刀装具の中でもとびきりきれいで心躍るのが「鐔(つば)」。刀の柄(つか)と鞘(さや)に挟まれた部分につける板状の金具です。その役割はストッパー。柄を握る手を護り、手が前へすべるのを防ぎます。日本の鐔は大ぶりで平べったい。つまりキャンバスとしても優れているのが特徴です。「だから日本の鐔は、単体でも美術品として成立するんですね」と語る、京都「清水三年坂美術館」館長の村田理如(まさゆき)さんにお話をうかがいました。
飾りといえども武器。鐔も強いんです
「平安以前の金工といえば仏教美術。金属を溶かして成形する鋳造(ちゅうぞう)が主流でした。けれど刀装具は武器ですから堅牢でなくてはいけません。鋳造では弱い。そこで発達したのが鍛金(たんきん)や彫金(ちょうきん)の技術です。室町以前の鐔は鍛金によるシンプルな鉄鐔(てつつば)。砂鉄から取った鉄を溶かして塊にし、真っ赤に熱して金槌で叩く。刀づくりと同じですね。桃山になると、加工しやすい赤銅(しゃくどう)や真鍮(しんちゅう)に彫刻や七宝を施した金工鐔(きんこうつば)も現れます」(村田さん)
一流の金工師と彫金師がつくりました
「戦もなく平和が続く江戸時代になると、諸大名は競いあって〝美しい刀〟を持ちたがり、お抱えの装剣金工に特別な逸品をつくらせます。刀装具は美術品化し、技術も飛躍的に進化。当代一流の金工師がつくる鐔も増えました」(村田さん)
たとえば、京都金工の流れを汲む加納夏雄(かのうなつお)は、余白を生かした絵画のような鐔をつくり、岡山藩お抱えの正阿弥勝義(しょうあみかつよし)は、卓越した彫金技術で躍動感あふれる表現を見せます。江戸の石黒政美(いしぐろまさよし)は、花鳥図のように豪華な鐔で人気を博しました。やがてこうした中から、より緻密で写実的な表現を好む職人も現れ始めます。
刀装具は「明治の超絶技巧」の原点です
彫金などの技術が頂点に達した幕末から明治初期。世界は大きく動きます。開国による海外文化の流入。明治9(1876)年の廃刀令…。
「職人たちは、それまで刀装具に用いていた彫金や象嵌(ぞうがん)の技術を生かし、また海外からの刺激も受け、香炉(こうろ)や花瓶などの新たな工芸品をつくり始めます。これこそが、パリやウィーンの万国博覧会を機に海外へ渡った“明治の超絶技巧”。表現力と技巧の凄さで世界を驚かせた日本工芸の原点には、刀装具の美と技があったのですね」(村田さん)
美しい「鐔」ギャラリー
信家「髑髏に名号図鐔」室町~桃山時代 8.3×7.8㎝ 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives/ドクロ柄の鐔の裏には「南無阿弥陀佛」の文字
信家「巴透鐔」重要文化財 径8.5㎝ 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives/縁起のいい巴文を鉄地に透かし彫り。安土・桃山の名鐔工の作
平田春寛「雪華文七宝鐔」江戸時代 7.0×6.3㎝ 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives/春寛(しゅんかん)は七宝の名門平田家の出。加賀大聖寺に住み加賀七宝を広めた
石黒政美「牡丹に孔雀図」江戸時代 8.1×7.5㎝ 清水三年坂美術館/圧巻の彫金技術を誇る名工の作
長曽祢當則「梅樹透鐔」江戸時代 径7.0㎝ 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives/手仕事の力強さも伝わる美しい透かし彫り
無銘「末広図鐔」江戸時代 8.05×7.4㎝ 清水三年坂美術館/全面に扇を散らした風雅な品。裏は屏風図
田中清寿「茶釜図鐔」江戸時代 7.3×6.6㎝ 清水三年坂美術館/茶釜の蓋は赤銅、ひしゃくは銀、蓋置きは真鍮で写実的かつ洒脱に表現
木村保寿「猿捕茨図 鉄透鐔」江戸時代 8.3×8.0㎝ 清水三年坂美術館/立体的に盛り上げたような彫りが見事
平田玄斎「鳳凰図七宝鐔」明治時代 清水三年坂美術館/カラフルな宝石をちりばめたような七宝鐔。これは裏で、表には鳳凰図が