江戸時代の遊里・吉原の遊女というと、派手な髪型に豪華な衣装というイメージをもっている方が多いのでは? しかし、江戸時代も現代と同様、ファッションには流行がありました。清楚な女性が好まれた時代もあれば、盛りに盛った派手系が人気だった時代も。
移り変わる遊女たちのファッションを、浮世絵でみていきましょう!
17世紀
徳川家康が江戸幕府を開いたのが、1603年。その後1617年に、遊郭・吉原の営業が許可されました。17世紀は吉原の黎明期です。
この頃の浮世絵を見ると、一般の女性がちょっとおしゃれにした程度の外見。当時はあまり派手でない女性が好まれていたようです。
吉原の町も、まだそこまでの華やかさはありません。
18世紀
吉原が産声を上げてから100年以上たった18世紀。吉原の文化は盛り上がりを見せ、浮世絵や歌舞伎など、さまざまな芸術・芸能に取り上げられます。
頭の飾りが増え、衣装も豪華に。吉原の町も賑わいをみせています。
華やかな花魁道中も人気を集めました。
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19世紀
どんどん派手になっていく遊女たち。こんなに飾りをつけて、頭を動かすのも大変そうです。
比べてみると、どれだけ派手になっているかは一目瞭然!
あなたは清楚な遊女、ゴージャスな遊女、どちらが好みですか?
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