たたら製鉄とは、巨大なふいごをつかって炉の温度を上げ、砂鉄から鋼鉄を精製する技術である。
たたら製鉄は「ロストテクノロジー」と言えるものかもしれない。
日本刀の素材である玉鋼は、巨大なふいごを使った特殊な製法で生産される。今の島根県に該当する奥出雲は、たたら製鉄のメッカのような地域だった。
戦国時代はこの奥出雲を傘下に入れることこそが、強い国を作るための絶対条件だった。日本最高峰、というよりも世界最高峰の製鉄所を確保し、その玉鋼から武器を作って自慢の軍団に装備させる。16世紀の戦国大名がたたら製鉄のために費やした労力は、我々現代人の想像を遥かに超えるものだ。
たたら製鉄と尼子氏
中国地方の戦国大名といえば、毛利元就とその一族を連想する人が多いはずだ。
だが、毛利が戦国大名として強大な力を振るうのは16世紀後半以降である。それ以前の中国地方は尼子氏が頂点に君臨していた。
尼子氏は「衰退勢力」という印象が今も根強く残っている。毛利に月山富田城を奪われた尼子氏とその旧家臣団は、山中鹿之助を筆頭に家の再興のために強大な敵と戦う——というシナリオは忠義の物語として広く語り継がれたのは事実だ。
しかし、それは尼子が斜陽を迎えた時代の話で、16世紀前半までは中国地方の東半分は尼子の勢力圏だった。そもそも毛利元就は、尼子の侵攻に怯えながら細々と生き長らえる弱小領主の次男に過ぎない。一時期は尼子に従属していたほどだ。
尼子は奥出雲を手中に収めていた。
たたら製鉄の産地を支配していた尼子は、そこから作った刀や槍を尼子家中の精鋭部隊である新宮党に配備させた。この新宮党は、毛利元就ですらもまともに相手をすることができないほどの軍事集団だった。
また尼子は、たたら製鉄から打ち出した刀を中国や朝鮮にも輸出している。貿易で得た豊富な資金をも有していたのだ。
「たたら製鉄に興味あるの?」
たたら製鉄の話は尽きない。この話題になると、筆者は熱くなる。
ところが、2019年の現代にたたら製鉄の話ができる人などなかなかいない。最悪、「こいつは刃物狂いだから」と色目で見られてしまう。
そんな中で、刃物狂いの筆者にこう話しかけた人物がいる。
「君、たたら製鉄に興味あるの? なら、名刺交換しようか」
今年1月にとある会場で行われた新年会パーティーでのことだが、偶然にもそこで筆者以上のたたら製鉄ファンと知り合ってしまったのだ。
名刺には「逢沢一郎」と書かれていた。自民党の逢沢一郎議員である。『刀剣・和鉄文化を保存振興する議員連盟』の幹事長をやっているということも本人から聞いた。
筆者は昔から女の子にはモテないが、歴史や文化や伝統産業についていろいろ教えてくれる何十歳も年上のおじさんとは意気投合するタチだ。嬉しくなった筆者は、飲んでいた酒の力もあって「今年中にたたら製鉄の記事を書きます!」と逢沢議員に告げてしまった。その時の約束を、今どうにか果たそうとしているところである。
逢沢議員、この記事読んでくれてますか?
古の技法を現代に
話は逸れたが、たたら製鉄である。
奥出雲に株式会社田部という企業がある。この株式会社田部が、クラウドファンディングMakuakeでこんなプロジェクトを公開している。
たたら吹きの工房を復興させ、地域を活性化させようという内容だ。
江戸時代、松江藩の鉄師頭取を務めていた田部家が古の技法を現代に蘇らせ、玉鋼のナイフを世に送り出そうという血湧き肉躍るプロジェクト。しかもそのナイフの試供品を、筆者の自宅に配送してくれた。
届いたナイフは2本。1本は三徳包丁、もう1本はペティナイフである。まずは三徳包丁。墨流しの技術を用いて16層の鋼を重ねたブレードで、これはもはや美術品とも言える。間近で見ると、模様の美しさのせいで目が回ってしまうほどだ。エッジには玉鋼が使用されている。この包丁はMakuakeを通じて参加者を募っている「たたら吹き体験プラン」の記念品として提供されるようだ。次にペティナイフ。こちらもエッジに玉鋼が使われていて、Makuakeでは5万円の出資枠が設けられている。定価は税込8万8560円というが、確かにそれだけ出しても惜しくないほどの「引力」がある。ブレードを見つめ続けると、その光沢の中に吸い込まれそうな気配さえしてくる。
トマトの極薄スライス!
さて、次にこのナイフで野菜を切ってみよう。
筆者が選んだのはトマトとキュウリ。特にトマトは、そのナイフの切れ味が十二分に試される食材でもある。中身が柔らかいせいで、ナマクラのナイフでは型崩れしてしまうからだ。が、鋭い切れ味を持ったナイフなら上の写真のようなトマトのスライスもできる。実際に手を動かしながら、筆者は驚愕してしまった。まるでカンナを使ったかのような薄さにトマトを加工することができるからだ。三徳包丁、ペティナイフ共にこのような鋭さを誇っている。筆者としては、小型で細身のペティナイフがより扱いやすいと感じた。アウトドアでぜひ使ってみたい1本だ。キュウリのカットは何も考えず、ただナイフを振り下ろしてみる。これが自分の指でなくてよかった、とつくづく感じた。殆ど何も抵抗なく、キュウリが真っ二つになっていくではないか。
これが玉鋼の切れ味か……!
人々の関心が「生命線」
刀剣業界に限らず、日本のあらゆる分野の伝統産業は消滅の危機に瀕している。
それは後継者問題や、少子高齢化の問題も絡んでいるだろう。しかし最大の要因は「巷の人々がそれに関心を持っていない」ということではないか。
もし多くの人々がたたら製鉄に関心を向けていたら、伝統のテクノロジーが本当にロストしてしまうことはないだろう。「大衆の興味」は伝統産業の生命線である。
逆に言えば、伝統産業を途絶えさせないために我々ができることは「一瞬だけでも目を向ける」という行為だと筆者は考える。
まずは1日24時間のうちの数秒間でも構わない。それに目を向けることにより、モノやコトに対する関心は冬空から舞い落ちる粉雪のように少しずつ積み重なっていくだろう。