神棚を最近、見たのっていつですか?
住空間に昔ながらの大きな神棚がある人が、うらやましい。家になくても、会社や店舗、工房などで1日の始まりの挨拶をしている人もいるだろう。神様に向かって、今日いちにちの無事を祈るひととき。慌ただしさのなかに、一瞬だけ心が鎮まる時間がもてるのは大事なことだ。
身の回りを見ても想像がつくように、これまで日本人の生活空間の一部だった神棚があらゆる場所から消えつつある。なんと、神棚の生産量は1994年がピーク。以降、減少している。
とはいえ、八百万の神に対する日本人のこころまでもが近代化によって失われたわけではなく。現に、御朱印集めは若い世代にも人気である。
今回紹介する神棚は、”神棚が身近にあった時代を知る”中高年世代が、現代の慌ただしい日常のなかでも、祈りのある時間と空間を提供するためのプロジェクト。御朱印を授与された先の寺社で入手した「お札」の納め場所に困った人々の声をヒントに、現代の暮らしに寄り添う神棚「GIRIDO(ギリド)」が生まれたのである。
ヒノキの産地、岐阜で立ち上がった新しい神棚
神棚「GIRIDO」の制作メンバーをご紹介しよう。
左から、神社建築や神棚製造の「唐箕屋(とうみや)本店」の4代目・小保田庸平さん、まな板ほか、木工製品の製造販売「woodpecker」代表の福井賢治さん、そして手工業デザイナー大治将典さん。
新しいものづくりが生まれた舞台は岐阜。木曽檜(きそひのき)の産地であり、昔から木工業が盛んな土地である。
神棚「GIRIDO」を手にする中央の福井さんがプロジェクトリーダー。福井さんの親の代までは神仏具の制作に携わっていた。「唐箕屋本店」の小保田庸平さんは宮大工を家業として、代々神社や神棚を納めてきたという。
福井さんは自身の代で、神仏具の製造から「まな板などの木工品」の製造に転身するのだが(WOODPECKERのまな板はオリジナリティがあって、とても使いやすい。私も愛用中)、その話はまたの機会にするとして、この神棚「GIRIDO」は、神仏具の産地で、神仏具のプロが知恵を寄せ合った結果の商品だということがわかる。
日ごろ、私たちは神棚について頭を巡らせる機会はそうない。だからこそ、今の神棚と昔の神棚の話を聞いてみよう。これがないと、「GIRIDO」の画期的な試みが伝わらないと思うのだ。
そもそも神棚ってなに? いつからあるの?
神棚は、神道(しんとう)の神を祀るためのもの。伊勢神宮の信仰を広める目的で、家に伊勢神宮のお神札を納め、家でも参ることができるように江戸中期ごろ考案されたという。
当時描かれた浮世絵を見ると、住空間の上部にそなえてあるのは現代と同じだが、簡素な棚である(挿画の中央上部をご覧ください)。
現在も上記のような棚を神棚に見立てたスタイルも健在である。見なくなったなぁ、と思うのは壁の一部にでーんと鎮座する「宮型」のものだろうか。
「宮型」とは、名称から想像つくように神社の社殿を模したもの。江戸時代の浮世絵には描かれていないので、このつくりが考案されたのは江戸以降と推察されている。
「宮型」の神棚は、単体で販売されるようになったのもずっと後の時代で、そもそもは建築物が完成した際に余った材木でつくられたものらしい。工事が無事に終わったことへの感謝、そして施主のこれからの繁栄祈念に棟梁が神棚を納めたそうだ。
オシャレな神棚は今、たくさんある。しかしそこに、神に対する畏れはあるか?
神棚「GIRIDO」は、「現代のライフスタイルに即した神棚」という市場があるとするならば、後発組だ。これまでも数多く、現代の住空間にフィットする神棚は販売されている。ところが、オシャレさが優先されて、なんというか、、、神棚にうとい私が見ても、ありようが軽い。
自身の店でも神棚を製造・販売している宮大工の小保田さんは語る。「神棚ってそもそもオシャレに見せる必要があるのかな? という疑問がありました。神棚が日本人にとってどういう存在なのか、そこは抜け落ちてはいけないのではないかと思いました」。
またオシャレ神棚とは別の話として、大量生産されている神棚は、もはや国外でつくられていたりして。パーツごとに組み立てればできるものなので、組み立てる側にも敬意といったものは生まれにくい。それを批判する気もちはないけれど、日本人が大切にしてきたこころ、みたいなものが現代の神棚には感じられないのも気になる。
ということで「GIRIDO」の神棚は、現代の暮らしにあうシンプルな構造に、神霊の存在を感じるための「ある仕掛け」が加わることになった。
神と人をつなぐのは「扉」。神社本殿の扉が開くとき、特別な音が鳴るって知ってた?
お待たせしました、神棚「GIRIDO」の全貌をお見せしましょう。
右は重厚な置き型、左は軽量な壁掛けタイプ。共有するのは「扉」が付いていること。
通常、神社本殿の御扉は閉められている。目には見えなくてもそこに祀られている神の姿を私たちは感じる。扉を通して神と通じるという日本人のあり方を「GIRIDO」はコンパクトなつくりながら、表現している。「扉」って大事なんだなぁ。
そう言われたところで、神社本殿の扉(御扉、みとびらと呼ぶ)って記憶にないでしょう? ということで、「唐箕屋本店」が納めた本殿を特別に公開しよう。御本殿は一番奥に据えられるため、一般人はほぼ見る機会はない。これは貴重!
さらに貴重なカットがこちら。御扉を、、、開けた! といっても御簾がかかっていて、その姿を見ることはできない。しかし、そこに神を感じるのが日本人なのだ。
さらにこの御扉を開けるときに、特別な音が鳴るために扉板にある細工をするのが、日本の神社建築のならわしだという。
そしてこの音を神棚「GIRIDO」も再現したというではないか!
宮大工ならだれもが知っている。御扉には「ギリ戸」という独自の音を出す構造があった!
「神社建築に携わる人間であれば、『ギリ戸(ぎりど)』という言葉はだれもが知っていることで」と「GIRIDO」の企画と販売を担当する福井さん。「ギリ戸」とは業界用語のようなもので、扉の開閉時に「ギギギィ」と音が鳴る仕様に扉板を仕上げることを指す。
実際に神社建築に関わる小保田さんに聞けば、「納品する際に、もし音が上手に響かなければ『もう次は唐箕屋本店には頼まない』と思われてしまうほど、重要なことなんです」とまで! それほどに大事な音を、これまた宮大工の小保田さんに提供していただいた。
さぁ、「ギリ戸」を聞いてみよう。
なんだろう? この重々しくて、緊張が走るような響き。
この音はなんのため? 福井さんに聞きました。
「神職の方が、御扉を開く際にはただ扉を開けるわけではないんです。『オオー』といった唸るような声をお出しになる。これは警蹕(けいひつ)と呼ばれるもので、私たちが神様に会う前の先払い。それがあって、さらにギリ戸が鳴る。扉が響くときには、すでに私たちは頭を下げているので、神様の姿をうかがうことはできません。見えないし、見てはいけない神の存在を、この音の響きをもって知るわけです」。
さらに気になるのは、この音の鳴らし方だ。それは宮大工の小保田さんが詳しい。
「扉板についている突起(ホゾと呼ばれる。これが軸になって扉の開閉ができる)を差し込む長押(なげし)の穴は丸く開けます。これに対して、扉板のホゾは、角を残しながら丸く削ります。ホゾを少し無理をして穴に入れると、木と木が擦れ合って、ギリギリと音が鳴るという仕組みです」
受け止める穴に対して、差し込む円柱が少し大きいのがポイント。とはいえ「木は水分を吸って、膨れたりしぼんだりを繰り返す生き物。それを見越して、適当なところまで削るのが難しい」(小保田さん)そうだ。
これもすべて神社建築が木材だけで組み立てるから、可能になる。木組みでつくることが、日本の四季には一番合っているし、丈夫。それは現在も残る古社を見ても歴然である。
「GIRIDO」でこの音を鳴らすには、どんな工夫が必要だったのだろう?
「本殿の御扉に比べたら、GIRIDOの扉板はぐっと小さいですからね。穴の差し込みをキツくすると扉が割れる可能性が高くなるので、その調整が難しかったです。しかも冬の乾燥時期は木の縮みが大きくなるので、音が鳴りづらくなる心配も。けっこう…気を使う部分は多かったですね」(小保田さん)
神の先触れともいえる、ギリギリという響き。私はこの「ギリ戸」に神霊を託した先人の感性に驚いた。さらにはこの音にまつわる想いを次世代に繋げたいと考えた「GIRIDO」の制作陣にも目を見開いたのであった。
宮師が受け継いできた手わざが「GIRIDO」には生きている。日本文化を知る入り口に、この「GIRIDO」もなってほしいなぁ。
「GIRIDO」が松屋銀座で開催される「銀座・手仕事直売所」に登場!
気になるこの「GIRIDO」。実物を見る機会がもうすぐやってきます。2021年9月14日から20日まで、松屋銀座で開催される「銀座・手仕事直売所」に福井さんの手がける木工品「woodpecker」が初参加。
自慢のまな板と共に「GIRIDO」もお目見えする予定。実物を見て、その音を聞きたいという人はぜひ足をお運びください。
取材協力:
唐箕屋本店
woodpecker