の写真が掲載されています。しかし、中にはどうしても良い写真が見つからなかったようで、ごく稀に再現性が必ずしも満足できない刀剣もあります。名刀大全公式Twitterでも「忸怩たる思い」と残しています。
写真の迫力がすごい
ほとんどの刀剣はB4サイズ見開きで見ることができます。B4サイズは横幅36.4cm。その倍、72.8cmという横幅を使って刀剣の姿を掲載しているのです。今まで見てきた図録や本では、ここまでの大きさで掲載されたものは少なかったのではないでしょうか。
そして最大の見どころと言っても良い、原寸写真。太刀7口、刀3口、脇差1口、短刀2口、合計13口の名刀が原寸で掲載されており、このうち10口が片観音ページ(B4サイズ3ページ分)で掲載されています。
《太刀 銘 備前國包平作〔名物 大包平〕》(たち めい びぜんのくにかねひらさく めいぶつ おおかねひら)は刃長も長く、茎(なかご)がはみ出てしまっています。片観音ページでも納まりきらない〔大包平〕の迫力を、ぜひ目にしていただきたいです。
図版編最後のページには「古刀刀工チャート」があり、各流派の刀工が年代順に並んでいるチャートが掲載されています。個人的に作成している人もいるのではないでしょうか。
筆者は「自分で作る前にこれがあったら良かったのに!」と、けっこう本気で思いました。
解説編
論考で日本刀の歴史について知る
図版編とは逆に、解説編では日本刀についての研究内容がびっしりと書き込まれています。論考では刀剣学習のために押さえるべきことや、参考にしたい書籍のことが掲載されています。
様々な刀剣研究の本が出版されていますが、この解説編だけあれば良いのではないだろうか、と思えるほどです。
それもそのはずで、髙橋編集長が『名刀大全』を企画したきっかけのひとつに、新しい刀剣ファンの「刀剣を知ろう」とする意欲の高さにあったそうです。
2018年に京都国立博物館で開催された「京のかたな」展で、熱心に日本刀を見つめるファンたちを目にした髙橋編集長。日本刀を知ろうとする学習意欲と、日本刀に向き合う真摯な姿勢に感銘を受けたそうです。
従来の刀剣関連の本の中には、出典先が不明の情報が混じっているものも見受けられます。
新しいファンのためにも、小学館だからこそ出せる名刀の本を作りたい、という熱意溢れるおはなしを聞かせていただきました。
長年にわたり刀剣研究にいそしんできたベテランによる刀剣解説
解説の執筆は全員、長年にわたる刀剣研究のキャリアのある方たち。日本刀を知ろうとする人たちに、確かな情報を伝えたいという思いが、これだけでも伝わってきます。
作品解説は71ページにわたり、膨大な文字数で一口一口詳細に刀剣解説がされています。おそらく今まで読んできた図録や書籍よりも情報量が多いのではないでしょうか。
解説では刀身についてや、その刀剣の持つ由緒についてなどに触れています。由緒についてはすべて裏付けとなる歴史資料に基づいて書かれています。
また、その名刀が過去にどういう所有者を辿ってきたのかが、解説本文ではなく、項目としてまとまっています。
例えば《太刀 銘 長光〔名物 津田遠江長光〕》(たち めい ながみつ めいぶつ つだとおとうみながみつ)を見ると、織田信長から明智光秀、その後数々の所有者を経て尾張徳川家に行き着いたことまでが、ひと目で分かるようになっています。
気になる刀剣があった場合、その刀剣を誰が手にしたのか調べることも多いかと思います。そんな場面で特に有用なのではないでしょうか。
「“小板目がよく詰んで”ってどういう状態?」が分かる
刀剣の解説を読んでいると“帽子の返りが浅い”、“鎬(しのぎ)が高い”などと書いてあったりします。刀剣鑑賞を始めて間もなくだと、これがいったい何を意味しているのか、まったく理解できません。
巻末の資料では画像と用語解説で、この難解な解説がどういった状態かを教えてくれます。
帽子の刃文について、ここまで詳細に描かれているのは初めて見ました。