秋の花として知られ、中世以降、日本美術のなかでたびたび描かれてきた「菊」。特に江戸時代に“重陽(ちょうよう)=菊の節句”が盛んになると、浮世絵をはじめとする多くの日本美術の作品に登場するようになりました。また、高貴な花として名高い菊は、皇室を象徴する紋でもあります。
【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第5回 Damiani
世界にも菊を“太陽の花”として崇敬する地域は多く、西洋においてはヨーロッパ原産の愛らしい“洋菊”が親しまれてきました。イタリアの名門ジュエラー「ダミアーニ」は、今も国民に敬愛されるイタリア王国の王妃マルゲリータへのオマージュとして“マルゲリータ=マーガレット”の花を華麗なコレクションに。モダンに昇華した花々が、アメリカ・フリーア美術館所蔵の、尾形光琳が描いた菊花と出合います。
モダンに意匠化された美しき王妃を讃える花々
19世紀のイタリアで国民の人気を一身に集めたマルゲリータ王妃。“マルゲリータ”は日本で、“木春菊(もくしゅんぎく)”と呼ばれるマーガレットのイタリア名でもあります。その花を極力シンプルにモチーフ化したネックレスは、イタリアン・ハイジュエリーならではのモダンな華やかさ。一方、日本美術において「菊」は、琳派の絵師たちよって意匠化され、硯箱や団扇などの美術工芸品に多くの秀作が生まれました。
伝統の金工の技が生む精緻で華やかな細工の美
イタリアが世界に誇る金属工芸の街ヴァレンツァで創立した「ダミアーニ」。その高度な金工の技は、精緻な細工だけでなく、斬新なデザインや大胆なボリュームの実現にも発揮されています。また、同じモチーフを規則的に繰り返すことで生まれるエレガントな装飾美は、まさに琳派独特の手法そのもの。
絶妙なバランスで叶えるイタリアらしい色彩美
鮮麗なパープルのアメシストとブラウンダイヤモンドの組み合わせが、洗練された色彩のハーモニーを奏でます。宝石の価値よりも美しさを重んじた選択が、「ダミアーニ」の美意識とモダンな感性を映し出します。濃淡のブラウンダイヤモンドの繊細なグラデーションが、琳派特有の“たらし込み”の技法を思わせます。
家紋を思わせる真に研ぎ澄まされた意匠
まさに天空に輝く“太陽”のような、12枚の花びらから成る菊花モチーフのリング。その神々しい美しさは、古代オリエントの王が用いたという太陽の紋章を想起させるよう。余分な装飾を取り除いたデザインに、日本の家紋を思わせる研ぎ澄まされた意匠性が宿ります。
世界中で愛される崇高な花、“菊花”と日本美術
高貴な花でありながら、江戸時代、庶民の間でも人気を博した“菊”。その花は、日本の絵師たち、とりわけ琳派の絵師たちの創作意欲を掻き立てたのでした。
同じ時代に海を渡り日本文化を世界に広めた日本美術と菊
“琳派”という美術様式の命名のもとになった天才絵師・尾形光琳。京都の裕福な呉服商に生まれた光琳は、幼いころから本物の芸術に親しみ、絵師となってからはその類い稀なセンスを生かして生活そのものをデザインしたといわれています。
そんな光琳の作品は、豪華な屛風絵から着物、硯箱、扇面、団扇絵といった小品まで実に多彩。それは、顧客の要望に応じて作品を次々と手がけていったためでしょう。その画題にも、当時の流行や風俗を反映したものが様々に登場します。
江戸時代初期、幕府が五節句を定めると、9月9日の重陽は“菊の節句”として広く知られるようになりました。節句の日は菊の花を愛で、菊酒を飲んで長寿を祈るのが習わしでしたが、それはやがて“菊祭り”の様相を呈していきます。人々は品種改良した菊の美しさを競うようになり、のちに菊人形もブームに。日本美術においても、菊は浮世絵などにたびたび描かれるようになりました。
時代は前後しますが、尾形光琳もまた、「菊図屏風」(岡田美術館蔵)、「菊花流水図団扇(きっかりゅうすいずうちわ)」(フリーア美術館蔵)など、菊を画題にした多くの作品を残しています。
江戸時代後期になると、その光琳に強く影響を受けた酒井抱一(さかいほういつ)ら江戸琳派の絵師たちも菊の絵を好んで描くようになりました。
一方、西洋の菊はデイジーと呼ばれるヒナギクやマーガレット、またヨーロッパ原産のフランスギク、品種改良によって生まれたスプレーギクなどが一般的に知られています。
1860年代、パリでジャポニスムの芸術運動が起こったころ、日本美術とともに菊などの園芸植物も、日本からの輸出品としてヨーロッパにもたらされ、注目されるようになりました。当時、万国博の会場に展示された大輪の菊の花々は、その艶やかな色彩と芳香で、人々を圧倒したといわれています。
フリーア美術館とは? 門外不出であるがゆえに唯一無二の企画展を開催
2017年4月、江戸の絵師・喜多川歌麿の肉筆の浮世絵三部作「雪月花」が、約140年ぶりに一堂に会したというニュースが世界を駆け巡りました。その展覧会は、フリーア美術館隣接のアーサー・M・サックラー・ギャラリーで約3か月にわたり開催され、大きな話題に。
三部作のひとつである「品川の月」は、1903年にフリーア美術館の創設者、チャールズ・ラング・フリーアがパリの美術商より購入。「吉原の花」は米国のワズワース・アセーニアム美術館が所蔵していましたが、「深川の雪」だけは長らく所在不明になっていました。しかし、2014年に日本の岡田美術館がそれを入手。フリーア美術館の所蔵作品は創設者の遺言により門外不出のため、世界で唯一、三部作が揃う展覧会が同美術館で実現したのです。それは、まさに“奇跡の邂逅”といえる展覧会で、その展示方法も注目を集めました。
◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
ー和樂2018年10・11月号よりー
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文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也