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2019.12.18

刀剣界のオールラウンダー・安綱がすごいんじゃ! 多くの名刀が生まれた「古伯耆」ってなに?

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刀剣を鑑賞するとき、あなたはどんなポイントに惹かれますか?
いろいろな楽しみ方がありますが、作り手の知名度・美しさ・伝承・歴史的価値、そうした要素をすべて備えたオールラウンダーの1つが「古伯耆安綱(こほうきやすつな)」の刀です。

「安綱」ってなんだ?

安綱(やすつな)は、日本刀をつくる職人でした。伯耆国、現在の鳥取県中・西部で平安時代末期に活躍し、山伏と呼ばれる、山での修行を大切にする修験者であったともされます。

安綱の作った刀は、美しさと力強さを兼ね備えた作風で、昔も今も高い評価を受けています。

重要文化財「太刀 銘安綱(鬼切丸)」 前期展示(12月28日~1月26日)京都府・北野天満宮蔵

安綱によってその後の日本刀の基盤が作られたと言われるほどで、優雅でありながら安心感すら覚えるような力強さのある、非常に魅力的な刀を作りました。

童子切安綱(どうじぎりやすつな)とは?

「安綱」という銘が入った日本刀で最も有名なのは「童子切安綱」ではないでしょうか?
これは源頼光が丹波国(現在の京都府)の大江山で酒呑童子退治に用いたとされる伝説の太刀で、東京国立博物館の門外不出の名品といわれている国宝が、「太刀 銘安綱 (名物童子切安綱)」です。「天下五剣(てんかごけん)」の1つにも数えられ、安綱の最高傑作とも言われています。

国宝「太刀 銘安綱 (名物童子切)」 平安時代(10~12世紀) 東京国立博物館蔵

源頼光から足利将軍家に伝わり、天下人の豊臣秀吉、徳川家康・秀忠の手を経て越前藩主の松平忠直に贈られた後、津山藩(現在の岡山県)の松平家に伝わりました。

「古伯耆」ってなんだ?

古伯耆(こほうき)というのは、平安中~末期頃に伯耆国で作られた刀剣を指す刀剣用語です。伯耆国が属する山陰は、鉄の重要な産地でした。安綱をはじめとした名刀工たちがこの地で活動したのは、これによるものも大きいと考えられています。

作風は強い反りと木材の板のような地鉄(じがね)の模様、細かく入り組みながらも自然でおおらかな気風を感じさせる「小乱(こみだれ)」と呼ばれる刃文など。

鳥取県指定文化財「刀 無銘(古伯耆)、刀身」 鳥取県・大神山神社蔵

また、天皇の御物である「鶯丸(うぐいすまる)」の作者・友成(ともなり)や、徳島藩主蜂須賀家に伝わる「蜂須賀正恒」の作者・正恒(まさつね)ら、古備前(こびぜん)と呼ばれる一派との作風の類似も指摘されており、地理的にも近いことから、備前と伯耆との繋がりを窺うことができます。

古伯耆には安綱をはじめ、門下の真守(さねもり)、安家(やすいえ)、守綱(もりつな)、有綱(ありつな)、真綱(さねつな)などの刀工がいて、将軍家・源氏・平家など武家社会で尊ばれたほか、神々への宝物としても多く奉納されました。

安綱一門は平安末期頃までに途絶えてしまったとされますが、伯耆国では広賀(ひろが・ひろよし)など25~35名程度の別系統の刀工が引き続き活躍しています。

「古伯耆安綱」とは、「古伯耆」と呼ばれる時代・場所の、「安綱」という刀工による作品群、ということになります。「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が「ヴィンチ村出身のレオナルドさん」という意味なのとちょっと似ていますね。

日本刀剣の姿の変遷

安綱が初期発達の基盤を作った、とも言われる日本刀剣。日本刀剣の歴史は1000年以上にもなりますから、その間には何度も姿の変化がありました。通常の日本史とは異なる、刀剣独自の時代区分もあるため、少し分かりにくい部分もありますが、簡単に説明していきます。(なお、異説が存在する箇所もあります)

「日本の刀」完成以前:上古刀期(じょうことうき)

弥生時代ごろに大陸から伝わってきたのは、まっすぐな刀身の「直刀(ちょくとう)」でした。日本でもこれにならって、初期にはまっすぐな刀が作られています。

この直刀が主流の時代を「上古刀期」と呼びます。「上古」は通常、大化の改新の頃以前を指しますが、刀剣用語では日本刀剣の成立した「古刀期(ことうき)」より前の時代、という意味で使われていて、平安中期以前がこの時代にあたります。
また、「たち」にはよく見る「太刀」ではなく、「大刀」や「横刀」という漢字が当てられています。

持ち手部分に丸い輪のようなものが付いた「環頭大刀(かんとうたち)」、持ち手が山菜の蕨のような形をした「蕨手刀(わらびでとう)」などが見られますが、現在よく見るような刀身の中央部分がやや高くなった姿ではなく、全体的に平べったい形状をしています(例外があるという説もあります)。また、持ち手部分は刀身と一体になっているものも多く見られます。

国宝「黒漆平文飾剣(柄欠失)」、平安時代(9~12世紀)、奈良県・春日大社蔵

平安京遷都(794年)の頃からは、次第に各種の刀剣に反りが見られるようになってきます。「毛抜形太刀(けぬきがたたち)」と呼ばれる、持ち手部分に毛抜をかたどった透かしの入った太刀もその1つで、持ち手部分が刀身と一体になりながらも、反りが見られます。

優美な姿の時代:古刀期(ことうき)1

移行期があるため、明確な切り替わり時期は特定できないものの、次第に反りのある形状の刀「湾刀(わんとう)」で刀身の中央部分がやや高くなった「鎬(しのぎ)」があり、持ち手部分に別のパーツを被せる形式が主流になっていきます。1140年代には毛抜形太刀が衰退していったことが古文書に記されているので、このあたりが境目の目安と考えることもできそうです。

重要美術品「太刀無銘(古伯耆伝安綱)」 奈良県・春日大社蔵

この平安末期~鎌倉初期の湾刀がその後の日本刀剣の姿の原形となっていきます。冒頭でご紹介した安綱も、この時代の刀工です。刃を下にして腰に「佩く(はく)」、太刀の形式となります。

持ち手に近い手元と先のほうとで刀身の細さが大きく異なって先のほうが細く、刀身の先端の尖った部分「鋒(きっさき)」が小さく、大きく反りがつくのが主な特徴です。

有名な刀工は、伯耆の安綱、備前の友成・正恒・一文字派(いちもんじは)の則宗(のりむね)や助宗(すけむね)、備中の青江(あおえ)貞次(さだつぐ)と康次(やすつぐ)、豊後の行平(ゆきひら)など。

武士らしい力強い姿の時代:古刀期2

手元と先のほうとで刀身の細さがあまり変わらず、全体的に幅広で、刀身の先端の鋒が詰まったように見える「猪首鋒(いくびきっさき・いのくびきっさき)」となるのが、鎌倉時代中期の特徴です。

後期になると、中期と大きくは変わらないものの鋒が少し伸びたもの、あるいは平安末期~鎌倉初期に似た姿となるものがあります。

どちらの時代も反りは強くついていますが、現在博物館などで実際に見ると、経年変化・研磨など手入れによるもの・後天的な加工その他によって、あまり反りがないように見えるものもあります。

この時代を日本刀剣最高の時代と呼ぶ人も多い、鎌倉武士全盛期の刀剣です。

有名な刀工は、中期は山城に粟田口派(あわたぐちは)の藤四郎吉光(とうしろうよしみつ)、来派(らいは)の来国俊(らいくにとし)・来国行(らいくにゆき)、中期~後期は大和に千手院(せんじゅいん)・保昌(ほうしょう)・尻懸(しっかけ)・手掻(てがい)・当麻(たいま)の5派、相模に新藤五国光(しんとうごくにみつ)、備前に一文字吉房(いちもんじよしふさ)・長船光忠(おさふねみつただ)・長船長光(おさふねながみつ)・畠田守家(はたけだもりいえ)、備中に青江助次(あおえすけつぐ)と吉次(よしつぐ)、後期は山城に来国光(らいくにみつ)・来国次(らいくにつぐ)、相模に行光(ゆきみつ)ら、越中に則重(のりしげ)、筑前に西蓮(さいれん)・実阿(じつあ)親子など、書ききれないほどの一大隆盛期となりました。

長大で豪壮な姿の時代:古刀期3

先端の鋒が大きく、1メートル近くにもなる長大な刀が多数作られた時期が、南北朝期です。その分、刀身が薄く作られるなど、軽量化の工夫も見られます。後世に短く作り変えられて、現在では他の時代と同じような長さになっているものが多く見られます。

有名な刀工は、備前長船(びぜんおさふね)の兼光(かねみつ)や長義(ちょうぎ、ながよし)、山城の長谷部(はせべ)信国(のぶくに)や国重(くにしげ)、筑前の左文字(さもんじ)、備中の次直(つぐなお)や次吉(つぐよし)、美濃の兼氏(かねうじ)らがいます。

太刀から打刀へ:古刀期4

室町初期には鎌倉期に似たような姿のものが作られましたが、次第に刃を上にして腰に差す「打刀(うちがたな)」様式のものが多くなってきます。それまでよりやや短く反りも浅くなってき、古い時代の長い刀を短く作り直すこともさかんに行われました。

有名な刀工は、山城の平安城長吉(へいあんじょうながよし)、伊勢の村正(むらまさ)、備前の祐定(すけさだ)や勝光(かつみつ)、美濃の兼定(かねさだ=のさだ)や孫六兼元(まごろくかねもと)ら。

個性が花開く時代:新刀期(しんとうき)

慶長元(1596)年を境として、日本刀剣は「新刀期」に入ります。

刀剣に使われる鉄の質が大きく変わったこと、刃文の形が多様化していったこと、反りが浅くなったことなどが、この時代の大きな特徴として挙げられます。

鉄の質の変化には様々な要因があり、確実にこれだ、というのは分かっていないのですが、製鉄技術の変化とそれに伴う多量生産・分配による全国の鉄の均質化、作刀技術の革新、南蛮鉄(なんばんてつ)と呼ばれるオランダなどから輸入された洋鉄の使用などが考えられるそうです。

ただ、これも作風が一気に変わったわけではなく、次第に変化していく移行期があり、元亀~慶長年間(1570~1614)あたりを古刀と新刀との入り混じった時代、「新古境(しんこざかい)」と呼んでいます。

有名な刀工は、埋忠明寿(うめただみょうじゅ)、堀川國廣(ほりかわくにひろ)、南紀重国(なんきしげくに)、肥前忠吉(ひぜんただよし)、越前康継(えちぜんやすつぐ)、長曾祢虎徹(ながそねこてつ)、助広(すけひろ)、井上真改(いのうえしんかい)、大和守安定(やまとのかみやすさだ)、伊賀守金道(いがのかみきんみち)、丹波守吉道(たんばのかみよしみち)らがいて、個性的な刀が多数作られました。

武家政権の終わり:新々刀期(しんしんとうき)

徳川300年といわれる長大な江戸時代ですが、江戸期すべてを含んだ新刀期をさらに細かく分ける時代区分方法もあります。刀剣に大きな変革をもたらした刀工・水心子正秀(すいしんしまさひで)が活躍した安永元(1772)年から、廃刀令が出された明治9(1876)年までを「新々刀期」と呼んでいます。

主な特徴としては、模様が見えないほど細かくなった地鉄(そうでないものも中には見られます)や独特の鉄質、大きく伸びた鋒などが挙げられます。

有名な刀工は、源清麿(みなもときよまろ)、水心子正秀(すいしんしまさひで)、大慶直胤(たいけいなおたね)、固山宗次(こやまむねつぐ)、会津11代兼定(かねさだ)など。

明治以降の日本を映す:現代刀(げんだいとう)

明治10(1877)年から現在までの、廃刀令以後の刀剣を「現代刀」と呼んでいます。帝室技芸員(ていしつぎげいいん)という、戦前の宮内庁運営機関による美術家最高の称号を授与されたり、人間国宝に選ばれたりした刀工も多数いて、現在でも国家資格を持った刀匠によって刀は作られています。

ざっくりと説明したため、本来はもっと細かな区分や特徴などがあります。また、姿の変化は各時代の戦闘様式によるものともされますが、それ以外の要素についても考える余地があるとする研究者も多く、これからの研究が期待される分野の1つです。興味が出てきたかたはぜひ調べてみてくださいね!

「最古の日本刀の世界 安綱・古伯耆展」

今冬、安綱はじめ古伯耆の国宝・重文がほぼすべて見られる展覧会が、奈良の春日大社で開催されます。
トーハク門外不出の国宝「太刀 銘安綱 (名物童子切安綱)」の特別出品はじめ、安綱一門の名刀、源氏の至宝、源義経ゆかりの「薄緑丸(うすみどりまる)」別名「膝丸(ひざまる)」(箱根神社所蔵)などの展示が予定されている、大規模な展覧会です。

鳥取県指定文化財「刀 無銘(古伯耆)、拵」 鳥取県・大神山神社蔵

また、刀身がまっすぐな「直刀(ちょくとう)」から日本刀剣らしい反りのついた「湾刀(わんとう)」へと移り変わる過程や、刀身を保護する外装「拵(こしらえ)」も同時に展示され、刀剣の歴史にも触れることができます。

主な展示作品一覧

考古資料 直刀(6 世紀) 國學院大學蔵
国宝 本宮御料古神宝 黒漆平文飾剣(柄白鮫) 奈良県・春日大社蔵 ※前期展示
国宝 本宮御料古神宝 黒漆平文飾剣(柄銀打鮫) 奈良県・春日大社蔵 ※後期展示
国宝 本宮御料古神宝 黒漆平文飾剣(柄欠失) 奈良県・春日大社蔵
国宝 本宮御料古神宝 黒漆平文太刀 奈良県・春日大社蔵
考古資料 毛抜形太刀(10 世紀)  國學院大學蔵
国宝 金地螺鈿毛抜形太刀 奈良県・春日大社蔵 ※後期展示
国宝 紫檀地螺鈿銀樋毛抜形太刀 奈良県・春日大社蔵 ※前期展示
国宝 沃懸地獅子文毛抜形太刀 奈良県・春日大社蔵 ※後期展示
国宝 沃懸地酢漿平文兵庫鎖太刀 奈良県・春日大社蔵 ※前期展示
愛媛県指定 太刀 無銘(古神宝) 愛媛県・大山祇神社蔵
国宝 太刀〈銘安綱(名物童子切安綱)〉 東京国立博物館蔵
重文 太刀〈銘安綱(鬼切丸)〉 京都府・北野天満宮蔵 ※前期展示
重文 太刀〈銘安綱〉 和歌山県・紀州東照宮蔵 ※後期展示
重美 太刀〈銘安綱〉  大阪府・壺井八幡宮蔵
米子市指定 太刀〈銘安綱〉 鳥取県・大神山神社蔵
重文 太刀〈銘三条〉 岐阜県・南宮大社蔵 ※後期展示
重文 太刀〈銘伯耆国大原真守〉 和歌山県・紀州東照宮蔵
重文 太刀〈銘真守〉 愛知県・津島神社蔵
重文 太刀〈銘有綱〉 東京都・富士美術館蔵
重文 太刀〈銘有綱〉 愛媛県・大山祇神社蔵
重文 太刀〈銘真行〉  愛知県・熱田神宮蔵
鳥取県指定 太刀無銘(古伯耆) 鳥取県・大神山神社蔵
重美 太刀無銘(古伯耆伝安綱) 奈良県・春日大社蔵
重美 太刀〈銘有成(石切丸)〉 大阪府・石切劔箭神社蔵 ※前期展示
太刀無銘(薄緑丸)  神奈川県・箱根神社蔵

国宝「沃懸地獅子文毛抜形太刀、拵」 12世紀 後期展示(2月1日~3月1日) 奈良県・春日大社蔵

展覧会情報

【開催期間】 2019年12月28日(土)~2020年3月1日(日)
      前期:12月28日(土)~1月26日(日)
      後期:2月1日(土)~3月1日(日)
【休 館 日】 2020年1月27日(月)~1月31日(金)
【開催場所】 春日大社 国宝殿 〒630-8212 奈良県奈良市春日野町 160
【開館時間】 10:00~17:00(入館終了 16:30)
【拝 観 料】 一般 1000(800)円、大学高校生 600 円、中小学生 400 円
  ※( )内は、前売及び 20 人以上の団体料金。
  ※先行特割ペアチケット、グッズ付きチケット、閉館後解説付きチケットなども販売予定。
【お問合せ】 春日大社国宝殿 TEL: 0742-22-7788
      ホームページ: http://www.kasugataisha.or.jp
【本展公式ホームページ】https://kasugakatana.com
【 主 催 】 春日大社、読売新聞社
【特別協力】 鳥取県、名刀「古伯耆物」日本刀顕彰連合
【 後 援 】 奈良県、奈良市

記事中刀剣画像:春日大社 広報事務局提供 ※写真の無断転載を禁じます

主な記事参考資料:
本間薫山・石井昌國「日本刀銘鑑 第三版」雄山閣
小笠原信夫「日本刀の鑑賞基礎知識」至文堂
藤代義雄・松雄「日本刀工辞典 古刀編」藤代商店
日本美術刀剣保存協会発行「日本刀の歴史と姿形の変遷」

書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。