Craft
2019.08.24

【京都】日本で唯一の根付専門美術館に行ってみたら想像以上にすごかった!見所を徹底チェック

この記事を書いた人

江戸時代、さまざまなデザインが流行した「根付(ねつけ)」。日本独自の芸術性と技術力の高さから、海外では日本のアートとして浮世絵や刀と並び、非常に高い人気を誇っています。脈々と続く伝統を受け継ぎ、現在、全国で百数十名の作家たちが新時代の作品を次々と生み出しています。今回は、そんな根付の作品を約5,000点収蔵する「京都 清宗根付館(せいしゅうねつけかん)」をご紹介します。

江戸時代の粋な装身具「根付」

根付とは、印籠、巾着、煙草入れなどを持ち歩く際、紐の先端に取り付けた留め具のこと。下の写真でいう、一番下にあるものが「印籠(いんろう)」、印籠の上の玉が「緒締(おじめ)」、そして一番上に付いている飾りが「根付」です。


印籠、緒締、根付はワンセットで使われ、その取り合わせの妙も楽しみのひとつ


実際に和装で根付を着用している様子

印籠や巾着の紐を帯の下から上へ通し、帯の上部に根付をちょこんと出すのが江戸時代の粋なおしゃれ。江戸時代初期には、瓢箪にくくりつけたり、貝殻や木に穴を開けたりした簡便なものが用いられていましたが、中期に入ると武士から庶民までより多くの人が根付を使うようになり、次第に素材やデザインに工夫を凝らされるようになります。今でいうストラップやキーホルダー的な感覚で、持ち主のセンスや個性を発揮する小物として流行し、多様化していきました。

升雲斎「龍宮」京都 清宗根付館蔵。江戸時代後期の透かし彫り根付。中央に竜宮城、周りには波、魚、タコなどの海の意匠が驚くほど緻密に彫刻されています。脇には玉手箱を抱えた浦島太郎の姿が!

根付の素材は象牙、水牛や鹿の角、木、陶器、金属などさまざま。また、デザインも動物、人、空想上の生き物、物語のワンシーン、干支、お面など多岐。高度な職人技で装飾がほどこされ、日本独自の美術品として海外で高く評価されています。

明治以降の西洋化による和装離れとともに、根付は実用としての役目を終えましたが、現代も、日本で百数十名といわれる根付作家たちが多彩な作品を生み出しています。

宮崎輝生「花籠」京都 清宗根付館蔵。約5×4センチの漆塗りの小箱に、べっ甲、白蝶貝、珊瑚、象牙などで精巧な象嵌細工をほどこした雅やかな作品。内側の梨地(なしじ)に、モミジの蒔絵も美しい

 

及川空観「豪勇無双」京都 清宗根付館蔵。素材は象牙。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する日本神話を掌サイズで表現した迫力満点の一作。表はスサノオノミコトの最後の一撃(左)、裏は闘いの前にヤマタノオロチがお酒を飲んでいるところ(右)。360度の巧緻な細工はまさに超絶技巧!

日本で唯一の根付専門美術館

新選組のゆかりの地として知られる、京都・壬生(みぶ)。今回ご紹介する「京都 清宗根付館」は、四条大宮から徒歩10分、新選組の訓練場だった古刹・壬生寺の向かいに建つ風格のある建物です。

一見、美術館とは思えないほど、格式高い立派な門構え

この建物は江戸時代後期に建てられた、京都市に現存する唯一の武家屋敷。屋敷の主だった神先家は、武士でありながら農業に従事した「壬生郷士(みぶごうし)」と呼ばれる士族でした。

やや緊張しながら風格のある門をくぐると、中にはまるで江戸時代のまま時が止まったかのような、いにしえの空間が広がっていました。

正式な客を迎える際の式台玄関や書院風の座敷構成などが「郷士住宅」の特徴。式台とは、写真の出入り口の手前部分にある低い板敷き部分のこと

館長の木下宗昭(きのしたむねあき)さんは、日本有数の根付収集家。約50年にわたる根付収集活動の中で、現代の作家たちが伝統を受け継ぎながら、温故知新の精神で創作活動に邁進していることに感銘を受けました。同時に、優れた根付のほとんどが海外に流出している事実を知り、「日本の良き伝統芸術を、日本人の手によって、日本に保管したい」との想いを抱いたのです。

そんなときこの武家屋敷に出合い、屋敷が建てられた時代がまさに根付が隆盛した江戸後期だと知りました。「これはまさしく根付のための建物だ!」と、根付専門美術館の開設に至ったのです。

「京都 清宗根付館」の誇るコレクションは、なんと5,000点以上!その膨大なコレクションの中から、現代根付を中心に、江戸時代から今日の作品まで、常時約400点の根付を展示しています。

展示作品は3カ月ごとに入れ替わり、また、毎月1人の作家にクローズアップした企画展も開催。訪れるたびに、違う作品に出合えることも当館の魅力です。

学芸員さん直伝! 根付鑑賞の楽しみ方

「京都 清宗根付館」学芸員の伊達淳士(だてあつし)さんに、初心者でもすぐに楽しめる根付鑑賞のポイントをお伺いしました。

其ノ壱「よーく見て、作品の題材に思いを巡らすべし!」

根付の魅力のひとつが題材の幅広さとユニークさ。作品をじっくり観察しながら、作家の表現したかったものが何か、思いを馳せてみましょう。よく見ると、洒落や謎かけが隠されているものもあり、タイトルがヒントになることも…。「もっと細部まで見てみたい!」という方には、受付で単眼鏡の貸し出しも行っています。

小野里三昧「五条」 京都 清宗根付館蔵。タイトルからも連想できる通り、五条大橋の戦いで欄干の上を飛び回る牛若丸の姿が描かれています。帯の下をくぐらせると、牛若丸が空中に浮いているように見える仕掛け!

其ノ弐「根付の造形美に着目すべし!」

根付は、帯の下をくぐらせて使うため、全体的に丸みを帯びた形でなければなりません。とがっていたり、角ばっていると、帯や着物の生地を傷めてしまいます。
そのため、題材となったものの形をいかに実用的な根付の形に落とし込むのかが作家の腕の見せ所。対象をデフォルメしたり、生き物の場合はポーズを工夫したり、それぞれの作家のアイデアが光ります。

齋藤美洲「さあ、休めるぞ!」京都 清宗根付館蔵。コロンとした丸いフォルムにおさめるために、ネズミがアクロバティックなポーズをとっています。「根付」という制約の中で生み出された面白い造形

其ノ参「かしこまって見る必要なし! 自由に楽しむべし。」

根付は本来江戸時代の庶民が楽しんでいたもの。「美術品」「工芸品」といっても、かしこまって見る必要はありません。
「私語禁止」の美術館もありますが、こちらの美術館は「私語OK」とのこと。
友人と一緒に「あーでもない、こーでもない」と議論しながら鑑賞するもよし、日がな1日1人で心ゆくまで根付の世界に耽るもよし。肩の力を抜いて、思い思いのスタイルで自由に根付を楽しみましょう。

落合尚「双子」京都 清宗根付館蔵。2つ並んだ愛らしいイチゴ。中にはこんな乙女心くすぐる、キュートな作品も。 「これ見て! めっちゃかわいくない!?」と思わず口に出してしまいそう…

約400点の根付が圧巻。展示室で江戸時代へタイムスリップ!

根付鑑賞のポイントを伊達さんに教わったところで、いざ展示室へ! 展示室は畳敷きなので、靴を脱いで上がります。

1階は現代根付の展示

頭上には根付作家たちの写真がズラリと並ぶ。江戸時代の調度品のような展示台は、館長が根付を展示するためにデザインした特注品。屋敷の雰囲気を活かし、細部までこだわり抜かれた美しい空間

まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのようなレトロで趣のある展示室。照明や展示台もすべてアンティーク調に統一されています。1階の6つの部屋には、さまざまな作家の現代根付(昭和20年以降の作品)が展示されています。

展示台を覗き込むと、掌サイズの小さな根付がひとつひとつ丁寧に展示されていました。


バラエティ豊かな根付。作品と作品の間隔はゆったりととられています

こちらの作品をご覧ください。ひょうきんな顔のナマズの根付。

宮澤良舟「綱渡り」京都 清宗根付館蔵

タイトルは「綱渡り」。
ナマズのひげをよーく見ると、小さなカエルが必死で「綱渡り」しています。
実はカエルはナマズの大好物! カエルは今まさにハラハラドキドキの命の「綱渡り」の最中なのです。思わず手に汗握るユーモア溢れる作品です。

作品の面白さのみならず、展示の工夫も目を引きます。ディティールがよく見えるように前面には虫眼鏡、さらに背面も鑑賞できるよう作品の後ろに鏡も置かれています。

本来、根付は正面だけではなく、背面も底面も360度どこからでも楽しむことができるのが大きな魅力。その魅力を引き出すため、館内では鏡と360度回る回転式の台を駆使した展示がなされています。

続いてはこちら。何を表現した作品でしょう…?

中川東平「お多福の好物」京都 清宗根付館蔵

ぱっと見では「タコかな?」と思いますが、タイトルを見ると「お多福の好物」とあります。
もう一度作品を見てみると、タコの足のすき間にカボチャがチラリ。
江戸時代「女性の好むもの」の慣用句だった「いもたこなんきん」を題材にした作品なのです。

一方、こちらは珍しい素材を使ったシリーズ。

井尻朱紅「舞姫」「牧場」「深海」京都 清宗根付館蔵

ブルーライトに当てると緑色に発光する南米産の「ブルーアンバー」という琥珀に、日本伝統の蒔絵をほどこした作品。展示ケースにブルーライトが仕込まれており、実際に発光する神秘的な姿を見ることができます。

絶滅危惧種の生き物などをモチーフにした一風変わった作品も。

升元一「カモノハシ」「生き化石」「ナミハリネズミ」「インカの秘宝」京都 清宗根付館蔵。

「京都 清宗根付館」では、50名以上の現代根付の作家の作品を展示しており、材料、題材、技術・技法の多様性に驚かされます。

展示室の一角には、作家の命ともいえる根付作りの道具の展示コーナーがあります。現代では、道具を作る職人が減り、自作している作家も多いとか。それぞれの作家の手になじむようにあつらえられた道具は、形も大きさもさまざまです。

作家はおおよそ40~50本ほどの道具を使い分けて作品を制作しているそう

入縁(いりえん)からは、四季折々の姿を見せる美しい日本庭園を眺めることができます。じっと目を凝らして根付鑑賞をしていた方は、こちらで目を癒しましょう。

庭園の景色を見渡すために、柱が1本もない特殊な構造で建てられています

1階と2階をつなぐスペースは、元々武家屋敷の台所があった場所。おくどさん(かまど)や洗い場がそのまま遺されており、江戸時代の暮らしぶりを垣間見ることができる貴重な空間です。

根付作家の制作風景を撮影した映像が上映されている休憩スペース

2階は現代根付と古根付の展示

2階には、現代根付の展示室と江戸時代に制作された古根付の展示室があり、新旧の根付を見比べることができます。

2階の展示室。元々、屋敷の納戸として使用されていた天井桟敷を展示用に改修したそう

現代根付から2作品ご紹介します。

 桑原仁「無花果」京都 清宗根付館蔵

鹿の角に柔らかな色合いの彩色をほどこし、イチジクの実を瑞々しく写実的に表現した一作。


佐々木明美「波」京都 清宗根付館蔵

渦を巻く波の姿を見事に造形化した、躍動感溢れる象牙の根付。掌サイズの根付から、轟く波音が聞こえてきそうな迫力ある作品です。波頭の繊細な彫りの技術に思わず息を呑みます。

続いては、古根付から2作品。

無銘「魚を抱える足長漁師図」京都 清宗根付館蔵

この人の表情! このポーズ! インパクト、すごくないですか…?
このような「足の長い人」は、中国から伝播した異形の人のモチーフと考えられ、江戸時代の浮世絵にも登場し、古根付でもその姿を見ることができます。

無銘「高砂」京都 清宗根付館所蔵

タイトルは「高砂」。「結婚」をテーマにした作品です。江戸時代、婚礼調度のひとつであった豪華な手箱の上に、夫婦愛と長寿を愛でる能「高砂」の面が載っています。中を開けると、若き日の婚礼の儀の様子が…! 夫婦が結ばれ、ともに老いていく姿を驚くほど細かい彫刻で表現し、夫婦円満の願いが込められた根付と考えられます。

現代根付の源流である江戸時代の古根付をあわせて鑑賞することで、根付の歴史の流れを感じることができます。

心惹かれる根付を、みつけよう!

「京都 清宗根付館」は、日本の文化と技術の結晶ともいえる、名根付の数々を一堂に集めた、世界でも類を見ない美術館でした。歴史的な空間で江戸時代の空気感を肌で感じながら、精巧で遊び心溢れる根付の世界を心ゆくまで堪能することができます。約400点のバラエティ豊かな展示作品を鑑賞すれば、必ず心惹かれる一作が見つかるはず。ぜひ、お気に入りの作家や作品を探してみてください!

京都 清宗根付館 基本情報


施設名:  京都 清宗根付館
住所: 604-8811 京都市中京区壬生賀陽御所町46番地1
営業時間:   10:00-17:00(最終入館は16:30)
休館日:  毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は、翌日火曜日を休館とする)、夏季(8月13日~16日)及び年末年始(12月29日~1月5日)
アクセス: 阪急京都線大宮駅、京福嵐山本線四条大宮駅から徒歩10分。JR京都駅から市バス26・28系統で20分、壬生寺通下車徒歩3分
料金: 一般1,000円、小学・中学・高校生500円
公式webサイト:  https://www.netsukekan.jp/

※緊急事態宣言の期間中、美術館は臨時休館となります。詳細・最新情報は、美術館のHPをご確認ください。

書いた人

大阪府出身。学生時代は京都で過ごし、大学卒業後東京へ。分冊百科や旅行誌の編集に携わったのち、故郷の関西に出戻る。好きなものは温泉、旅行、茶道。好きな言葉は「思い立ったが吉日」。和樂webでは魅力的な関西の文化を発信します。