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2017.01.13

長野県・伊那へ。究極の絹が生まれる地を訪ねて

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日本の美しい風土と匠の手が生み出す絹糸の宝石

手塩にかけて育てたお蚕さんが繭となり、多くの人の手を経て、できあがる絹。日本の蚕のみでつくられる絹糸(けんし)と、伝統の手わざによって表現された純国産の絹製品の希少価値は、いやがうえにも増しています。それはまさに日本の宝なのです。

宝石に勝るとも劣らない絹のそのやわらかな光沢

たおやかなシルクの輝き。天然繊維のなかで最も贅沢な絹の日本の歴史は、奈良時代の正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)にまでさかのぼります。絹業(けんぎょう)は、明治時代の輸出における最大の基幹産業でした。現代は、きもののほかアパレルの分野でも純国産絹製品の開発が進んでいます。
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日本のきものは芸術品。最高の友禅職人が極上の絹を染めていく

古典を知り尽くした凄ワザ職人の仕事。創業150年のきもの問屋の老舗、京都丸紅からきものの注文を受ける白木染匠の友禅職人、村上力雄さん。14歳からこの世界に入って、技術と感覚を磨いてきました。60年を超える経験から抜群の色彩の調和を生み出します。
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自然の恵みと神秘、至高の絹はすべて国内で創る。だから安心できる

毎年、初夏の訪れとともに、美智子皇后陛下が皇居でご養蚕(ようさん)を手がけられる様子をニュースで見たことはありませんか? 皇室のご養蚕のきっかけは、安政6(1859)年に横浜が開港し、生糸(きいと)が輸出品として重要な位置を占めたことにあります。絹業が発展した明治初期、昭憲(しょうけん)皇太后は奨励のためにご養蚕に取り組まれました。その伝統は香淳(こうじゅん)皇后、美智子皇后へと大切に引き継がれ、国内の養蚕業が急激に衰えた今も、皇居でつくられる絹は、正倉院宝物の復元や賓客への贈答品として大切に使われています。外国産の生糸の流入や他繊維の台頭などによって、現在、純国産の生糸の量は、残念ながら激減しています。世界の繭の生産量は、ほぼ80万t。そのなかで日本の生産量は、わずか0.03%です。しかし日本では、明治以来の圧倒的な研究の蓄積と世界最大の蚕の遺伝資源によって、品質で勝負する独自性の高い物づくりが行われているのです。
 
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写真/中央アルプスと南アルプスからの雪解け水が、天竜川の源。豊かな水が桑を育て、その桑によって健康な蚕が育つ。

東京の白生地問屋・マルシバが扱う極細の絹の蚕を育てる上伊那の養蚕農家、北條寛さんの作業小屋を訪問したのは、2016年9月中旬のこと。秋蚕(しゅうさん)の時期にあたります。作業場に入ると、緑の絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたかのような大きな飼育箱が一面に並んでいました。目を凝らすと、無数の蚕が桑を一生懸命食んでいます。北條さんのお宅では、年間に3、4回蚕を育てていて、約500㎏もの繭を出荷しています。

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写真左/作業場の黒板には桑の葉を与えた時間のメモ書きが。写真中央/蚕が繭をつくるための木枠、〝マブシ〟がずらりと並ぶ。写真右/長野県の箕輪町で、代々養蚕を営む北條寛さんご夫妻。

「通常の蚕は3デニールの糸を吐き出しますが、私のところでは約2.4デニールの極細糸をつくる蚕を育てています」
 細くて光沢に優れたこの糸の特性は、世界に誇るきものにこそ生かされます。北條さんの国産繭は日本最大の取引量を誇る碓氷製糸工場で糸となり、丹後の機屋(はたや)、そして京都の染匠へ。京友禅の職人たちは絹のクオリティに触発されて、最高の仕事への決意を新たにします。純国産絹のオールジャパンでの取り組みは、絹業に関わる人びとがそれぞれの魅力を高め、開発・製造・販売が連携することによって困難を克服し、今この瞬間も純国産絹の未来を明るく照らしているのです。

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写真/蚕は約25日の間に桑を盛んに食べる時期と眠ったように動かない脱皮の時期を4回くり返した後、糸を吐き繭をつくる。北條さんが育てる蚕は、繭糸の細さを維持するため繭が小さい。

日本の原風景が残る蚕の里、伊那

中央アルプスと南アルプスに囲まれた長野県の伊那谷は、天竜川の豊かな水にも恵まれて、農業や米作、そして養蚕の盛んな地域として知られます。可憐なそばの花が咲き乱れる9月中旬、秋の養蚕作業は最大の佳境を迎えていました。
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純国産の稀少な絹は、このマークを目印に

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撮影/篠原宏明、伊藤 信(友禅) 構成/植田伊津子、福持名保美(本誌)
取材協力/一般財団法人 大日本蚕糸会
     蚕糸・絹業提携グループ全国連絡協議会