「刀剣」「ナイフ」と聞いてあなたはどんなイメージを思い浮かべますか? かっこいい、それともちょっぴり怖い…? なんとなくマニアックな世界で遠い存在だと思っている方も多いのではないでしょうか。この記事で登場する和樂webのライターはそれぞれ刃物に魅せられた熱狂的な刀剣ファン&ナイフマニア。一体刀とナイフのどんなところに惹かれたのか、日本の刃物の素晴らしさとは? そして刀とナイフに共通点はあるのか? 熱く語っていただきました!
登場人物の紹介
◆澤田真一:ナイフマニアの漢・澤田。和樂webでは日本文化としてのナイフの魅力を発信。錆びた刃物があれば度々リユースする。
◆きんじょうめぐ:刀剣の世界への入り口はゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」から。気づけば京都まで刀の展示を見に行っていたほどの刀剣ラバー。
◆あきみず:「日本刀剣は永遠の恋人」と語るほど刀剣愛が深い。研磨の弟子修行をしていた経験も。
◆きむらゆう:和樂webの常駐スタッフで日本文化初心者。あきみずさんの企画を担当し刀剣について勉強中。
きんじょう:一番左は薙刀(なぎなた)直し(※)ですか?
※薙刀直し:薙刀の茎(なかご・刀身のうち柄に収まる部分)を切り詰めたもの。
あきみず:こちらは最初からこの姿として作られたように思いますが、おそらく再刃(※)かなというような特徴が出ています。
※再刃:なんらかの理由で刃がなくなった日本刀を焼き直すこと。江戸時代まではさかんに行われていた。
澤田:これはすごいな…。
きんじょう:茎が見たいです。
きんじょう:茎にはうっすらと「正」の字が書いてありますね。
あきみず:正春(まさはる)という銘が入っていますが、調べてもどの刀工か特定できないんですよね。通常の銘とも違う雰囲気なので、もしかしたら本職ではないのかもしれません。でも、とても穏やかでおおらかで、大好きな一振りです。江戸時代中期くらいまでの主流だったという仕上げになっていますので、博物館などでよく見る雰囲気とはちょっと違うかもしれません。短刀は令和元年8月につくっていただいた、現代刀です。小さいものは以前、焼き入れと銘切り体験をした時のものになります。
きんじょう:まだ若いですね。茎がキラキラしています。
澤田:日本刀って小さいものでも茎の部分を柄(つか)に差し込むタイプですね。ナイフでナロータングと言うんです。
あきみず:そうですね。この一番小さいものは小柄小刀(こづかこがたな)というのですが、これにも小柄という持ち手が付きます。
澤田:ナイフだとタング(茎)の部分がそのまま握り手になっている、フルタングというやつなんですよ。
あきみず:刀でいう共柄(※)ですね!
※共柄(ともつか):茎自体を柄として使えるようにしたもの。
きんじょう:でもこの小柄小刀の大きさにあうような目釘(※)がないですよね。
※目釘(めくぎ):刀身が柄から抜けるのを防ぐため柄と茎にあけた穴に通す釘。
あきみず:これは穴を開けず、直接小柄に差し込む形式ですね。ペーパーナイフのようなもので、他のものとは少し異なるタイプです。
きんじょう:初心者で申し訳ないのですが、銘は茎ではなく少し上の部分に彫るんですね。刀の銘ってどれも茎に入っているイメージがありました。
あきみず:そうなんです。小柄小刀が特殊な形式なんですね。
……と、早速あきみずさんにお持ちいただいた刀に、澤田さん、きんじょうさんも興奮度MAXのマシンガントーク。それでは仕切り直して、それぞれの推し刀&ナイフをご紹介していただきましょう!
世界も注目する日本のナイフ!澤田さんの推しは?
澤田:今日はいくつかナイフを持ってきました。まずは2年前に私の誕生日のときに松田菊男さん、キクさんからいただいたナイフです。キクさんはアウトドアナイフの国際的第一人者で、つくったナイフは「キクナイフ」と呼ばれて、世界中の軍人やSWAT(アメリカの警察に置かれる特殊部隊)でも採用されています。そのくらい有名なナイフブランドなんですね。ちなみに、これはハマグリ刃といって、よく見ると刃の断面が膨らんでいるんです。
澤田:キクさんってとてもひょうきんな人なんですよ。職人って一般的には頑固で無口なイメージがありますが、キクさんは話すのが大好きでとても明るい方なんです。この間キクさんの別荘に泊まったときもウイスキーをドンっと出してきて「おまん、ウイスキー飲むか?」って言ってくれるんですね。
きんじょう&あきみず&きむら:(決めポーズ!!!)
澤田:キクさんは研磨の職人です。現代の関市は、いわゆる抜き刃物(※)もたくさん生産していて、それに刃をつける専門の職人が存在します。 この関の製品とは別の打ち刃物(※)の第一人者、福井県越前市の佐治武士先生の鉈がこちらです。積層鋼で鋼材を重ねて打っています。人気があって今はなかなか手に入りません。
※型に流し込むか(鋳造)、プレス加工でブレードを成形するのが抜き刃物。鉄をハンマーなどでたたき出して作る(鍛造)のが打ち刃物。
きんじょう:鋼を積み重ねているということは、削れば層が見えるんですね。
澤田:こちらは昨年亡くなった関市の後藤益美先生の素朴な切り出しナイフです。関市ではほとんどが分業制なのですが、後藤先生は鍛造から研磨まで徹頭徹尾自分で行った関では珍しいタイプの職人です。
澤田:そしてこれは、兵庫県三木市のメーカーがつくっている大人気の肥後守(ひごのかみ)。珍しい切り出しタイプもあります。非常に使い勝手が良くて、海外でも使われていたりインスタでも紹介されたりしてファンが多いです。
あきみず:切り出しにすることで利点はあるんですか?
澤田:ポイント(切っ先)がクリップしていると突き刺しにも良いですね。また、細かい仕事だと切っ先が下がったドロップポイントではなかなかできないんですね。でも、切り出しであればいざとなったらマイナスドライバーのようにくり抜くということも出来ます。
そして、こちらはアメリカのブランドなんですが、Smith&Wesson(スミス&ウェッソン)という銃器メーカーのナイフで「tantoポイント」です。こういった削りの方法は「短刀」からきていて「tantoポイント」と言われているんです。
きんじょう:短い刀の短刀…?
澤田:はい、この「tanto」は英語として通じるんですよ。
あきみず:たしかに、刀の形に少し似ているけれど独特ですよね。
澤田:ここまで直線的だと研ぐのに簡単という利点もあります。短刀以外にも日本由来の刃物用語がナイフ用語として海外で使われていることがしばしばあります。刃文も通じますね、あとは三枚とか…。
きむら:三枚?
澤田:三枚というのは刃物の製造工程です。ちょっとマニアックな話になってしまうんですが、これは高炭素鋼という硬い鋼材の両脇に低炭素鋼(※)を重ねてサンドイッチさせる構造で、これを打ち延ばしてナイフをつくるんです。
※鉄に0.01%以上炭素を含ませると実用たる鋼材になる。含有量が低いと柔らかい低炭素鋼、多いと硬い高炭素鋼になる。また、鍛造と鋳造で炭素のパーセンテージが異なる。
ちなみに、肥後守は「青紙割り込み」といって、低炭素鋼の間に隙間をつくってその隙間に青紙(日本の工場がつくっている鋼材の一種)を割り込むんですね。これを削ると刃の部分だけに青紙が出るんです。これを割り込みといいます。これだけブレードに厚みがあって、切れ味を保っているというのは肥後守のすごいところで、初心者の方にはおすすめの1本です。
あきみず:完全に刀とは逆の発想ですね。刀は基本的に柔らかい心鉄(しんがね)をあんこにして、周りに硬鉄を組み合わせるのでナイフとは硬軟が逆なんです。
澤田:刀に四方詰め(しほうづめ)という鍛刀法がありますよね? 最初に刀の断面図を見たとき、なんでこんなに複雑なんだろう、誰が考えたんだと思いました。だから世界的な影響力があるんでしょうね。
刀には物語性がある! きんじょうさんの推し刀
きんじょう:私は「刀剣乱舞-ONLINE-」のキャラクターから入って、現物に魅かれるようになりました。一昨年開催された「京のかたな」展を観に京都まで行って図録を購入したり、東京国立博物館の研究員で刀剣マスターとも言われている末兼先生のお話もよく伺っています。
澤田:私も美術館や博物館大好きですよ。図録を買うのが趣味なんです。
あきみず:楽しいですよね〜図録も。
きんじょう:今日はその図録を持ってきました! 私の推しは、「太刀 銘 国綱 名物 髭切 鬼切」です。
きんじょう:現物は京都国立博物館で開催された「京のかたな」展で見ました。源氏の重宝「髭切 鬼切」と伝わる太刀です。と言っても、これはあくまでも説でちょっと曖昧な部分もあります。ちなみに、源氏の重宝「髭切 鬼切」と名前がつくのはこの刀だけではないんですね。数あるうちのこちらは、北野天満宮にある「髭切 鬼切」。刀としての推しポイントはこの曲線。全体をパッとみたときの腰反り、この姿が美しいと感じます。
きんじょう:それに加えてやっぱり物語性ですね。なぜこの刀が「髭切」と呼ばれているのかというと、罪人を試し切りしたときに髭まで斬ったから「髭切」というような名前がついた。一番最初はそのような名前だったんですが、のちに源頼朝より少し前の時代、頼光のときに鬼を切ったという逸話があって「鬼切」という名前に変わったんです。
澤田:なるほど。
きんじょう:さらに今度はその兄弟刀である「膝丸」という刀が、平家討伐後の源義経によって箱根権現に奉納されたので、その代わりとしてもう1本「膝丸」がつくられた。すると、人が少し席を外して目を離した隙にその隣にあったはずの新しい「膝丸」が短くなって斬れていたということで、これは「髭切」が斬ったに違いない。これは「友切」だと、言われるようになりました。最終的には源氏の状況が悪くなってきたので、「髭切」に名前を戻したと伝えられています。あくまでも逸話なのですが、これらは平家物語に書かれています。この刀はそんな物語を一身に背負っている刀で、そういった部分が私は好きです。
きんじょう:近世においてだと、山形の最上家伝来の「鬼切丸」で厄除け伝説があるのですが、参勤交代のときに「鬼切丸」も一緒に江戸に持って行くと、「鬼切丸」の下を潜れば伝染病にかからないという噂が広がって、お金を出しても良いから「鬼切丸」の下を潜りたいと言う人々の行列ができた伝説があります。
澤田:すごいなぁ。1本1本に物語があるというのは面白いですね。ナイフにはなかなかないです。
きんじょう:その「鬼切丸」の持ち主は最上家から新しい持ち主に移ったのですが、その人が夜寝ていたら夢の中で「最上に帰ろう!」と出てくる夢を見たとか…本当なの!?と、思うような伝説的逸話がたくさんあるんです。ほかにも、信長が茶坊主をタンスに押しつけて圧し切ったから「へし切長谷部」という名がついた刀もあったり、物語がおもしろいですね。
きむら:ちなみに、この1本だけという刀はあるんですか?
きんじょう:「三日月宗近(みかづきむねちか)」ですね。元々足利将軍家にあって、その後三好政康、豊臣秀吉、秀吉から正室の高台院ねねに守り刀として贈られた刀なのですが、「髭切」「膝丸」のような曖昧なものではなく、「三日月宗近」はこの1本とされています。展覧会に展示されるといつも行列ですね。由来は、刀身に三日月形の「打ちのけ」という模様が見えるからという一説で、宗近は打った人の名前です。
刀の肌を見るのが好き!あきみずさんの推し刀
きむら:あきみずさんは見るポイントとかはあるんですか?
あきみず:肌を見るのが好きなんです。鍛錬によって鉄を形づくっていく工程のときに出る模様なのですが。
きんじょう:刀って研ぎ師の技術がすごく重要ですよね。
あきみず:そうですね。鉄の美しさをここまで引き出す作業をするのは日本だけで、研師の技術が大きく影響する部分ですね。色の加減も研師によって変わったりしますし。
きむら:色?
あきみず:好みとか依頼内容とか、理由はいろいろあるのですが…例えば肌の黒くなっている部分は、研磨によって濃淡が変えられます。刃の中の白い部分もそうなんですけれど。
きんじょう:私は匂(※)も好きですね。
※匂(におい):刃文を構成する粒子が肉眼で識別が難しいほどとても細かく、見た目は白いもやがかかったように見える状態。
あきみず:この正春は全体的に沸(※)が強いのですが…うっすら金筋(※)など見えると思うので見てみましょうか。今は(おそらく)再刃状態なのですが、金筋とか結構見どころがあって気に入っています。
※沸(にえ):刃文を構成する粒子が粗く、肉眼で確認できるもの。
※金筋(きんすじ):沸が集結してできる、金色の光を放つ長い線状。
あきみず:うーん、今日はしっかり光源など準備してこなかったので、ちょっと見えづらいかもしれません…。見えるときは刃文を光に透かすとキラッと光るんです。
きむら:手入れとかもたいへんなんですね。今日お持ちいただいた中で、あきみずさんのイチオシはどれですか?
あきみず:注文で打っていただいたこの子です。
あきみず:まだ研いでいる最中なんですが、これが思いもかけずスペシャルになったのが靖国鉄なんです。戦時中に、今でもたたら製鉄を行っている島根県・奥出雲の同じ場所で作られていた品質の良い靖国鉄というのがあったんです。それがたまたま手に入って使ってくれたんです。今では手に入りにくいものなので可愛がっていますね。
きんじょう:依頼からここまでの仕上がりはどれくらいの期間ですか?
あきみず:研磨していない状態で登録証だけとっていただいので1カ月半くらいですね。むしろここから後の工程のほうが時間がかかると思いますね。
きむら:ほかにも持ってきていただいてますが、右側にあるのはなんですか?
あきみず:目貫(めぬき)といって刀の柄の中央に付いている小さな金具で、ふつう表裏あわせて1セットになっているのですがこちらは片方だけですね。片方になっていると安いんです。手段としては普段は刀剣商や刀剣市で購入していますね。
あきみず:なんらかの理由で完成させなかった刀を御守りとして仕上げたものです。刀の断面って通常見ることができないですし、面白いですよね。
きんじょう:要は刀身の部分をバチっと切ったもの、ということですか?
あきみず:そうですね、どこを切ったかはわかりません。刀って作業中しょっちゅう刃切れてしまうので成功品はとても少ないと聞きますね。
澤田:こういった使い方もできるんですね。
刀とナイフの共通点は?①お守り的エピソード
きむら:刀とナイフの共通点について考えてみたいのですが、ナイフにも「髭切」のような物語はありますか?
澤田:パッと思いつくのはフロイド・ニコルスの話ですね。太平洋戦争のときのアメリカ軍の話なのですが、柄にインディアンをあしらったコインをつけることで有名なフロイド・ニコルスという職人がいて、それはアメリカが正式採用したわけではなく、それぞれの兵士が個人的に注文していたんです。日本軍でいうところの千人針のようにお守りとして持っていたみたいなんです。
きむら:そういえば刀は、戦いではほとんど使わなくてお守り的要素があったというのを聞いたことがあります。
きんじょう:戦国時代は戦いの武器としてみんな持っていましたが、イメージとしては贈答用や政治の道具のような感じがします。大典太光世(おおてんたみつよ)という刀があるのですが、前田家のお姫様が病気になってしまったとき秀吉が病気平癒のためにその刀を贈った話があります。その裏には政治的背景というのがもちろんあると思うので、戦として人を殺すというよりも戦を起こさないために平和的に解決するための手段の1つとして刀が用いられていたこともあるのかなと思うときがありますね。
あきみず:そっちの方が大きいのではないかと思いますね。ちなみにこの刀は注文品なので特殊ですが、茎(なかご)に不動明王の梵字を入れてもらっています。通常は刀身に彫ることが多いのですが。梵字もお守りの要素が強いのではないかと。ただ、短刀は刀とは少し違う役割を持っていたようですが。
澤田:実はキクナイフにもこんなエピソードがあります。アフガンかイラクでアメリカ兵が胸にキクナイフを付けて歩いていたんです。胸ポケットに入れていたか、或いはサスペンダーにぶら下げていたか……。そのとき撃たれてしまって、そしたらキクナイフが見事に盾になって心臓を守ったんです。
きんじょう:まるでコミックの世界みたいですね!
あきみず:あとは刀って割と刃こぼれします。戦いのときはまずは投石や弓、薙刀、そして最後の手段が刀で、とても強い最強の武器と考えられているけれど、もろいです。持ちながら喋っていると唾が飛んでそこから錆びてしまいます。折れず、曲がらず、よく斬れるといわれていますが、折れるし、曲がるし、刃こぼれするし、錆びつくし、傷つくし…。これは刀の意外なところかもしれませんね。
きんじょう:美術館で展示されるときは必ずアクリルケースですよね。湿気などの保存環境も非常に大事になってくるみたいです。
澤田:ナイフはやっぱり現代的な鋼材を使っているのでほとんどは錆びにくい、もしくは錆びないというのがあります。
あきみず:ちなみにナイフは鑑賞という側面はありますか?
澤田:ナイフは鑑賞ではなく、実用ですね。逆に自分の作品が鑑賞用になるのを好まない職人もいます。アメリカのナイフの第一人者のボブ・ラブレスさんという方は、鑑賞用ではなく使ってくれ、これは実用だと言うんです。今ではプレミアがついて1本何十万とするのですが。
きんじょう:そうなると刀とは全く違いますね。先ほど話したように武器としての機能が第一だったというのは疑問ですし…現代でも贈答用としても使われていますかね?
あきみず:天皇家では皇族が生まれると必ず贈られると聞きます。あとは地方によってですがお葬式の時に魔除けとして故人の柩の上に脇差を置くことがあるそうです。
きんじょう:そういえば和装の結婚式のときは短刀を守り刀として帯に差し込みますね。
刀とナイフの共通点は?②一般的なイメージ
あきみず:澤田さんは、ナイフ愛好家として一般的に思われているものと違いってありますか?
澤田:偏見だらけですね(笑)ナイフは危険だとか、集めているだけで危ないと言われてしまいますね。でも、それが産業として成立している。しかも日本のナイフ産業が世界的に最先端であるということを私は伝えたいんです。
あきみず:日本の文化としてのナイフがまだ知られていないということですか?
澤田:そうですね。関市、三木市、小野市、越前市、三条市で素晴らしい刃物が生み出されていて、私はそれを集めているにすぎないんです。
記事にも書いたんですが昔、昭和30年代に刃物追放運動があったんですね。そのときある事件によって、肥後守をつくっている会社の注文のキャンセルが相次いだんです。そもそも肥後守自体が事件に関与している訳ではないのですが、それが刃物かそうじゃないかという違いだけで、悪影響だとされてしまったんです。
あきみず:そもそもナイフって登録証はつかないですよね。
澤田:刀剣ではなく作業用の工具という扱いなので必要はないですね。
あきみず:刀は美術品扱いなんです。でも先ほどの追放運動のお話をお聞きすると、刀の登録証は昭和23年に始まって、それがいわゆる刀の1つのターニングポイントになっている時代なので、若干刃物と通じるものがありますね。ナイフの一般的イメージも刀と同様かもしれません。作業上、刃先に触れることもあるのですが、実演で刃を握って作業しているとびっくりされることも多かったですね。
きむら:あきみずさんが刀に夢中になったきっかけは何だったんですか?
あきみず:それがですね…言葉で説明するときには、中学の図書室で刀の本に出合って…という話をするのですが、好きなものはしょうがないんです。説明ができない(笑)
澤田:私もそうです。なぜハマったのかというと、男の子だったら生涯一度はナイフに魅せられるんじゃないかなと思います。私はそれをこじらせたにすぎないわけで。
きむら:こじらせた(笑)
澤田:最近、即売会の会場に行ったときに感動のシーンに出くわしたんです。親子連れでお子さんが小学生の男の子で、お父さんが「こういうのを間近で見てものづくりに興味を持ってくれたらそれで良い」って話していたんです。これなんですよ、僕が求めていたのは…。
あきみず:私も同じようなことがありました。小学生の女の子が、刀の講習会に来ていて講習会自体には申し込んでいないけど大好きだから見たいと言って、これは次世代の愛好家だなと感動しました。
澤田:あの、声を大にして言いたいんですが、本当にナイフも日本刀もブレード(刃)を見つめてそれに憧れたりため息をついたりするのは健全な精神だと思うんです。だから博物館や美術館に行って本物を間近で見てほしいですね。できれば展示品の前でメモをしないで見てほしいです。目の前の現物に集中してじっと見ることが大事なんです。
きむら:どこらへんを見れば良いと思いますか?
澤田:それは各個人の興味で良いと思います。刃の模様が美しいなぁと思ったらそこを見れば良いですし、柄の部分や素材だけに注目しても良い。もう人それぞれだと思うんですよ。だからここを見ろ、など定義付けを誰かがしてはいけないと思うんです。
あきみず:刀も同じだと思います。本物に相対した時だけ感じられる感動だったりインスピレーションがありますね。東京国立博物館に「大包平(おおかねひら)」という有名な刀があるのですが、それを目にしたとき、どこを見たいかではなくて、その存在と相対したいという気分になりました。本当に誰もいなかったら跪いていたくらい。本当にすごくて、大好きでしょうがないです。
きんじょう:日本刀を見る場合は東京国立博物館の常設展はおすすめですね。入場料600円(価格改定あり・2020年現在、一般1000円、各種割引あり)かかりますが、その金額以上の価値はあると思います。
あきみず:両国(東京)には日本刀剣の最高研究機関、日本美術刀剣保存協会に併設された刀剣博物館がありますね。
きむら:ナイフはどこで見たり買ったりすればいいですか?
澤田:ナイフの販売店自体少なくなってきているのですが、カスタムナイフについては基本的に即売会で実物を見て購入しています。ナイフには肥後守やオピネルのようなメーカーがつくるメーカーナイフと職人が1本1本自作でつくるカスタムナイフがあるのですが、カスタムナイフはオンラインではほとんど出回っていません。あったとしてもキクさんのような名のある職人のナイフはすぐにsold outが目立ちます。最初の1本を購入するのであれば肥後守がおすすめです。オンラインで買えますし、なんといっても質が高い。メーカーナイフというとメーカーが量産したもの=質が悪いというイメージがあるかもしれませんが、日本のメーカーナイフはとても質の高いものが揃っています。
日本と西洋の刃物の違いは?
きむら:刀とナイフ、若干似ているところがあるのだなと思いました。海外と比べてみると、日本の刃物に特徴はありますか?
澤田:焼き入れの違いですかね? 日本と西洋で考え方が違います。日本の刀や包丁は水焼き入れです。柳刃包丁には水焼き入れとわざわざ書いてありますが、それは高級品の証で水焼き入れは硬くなります。その分急激に冷やすのでヒビが出やすく成功率は低くなってしまう。対して西洋の油焼き入れは、ある程度熱した油の中に突っ込むので、緩やかに冷えていく。成功率は高いですが、その代わりに水焼き入れほど硬くはなりません。
きんじょう:西洋の剣と日本刀自体、そもそも作り方も考え方も違いますよね。
澤田:西洋のはやっぱり柔らかいですね。そして、水焼き入れが終わると焼き戻しという作業があるんですよ。ある一定の温度を続けて入れて、柔らかくするんです。
きむら:柔らかく…?
澤田:そう、あれさっき硬くしたのになんで柔らかくするんだ?と思うじゃないですか。硬い鋼材というのは脆いです。例えばダイヤモンドで刀が作れるかという話で、作ったとしてもすぐにパーンと割れてしまいます。ガラスと同じで、硬いというのは割れるということなんです。だからダイヤモンドはヤスリには向いているけれど、刀にはまったく不向きなんです。
澤田:それと対照的なのは金。小さい金を叩くと何枚でも金箔が作れるようにどこまでも伸びる。金属にはそういった性質があります。だから焼き入れしたはいいけれど、あまり硬くなりすぎると打ち合っているときにすぐに刃こぼれしてしまうんです。だからある程度焼き戻しをする。じゃあ、その頃合いはどのくらいかというと、それがわかっていたら私職人になっています(笑)
きむら:最初にお話しした、高炭素鋼と低炭素鋼の2種類を使った割り込みや四方詰めのように「硬くて柔らかい」というのはそういうことだったんですね。
刀もナイフも事前の知識は必要?
きむら:では最後にお聞きしたいんですが、美術館や博物館に行くときは事前知識はなくても良いってことですか?
あきみず:やっぱりまずは、本物を見るのが大事かなあ、と思います。特長から覚えるんじゃない、細かいところを見ていると本質が見えなくなるというのは言われたことがあります。刀を見るとき、人を見るように顔を覚える。そうすると、その人の子供、弟子にしても血統が繋がっているから分かるよねって。とても難しいですが…。
澤田:知識先行だと蚤の市などに行ったときに偽物を見抜けなくなってしまうんですよね。ナイフの世界にもよく偽物が出回ってしまうことがあります。
あきみず:そうですね。例えば、「骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)」という刀がありますが、これは現在では山城の粟田口藤四郎の作ではないんじゃないか、ともいわれています。特徴的に備前あたりではないか、と。刀剣にはいろいろな要素があるので、研究が進みにくいということもあるのですが。それで、刀をみるときに知識が必要かという話ですが、あったら面白いけどなくても充分楽しめるよねとわたしは思います。
きんじょう:刀って未だに未解明な部分が多いですよね。美術館や博物館に行くときは私は作品の知識や背景は事前に調べずに見ます。刀以外の展覧会でもとりあえず見に行って、図録を買って勉強するというのが多いですね。
澤田:あとは、和樂webの私たちの記事もガイドブックも全ては語っていないですし、全ては語れないんですね。なので実際に見に行くことが一番ですね。
あきみず:記事はライターのフィルターがかかった上でアウトプットされているので、それを外したら違う光景が見えるかもしれませんね。でも、私がやりたいのは「これだけ楽しいぞっ」というのを伝えたくて、それは私たちの技術にかかっていると思うのですが…(笑)これだけ魅力的だから、やっぱりみんなにも知ってほしいというのはありますよね。
予想以上に盛り上がり、約2時間熱く語り尽くした今回の座談会。記事に詰め込みたいことが他にも盛りだくさんでしたが、今回は11000字でお伝えしました。これを読んで刀剣&ナイフに少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
今後も3人のライターの記事もお楽しみに!
▼記事一覧
あきみずさん:https://intojapanwaraku.com/author/akimizu/
澤田さん:https://intojapanwaraku.com/author/masakazu-sawada/
きんじょうさん:https://intojapanwaraku.com/author/megu-kinjyo/