名古屋刀剣博物館は、東建コーポレーションのオーナーが、平安時代から江戸時代までを中心にコレクションした刀剣や甲冑、鉄砲などの武器や浮世絵、古典史料などを展示する博物館として、2024年5月に愛知県名古屋市にオープンしました。刀剣だけでも550振、刀や薙刀(なぎなた)、槍を収める拵(こしらえ)が300点以上と、幅広いジャンルはもちろん、その点数の多さでも話題となっています。
今回は、アニメや歌舞伎でも上演されている『刀剣乱舞』のような、美しく煌びやかな刀剣の世界に着目。東海圏を中心に活躍するボーイズグループBOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン、通称:ボイメン)のメンバーであり、武道好き、戦国好きの本田剛文(たかふみ)さんが、刀剣の歴史と拵の魅力について、名古屋刀剣博物館学芸員の山田怜門(やまだれいもん)さんに伺いました。
平安時代、刀剣は武器だけでなく、儀式に重用された装束の一部でもあった
本田:刀剣と聞くと、戦うための道具と思ってしまっていたのですが、ここに展示されている拵を見ていると、美術品のように美しくて驚きました。
山田:これらは飾太刀(かざりたち)といって、平安時代以降に皇族や公家といった貴族が儀礼の場で身につけたていたものなんです。位によって持てる刀剣が決められていて、貴族の中でも五位以上しか持つことを許されていないなど、身分を表す象徴でもありました。中には、本物の刀は入れない仕様の拵もあるんです。
本田:正装時に身に付ける装束の一部のようなものだったんですね。この拵なんて、金地に石があしらわれていて、すごいですよね。その時代を生きていない僕でも、相当偉い人が持っていたんだなというのがわかります(笑)。時代を経ても良いデザインや質の良いものというのは伝わるんですね。
本田:柄(つか)※1にあるいぼいぼの部分は、どういう材料なんですか。
山田:これはエイの皮で業界ではサメ皮と呼んでいますが、当時、柄の部分を作るのに、よく使われていました。日本では、サメ皮に適したエイは捕れないので、昔から輸入していたんです。皮が硬くて丈夫であるのと、凹凸があって滑りにくいため、これが使われたんだと思います。
戦のない江戸時代にとって、刀はどんな意味を持つ?
本田:江戸時代も長い間、戦いがなかったわけで、その時代の武士の持つ刀の扱いってどうなっていたんですか。
山田:戦いはなくても、武士の正装スタイルとしては、長い刀と短刀の2本を差していました。ただ、武器ではあるけれど、どちらかというと自分の身分を表すステータスシンボルだったのです
本田:刀のどういった部分に身分の差が出るのですか。
山田:例えば、柄一つとっても殿様だったらこれが使えるけれど、下級武士には使えないといった区別がありました。そういった部分は、平安時代の貴族たちの習わしを受け継いでいるということだと思います。
人と人とを結びつけるのも刀剣の役割だった!
山田:こちらは徳川家康の家臣、徳川四天王の一人、本多忠勝の子孫が使っていたと言われています。将軍に会う時ですとか、重要な儀式に付けていた太刀になります。この時代、大名から将軍に献上したり、将軍から大名に下賜(かし)したり、大名家同志が、結婚の祝いに贈るなど、刀剣は人との関係を結びつける役割も持っていたんです。
本田:人を斬るための道具ではなく、人と人を結びつける役割というのも面白いですね。そうなると立派なものを贈らないと、という気持ちもわかります。
山田:柄の部分には、葵の紋があしらわれています。松平(徳川)家に代々仕えていた三河武士の本多家は、徳川宗家と分家以外に使用を許されていなかった葵紋を唯一許されていたんです。鞘(さや)※2の部分には金の粉を漆で地にくっつけて、それを何度も磨いて輝きを増すという技法を使っていて、本当に見事な拵です。
職人が分業化? 精密機器の組み立てに近い刀剣のすごさ
本田:刀剣を作るというと刀鍛冶のイメージですが、こういった漆芸の職人たちも抱えていたということですか?
山田:当時は、鞘の木材を削る人、木材に漆を塗る人、蒔絵をする人、螺鈿をする人など、それぞれのスペシャリストがいました。金属の部品を作ったり、メッキをかけるなども、それぞれ専門にやっている職人さんがいて、最終的に組み立てて一つの形にしているんです。
本田:パッと見ただけでも、すごい数の分業をしているのがわかりますよね。関市で、刀鍛冶の方の現場を見せていただいたことがあるんです。その時に刀身の部分だけでもかなりの分業だなと思ったんですが、装飾を合わせたら、ものすごい数の職人が関わっていたということになりますよね。
山田:今でいう精密機械の分業と同じような感覚ですね。自動車の組み立てに近い感覚かもしれません。
本田:あの小さい刀剣の装飾、一つ一つの技が精巧で、ここまで来ると本当に美術品ですね。
山田:非常に高価なものではありました。そもそも材料に金とか銀を使っていますし、細工も凝ったものが多いので、これらができる職人の賃金というのも相当高いはずです。当時でも一人で、何本も買えるものではなかったと思います。だからこそ、「伝家の宝刀」といって、大事に受け継いで、伝えられてきているんですよね。
一つ一つの技術を自ら鍛錬で見いだしていく
山田:これも江戸時代の拵ですが、螺鈿の一種の青貝を使って、螺鈿の粉をふきつけて、磨いて研いでいたりします。
本田:当時って、今ほど情報がなく、材料も簡単に手に入る時代じゃないのに、これほど美しく、ここまでのレベルのものを作るのには、ものすごい努力と根気がいりますよね。今の時代なら、これだけ叩けば、いいものができるとか、だいたいわかっていると思うんですけど、そういうことの一つ一つを手探りでやってきたことに感動してしまいます。
山田:本当におっしゃる通りで、現代の職人が見ても、「どうやってこれを作ったのかわからない」というように技術が途絶えてしまっているんです。
本田:後継者不足は、どの工芸の世界でも言われていますが、本当に残念なことだなと思います。
吉祥のモチーフが刀剣の飾りにもあしらわれる
本田:この目貫(めぬき)※3 のところに付けてあるのは、七福神の布袋様ですよね。ますますおめでたくて、絶対に戦に持っていく刀じゃないですね(笑)。さらに反対側は恵比寿様ですよね。
山田:そうです。これだけ小さな飾りを金工の技で作られているのもすごいですよね。博物館や美術館では、360度展示物を見れるところが、なかなかないんですが、刀剣は表と裏で模様が違ったりするので、こういった展示で楽しんでもらえるようにも工夫しています。
本田:確かに、裏側の模様とかまた違った感じで、本当に技が細かいです。僕もそうですが、「日本刀はすごい」とか「世界最強の刃物だぜ」というプライドを持っているけれど、実際にこうやって実物を見て、解説してもらうと、とてつもないカルチャーが詰まっているんだなと実感します。
山田:発注する大名たちも、どんな目貫や鐔(つば)※4 を合わせようか、と楽しんでいる部分もあったのではと思います。
オフの日に使えるオシャレでカジュアルな刀剣も!
本田:これはまた、カジュアルというかカッコいいですね。
山田:これはお城へ行って、仕事をする時のものではなく、オフの日にちょっとはじけた格好がしたいなという時の、刀だったと思います。
本田:はじけた(笑)。武士たちにもファッションアイテムがあったとは驚きです。色彩感覚もいいですよね。模様も浮き出ていてカッコいい。この拵の模様も変わっていますね。描いているんでしょうか。
山田:これはチョウザメの鱗を使っていますね。皮の上に漆を塗って、磨きあげていくとチョウザメの鱗が浮き上がってくるんです。「研ぎだし」という技法ですね。
本田:「研ぎだし」も漆芸の技法の一つですよね。魚の皮で「研ぎだし」をやるというアイディアがすごいですね。
刀剣に込められた壮大なテーマを知る
山田:こちらは、江戸時代の終わり、明治天皇のお父様「孝明天皇」が持っていたと言われる刀です。帯の部分は皮で、そこに波の模様があしらわれています。鞘には、空想の生き物の麒麟が描かれています。当時も、良い政治をした時にしか現れないと伝えられる「麒麟柄」が好まれていたのです。この拵に入っているのが、刀鍛冶でNO.1の評価を受けていた「正宗」です。
本田:現代のように機械や3Dで作っているのとは違いますもんね。きわめて丁寧な手仕事と根気、根性に、僕は頭が下がる思いです。今だったら「こんなすごいもの作りました!」とSNSにあげて、注目されたりする可能性もあるんだけど。当時は、知っている人はごく一部で、後に評価されたみたいな世界ですよね。僕たちみたいに芸能界にいて、少しでも目立ちたい、知られたいという欲求がある人間にとっては、ただひたすら一本の刀剣を作ることに集中した職人魂に感動してしまいます。
山田:これで一生食っていく、と思っている人たちですし、作ったものに言い訳が聞かない仕事ですよね。斬れなかったでは話にならないというのもありますから。
本田:確かに、ある意味、命を預かる仕事なんですね。刀剣の新たな魅力に触れることができて、楽しかったです。ありがとうございました! ということで、また来ます(笑)。
取材を終えて
僕にとって、日本刀というと、武士の魂、戦の道具という印象が強くあったんです。それは事実でもあるけれど、実際に見て、こんなにも多くの職人さんが携わり、アーティスティックで、芸術の域まで仕上げられていることに驚きました。日本には金工、木工、漆工など、さまざまな伝統工芸のジャンルがあるけれど、それらが全部集結されているのが、刀剣なのかもしれません。日本のトラディショナルなことについて学びたいという人は、刀剣を入口にしたら、一気に、日本文化の奥深い部分まで味わうことができる気がします。
Photo/松井なおみ
本田剛文プロフィール
愛知県出身 1992年11月3日 生まれ。弓道弐段 世界遺産検定2級 。新撰組や戦国時代が大好きで、猫愛好家でもある。実家は江戸時代から続く老舗仕出し屋で継げば11代目となる。 NHK Eテレ「キソ英語を学んでみたら世界とつながった。」 に4年連続レギュラー出演中 。地元東海圏のテレビ局に多数出演し、MCや情報番組のレポーターとしても活躍。トーク力に定評あり。西川流家元が主宰する舞台劇「名古屋をどりNEO傾奇者」で3年連続出演した。
名古屋刀剣博物館
住所:愛知県名古屋市中区栄3-35-43
開館時間:10時~17時(最終入館は16時30分)
休館日:月曜日
入館料:一般1,200円シニア(65歳以上)、1,000円大学生・高校生500円、中学生・小学生:300円 ※6歳以下は無料
障がい者(付添1名含む):無料 ※障害者手帳をご提示ください
年間パスポート:5,000円
公式ホームページ