神奈川県横浜市にある「f.e.i art gallery(フェイアートギャラリー)」で、2019年7月29日から8月9日まで、「虫」をテーマにした4人展「蟲使い展」が開催されました。同展では虫をモチーフに用いる作家4名が、陶芸、漆芸、油彩といったそれぞれの技法で制作した造形作品が展示。
出品作家の一人である立体木象嵌作家の福田亨さんは、木材のみを使い、蝶などの繊細な虫を制作・表現しています。「立体木象嵌」とは文字の通り、木象嵌の技術を立体的な作品に応用した福田さん独自の手法です。
福田さんは、今展のために新作を3点制作したとか。そこで本展に出品された新作はどのような作品なのか、立体木象嵌の解説も交えて伺いました。
身近なモチーフを用いた新作に、新しい試みも
――「蟲使い展」に出品された新作のモチーフに、どんな虫を選ばれたのでしょうか?
福田:ゲンゴロウ、ノコギリクワガタ、トラフシジミです。
これまで象嵌の良さを活かせることもあり、蝶をモチーフに制作することが多かったのですが、今回は甲虫にも挑戦してみました。自分で採集したクワガタや、現在飼っているゲンゴロウは自分にとって、とても身近な存在だったため選びました。トラフシジミも身近にいる虫ですが、何より自分が好きな蝶であることが理由として大きいですね。
どのモチーフも木象嵌によって模様を再現しました。様々な角度から立体的な木象嵌を味わってもらえると思います。
――新作に費やした制作期間や苦労した点を教えてください。
福田:1作品につき、およそ1ヶ月前後かかります。
苦労した点ですが、やはり立体的なものに木を隙間なく象嵌するのは難しいです。また、具象的なモチーフをどのような木工の技術で形にしていくのか、技術的なアプローチを考える工程も大変でしたね。
繊細な虫の体を木でつくる魅力とは
――そもそも「立体木象嵌」とはどのような工程で制作されるものなのでしょうか?
福木象嵌は次のような手順で行います。
- まずつくりたい模様を木で象(かたど)ります。
- 次に地となる部分につくりたい模様と同じ凹みを彫り込みます。
- 彫り込んだ凹みに、先に象っていた別の木をピタリと嵌(は)め合わせ、段差が生まれないように平らにならします。そうする事で異なる木の色や木目で模様が生まれます。
この作業を繰り返すことで、複雑な絵を作り上げていくのが木象嵌です。通常は平面で行う装飾の技法ですが、彫刻した立体的な物に行う事で、着彩をしないで色味を再現した彫刻作品を作る事ができます。私はこれを「立体木象嵌」と呼んでいます。
台座など、主となるモチーフとは別の部分をつくる工程もあります。その部分にも着彩はせず、木の色味を活かしながら木工指物や寄木、木象嵌、彫刻といった様々な木工技術を用いて制作しています。
――天然木の持つ自然の色だけで、虫の持つ複雑な色を表現されていることに驚きました。木で表現できる色は何色くらいあるんですか?
福田:具体的に何色かは分からないくらい多いですね。
私が所持している木の種類は160種類ほどですが、同じ木でも色味に差はある事が多いので、色数は数百色と言えると思います。ただ、木の色はほぼ全てが暖色系です。鮮やかな緑や青色などは存在しません。白、黄色、橙、赤、茶、灰、黒、黄緑の色幅の中で、豊かなバリエーションが存在しています。
――自然の素材の特徴としてある木目は、作品でどのような表現ができるのですか?
福田:木の持つ色のグラデーションに加えて、木目で質感に変化が生まれます。導管(根から吸い上げた養分や水分を枝や葉に運ぶ組織のこと)の密度などは様々なので、荒い木ならフワフワとした感じ、密度が高い木はツヤを放ったりと、多様な表現を生み出せます。
――ズバリ、木という素材の魅力とは何でしょうか?
福田:人工的な素材と違って、どの木でもその木が持つ色や質感は、他の木にはありません。例えば同じナラの木でも、育ちが早く力強いものもあればゆっくり育って細かな木目のものもあります。黄色味が強いのもあれば彩度が低いものもあったり、曲がっていたり真っ直ぐだったり。そんな不揃いな素材だからこそ、どのように使うか、どういう一面で活かせるかを悩みます。そこが木ならではの悩みであり魅力であると感じています。
――制作の中心に、なぜ蝶というモチーフを選んだのでしょうか?
福田:「木象嵌で昆虫をやろう」と思ったときに真っ先に浮かんだのが蝶でした。それは蝶の持つ模様の美しさが象嵌と相性がいいと感じたからです。
ただ、世の中が持つ蝶のイメージと木のイメージは、逆であることにも気付きました。多くの人は蝶というとある程度、イメージできますよね。それは綺麗で鮮やかな模様を持ち、薄くて大きな羽や細い触覚や脚――。一方で木の一般的なイメージは、木工品は厚くて無骨、大体茶色っぽい、細くすると折れる、などです。
私は木と蝶のイメージが相反するものだからこそ、蝶を木で作ることで、木の面白さも蝶の魅力も伝えられるのではと考えました。
――細かったり薄かったりする昆虫を木でつくることは、大変神経を消耗しそうですが…、どんなところに木で虫を作る面白さを感じていますか?
福田:本当に繊細で脆いものになるので、常に制作中は気が抜けません。
私にとって虫の細かい部分まで全て木で作るということは重要です。そしてそこにこだわり、作品を発表することについて意義を感じています。木は森林資源の枯渇の問題があると同時に、木工企業で多数の廃材が出る素材です。貴重で有限な素材だからこそ、無駄を極限まで減らして残さず使うことは大切です。制作の中で、どんなに小さくなった破片でも作品に活かすことができます。そうして丹念に作った作品に価値を感じてもらえたら、そして木を大切に思うキッカケに繋がれば良いなという想いがあります。
自然豊かな環境で虫の生態と向き合う
――福田さんの1日の作業スケジュールは、どのようなものなんでしょうか?
福田:自宅に作業場があり、体力のある時間は作業しますので時間はマチマチかもしれません。
一日のスケジュールは基本的に作業が中心ですが、モチーフを観察するために山などへ行って、採集したり生態を撮影したりする事もあります。
――虫に関心を持ったのはいつ頃ですか?
福田:小さい頃から好きでした。クワガタや蝶が好きで、虫採りやお絵かきなどが遊びでした。高校生の頃から木工を学び、虫から少し距離が離れていたのですが、今みたいな制作を始めたことでまた触れ合う機会が増え、少年に戻ったような気分です。
――木や昆虫を愛する福田さんは現在、北海道音威子府村(おといねっぷむら)にアトリエを構えて作品づくりをされています。最後に、今いる環境からどのようなことを吸収し、制作に反映しているか、教えてください。
福田:普段、自然から離れた生活をしている方は、自然の中に一歩入ると「非日常」を感じると思います。当たり前に暮らしている多種多様な動植物の当たり前の姿を作る事で、自然を感じてもらいたいと思っています。なので生きているその姿やその場面を大切に制作にあたっています。
音威子府村は、山に向かえばヒグマやエゾシカなどの大型動物がいて、マダニやブユなどの小さな危険生物もたくさんいるそうです。「夏はそれなりに暑く、冬は-20度まで冷え込みます。春夏秋冬と四季が移り変わっていく環境にいる事で、この土地の面白さを体感しながら制作が出来ているのが喜びです」と、語る福田さん。
「蟲使い展」の会期は2019年8月9日まで(※終了しました)。虫が暮らす自然豊かな背景まで想起させる作品をぜひ会場で体験してみてください。
「蟲使い展」展覧会情報(※終了しました)
会場 f.e.i art gallery(フェイアートギャラリー)
会期 2019年7月29日(月)~8月9日(金)
開場時間 10:00~19:00 (最終日は17時まで)
休廊 土・日・祝
出品作家 市川茉友子・奥村巴菜・小林秀俊・福田亨
料金 入場無料