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2020.10.23

モザイクタイルが町を救う?1300年の歴史を受け継ぐ美濃焼タイル、情熱の物語

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最近、ちょっとしたブームとなっているモザイクタイルのDIY。部屋の模様替えやインテリアのアクセントに使うと簡単にイメージが変えられてとても便利です。モザイクタイルとは、表面積が50㎠以下の小さいタイルのことで、色や大きさを自由に組み合わせてカスタマイズできるところも人気の一つとなっています。

昭和の建築では、キッチン、風呂場、トイレなどの水回りにタイルが敷き詰められていました。子どもの頃にはツルツルした色つきタイルを拾って集めたり……。そんな思い出もあり、レトロな雰囲気も懐かしく、惹かれる人が多いのかもしれません。しかし、現在はライフスタイルの変化や新しい建材の登場で、タイル市場は減少の一途。さらに輸入品タイルが増えた影響で、タイルを生産している工場は全国的にも少なくなっています。

古い住宅を壊す際に廃棄されるタイル製品を収集。昭和レトロを感じさせるお風呂はおしゃれな雰囲気も

銭湯などの壁に書かれた美しい絵。白いタイルに絵を描くタイル絵師はみなすでに廃業

1300年の歴史を誇る美濃焼から生まれたタイル

岐阜県多治見市周辺は、奈良時代からやきものが作られ、受け継がれてきた1300年の歴史を誇る美濃焼の産地です。この脈々と受け継がれた伝統技術があることと、質の良い土が採掘されることから、大正時代以降、新たな産業として隆盛を誇ったのがタイル産業でした。現在でも全国シェア60~70パーセントを占めています。中でも釉薬(ゆうやく)を施した磁器質のモザイクタイルを、多治見市笠原町(旧:土岐郡笠原町)出身の故・山内逸三(やまうちいつぞう)氏が開発。地元企業に技術を公開し、戦後からこの町の主幹産業となりました。ここ笠原町には最盛期100を超えるタイル工場があり、現在でも岐阜県が国内のモザイクタイル約90パーセントを生産しています。

3階ではモザイクタイルの歴史からタイルの製造に使われた古い機械や道具なども展示。昭和の一時代を支えた産業の素晴らしさを今に伝えてくれています

斜陽産業となったタイルを残そうと有志による活動がスタート

バブル崩壊以降、町の誇りであるモザイクタイルの魅力を多くの人に知ってもらおうと、タイルの収集を始めた人たちがいました。最初は地元だけの活動でしたが、県外にも収集の幅を広げるようになり、活動は20年以上に及びます。収集したタイル製品や銭湯の壁面など1万点以上を超えた頃、これらを一堂に集めたミュージアムを造ろうと有志達による建設計画が具体的に動き始めます。

モザイクタイルが出来たことで曲線部分に簡単にタイルを貼ることができるようになり、一般家庭にもこのようなデザインが普及しました

この活動の中心となったのが、モザイクタイルミュージアムの初代館長であった各務寛治(かがみかんじ)さんです。ちょうど笠原町が多治見市に吸収合併されることになり、資金の元となる合併債を活用する話が出てきます。建築には建築史家でもあり、世界で活躍する藤森照信(ふじもりてるのぶ)氏を各務さんたちが中心となって強く推し、藤森氏もその熱い思いに応えてくれました。

光に照らされたタイルの美しさを実感できるスペース。タイルに描かれた絵はまさに芸術品

地方の小さな町に有名建築家が設計したミュージアムが出現!!

こうして、それぞれの思いが集結し、藤森氏は粘土を掘り出す採土場を模した外観や有志が集めたタイルを大胆に全面にはりめぐらせた4階展示室をデザインしました。そして、タイルの歴史を順々に辿れる4階建ての内観など、随所にタイルの魅力を感じられる「モザイクタイルミュージアム」が2016年に完成。自然光に照らされる中、キラキラ光るモザイクタイルは劣化しにくい建築素材としての魅力やアートとしての価値を再発見させてくれたのです。

耐久性や耐水性に優れているだけではないモザイクタイルの美しさをもっと知ってもらおうと、藤森氏がデザインしたタイルのオブジェ

突如出現した絵本やアニメに登場するようなミュージアムの外観は、地元住民は元より、多くの人々を驚かせました。ところが嬉しい誤算が生じます。この建築物に魅せられた人々が全国各地から訪れるようになり、オープン前は、年間2万5千人の来場者を目指していたのが、開館1年を待たずに10万人(2017年2月時点)もの人が来館。私が乗車したタクシーの運転手さんも「こんな田舎に、こんなにたくさんの人が来てくれるようになるなんて思いもしなかった」と感慨深そうに語ってくれました。なんだか涙が出そうなほどいい話です。衰退化する地方都市にモザイクタイルが一筋の光となって輝いたのです。

日本人の精巧な技術が世界へと輸出されていた

現在では、輸入タイルに押され、縮小の一途をたどる日本のタイル産業ですが、大正時代には既に世界に向けてタイルの輸出も行っていました。インドでも日本製タイルが果たした役割は大きく、今も昭和初期に生産された日本のタイルが街中で使用されています。現在開催中の『受託記念企画展 広正製陶・半谷孝コレクション 金型の精緻・精巧美の世界』では、1920年~30年代にかけてインドへ輸出されていたタイル製品とその金型を展示。昭和初期にインドのヒンドゥー教の神々を再現した精緻な金型などによって、改めて日本の技術の高さと日本人の几帳面さも窺い知ることができます。

広正製陶創業者・半谷音吉(はんやおときち)氏の次男であり、工場長であった故・半谷孝(はんやたかし)氏が守ってきたマジョリカタイルの真鍮金型 63点が多治見市モザイクタイルミュージアムに寄託。©KATO Ikumi

自治体とミュージアム、タイル業者が三位一体となって新たなブームを生み出す

ここモザイクタイルミュージアムの特徴は、タイルのメーカー商社で経験を持つコンシェルジュが常駐し、実際に新築や家のリフォームに使用するタイルの相談や販売をしていることです。タイル産業の活性化に寄与するため、消費者とタイル業者を結ぶ役目も果たしているのです。壁面の一部やキッチンなどに簡単に貼れる約30㎝四方のタイルシートも1枚から販売しています。

まるでショールームに来たかのような種類の多さにびっくり。コンシェルジュが丁寧に相談にのってくれます

カラーバリエーションの豊富なモザイクタイルは、絵柄が作れることからモザイクアートとしても親しまれています。

さらに1階体験工房では、ワンコイン(500円)で参加できる通年プログラムがあり、モザイクタイルを使って写真立てなどの雑貨を作ることもできます。毎回定員がすぐに埋まってしまうほどの人気ぶりです。

1階にはタイルのばら売りもしていて、詰め放題500円というリーズナブルなコーナーも! 手軽にタイルアートが楽しめます

タイルを巡る旅は、1300年の歴史へと遡る

タイルの奥深さに目覚めてしまった私は、興奮冷めやらぬ状態で、さらにタイルのルーツを探るべく、「多治見市美濃焼ミュージアム」を訪れました。モザイクタイルミュージアムから車で20分、さらに山深い地へと進みます。

多治見市美濃焼ミュージアムは、瀬戸黒や黄瀬戸、志野、織部といった桃山陶の名品をはじめ、8世紀の茶碗に始まり、綿々と続くやきものの歴史が一目でわかるように展示されています。まずは入り口にある美濃焼で造ったタイル画の前で出迎えてくれた岩井利美(いわいとしみ)館長をパチリ。この作品は、色絵磁器を極めた人間国宝である加藤土師萌(かとうはじめ)氏が、白いタイルに海女の絵を描いたものです。館内には美濃から排出した6名の人間国宝の作品も並び、その数にも圧倒されます。

多治見市美濃焼ミュージアム館長の岩井利美さん

岩井館長曰く、美濃焼の特徴は、1300年の間、窯の火が一度も途絶えたことがないということだとか。伝統文化というより、伝統産業であり、人々の営みの一つだったと言います。ここには良質な粘土、薪となる赤松林があり、窯を作れるなだらかな山があります。この自然の恩恵をずっと大事にしてきたのが美濃の最大の利点。この地の恵みを活かし、やきものを作り続けてきた美濃ですが、かつての歴史の中には、驚くような出来事があったとか。

平安時代から植物の灰を主原料にした釉薬を使ってやきものを作っていたのですが、11世紀の終わりに一度それを捨て、無釉薬、つまり素焼きで茶碗を作るようになったのだそうです。

無釉薬で焼いた山茶碗。美濃では約400年に渡り造られ続けた。多治見市美濃焼ミュージアム蔵

「釉薬がかかった茶碗は他産地でも作られている。差別化を図る目的と釉薬をつけると大量生産ができないというデメリットがあったため、重ねて焼け、大量生産のできる素焼きを作るようになったんです。発掘調査をすると、昔の住居跡地から使い込んだ茶碗がたくさん出てきます。やきものを権力のある人や財力のある高貴な人たちのものとしてではなく、庶民が使えるものとして大量生産してきた。そういう歴史があるから、美濃のやきものには多様性があり、1300年の間、途絶えることがなかったんです」

この柔軟な発想で、やきものの技術は江戸時代に仏具を作ることにも使われ、タイルの発展にもつながっていきます。脈々と受け継がれる人々の営みの中にこそ伝統技術は存在する。そんな深みにますます取りつかれたタイルを巡る旅となりました。

多治見市モザイクタイルミュージアム

住所:岐阜県多治見市笠原町2082-5
開館時間:9時~17時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(休日の場合は翌平日)、年末年始
観覧料:310円 (高校生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名様は無料)
展覧会イベント情報:多治見市モザイクタイルミュージアム3階ギャラリーにて、『受託記念企画展 広正製陶・半谷孝コレクション金型の精緻・精巧美の世界世界へ羽ばたいた和製マジョリカタイル』を2021年1月11日(月・祝)まで開催予定(常設展観覧料でご覧いただけます)
公式ホームページ

多治見市美濃焼ミュージアム

住所:岐阜県多治見市東町1-9-27
開館時間:9時~17時(入場は16時半まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月28日~1月3日)
観覧料:大人320円 大学生210円(高校生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名様は無料)

公式ホームページ

書いた人

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。