なぜ漁師町で虎の舞が行われるのだろう?一見関係のなさそうな漁師と虎。どんな繋がりがあるのかを知りたかった。そして、漁師が虎に接続する感覚を自らの身体で体感したいとも思った。そのような経緯から、2020年11月21日三陸芸能短期留学に参加した。
青森、岩手、宮城の三県にまたがる三陸は芸能の宝庫であり、2000以上の郷土芸能の団体があると言われる。それらの団体が継承する6つの芸能の中から好きなものを選び、教わることができるプログラムが三陸芸能短期留学だ。私は岩手県大槌町に伝わる虎舞(とらまい)を習った。
現地に行って習うのが毎年恒例のようだが、今回は新型コロナウイルスの影響もあり、オンライン会議システムであるZOOMを活用しての開催となった。そこで知った虎舞の由来と、実際にオンラインで虎舞を習った感想をご紹介したい。
漁師が虎舞に込めた想い
この短期留学プログラムは、19時から21時まで実施。
開始時間にZOOMを開いた途端、虎舞に使う黄色の胴幕が見えて心躍るような感覚を覚えた。同時に、最近なかなか祭りに参加する機会がなく、忘れかけていたお祭り魂がくすぐられるようにも感じた。
今回のプログラムの導入として、まずは虎舞の由来や歴史を教わった。
虎舞の由来は中国の言い伝え
虎舞の由来は、中国の古い言い伝えが元になっている。「雲は龍に従い、風は虎に従う」という言葉がある。漁師は風を原動力として帆船を扱うため、風を司る虎は特別な存在なのだ。また、虎の習性を表現する「一夜にして千里を往って千里を帰る」という言葉もある。虎は神に通じる力を持つ航海の安全の守り神と考えられた。漁師は芸能を通して自らが虎になることで、航海の無事を祈願したのだ。
虎舞の始まりと歴史
歴史を遡れば、虎舞の始まりには様々な説がある。代表的なのは、約800年前に陸奥の国を領有していた閉伊頼基(へいよりもと)という人物が、武士の士気を高めるために虎の着ぐるみを着せて踊らせたというもの。当時の踊りがどんな動きだったかは分からないが、武士たちはそれを見てやる気を鼓舞したのだ。また、江戸時代中期には、近松門左衛門の浄瑠璃「国姓爺合戦」が江戸で大流行した。その一場面である「千里ヶ竹」に虎退治の演目が登場し、それに感動した船乗り達が故郷・三陸で踊りを広めた。虎舞が創作舞踊の形で、民衆に広がったのもこの頃だろう。
岩手県大槌町に伝わる虎舞
今回習ったのは、岩手県大槌町の大槌町虎舞協議会が継承する虎舞。大槌町には安渡虎舞(あんどとらまい)、吉里吉里虎舞(きりきりとらまい)、向川原虎舞(むかいがわらとらまい)、陸中弁天虎舞(りくちゅうべんてんとらまい)、大槌城山虎舞(おおづちしろやまとらまい)の5つの虎舞団体があり、そのうち吉里吉里虎舞を除く4団体が所属するのがこの大槌町虎舞協議会だ。
今回はこのうち、向川原虎舞、陸中弁天虎舞、大槌城山虎舞の三団体の共通演目を教えていただいた。この三団体の演目は虎の生態を繊細に踊りに組み込んだ芸風が特徴で、虎が笹で歯を磨くシーンがあるなど、とてもユニークで迫力のある演技が見どころだ。
虎舞を実際に体験
虎舞の由来や歴史の説明の後、実際に「遊び虎、跳ね虎、笹喰み」という3つの演目を披露していただいた。1体の虎には2人の演じ手が入り、他のメンバーは太鼓や笛などの演奏を行う。遊び虎はゆっくりと左右に揺れる動きが多い一方、跳ね虎はリズムが急になって8の字を描く。笹喰みは2体の虎が相互に笹の陰から様子を窺い合う場面から始まり、笹を押し倒して歯を磨いたり、2体でじゃれあったりと大胆で迫力のある演技が展開される。
その後、踊る上での基本動作を直接教えていただき、参加者はその成果を一人一人披露するというのを何回か繰り返して行なった。例えば、立った状態で左、右、左、右と足を交互に少しずつ前に出し、最後に真上に向けてジャンプするという動きもあった。
実際に習ってみて、虎舞の魅力は力強い動きや迫力のある演技にあると感じた。漁師町の郷土芸能を取材していると、海を相手に時には荒波と戦う逞しさや激しさを踊りの中に感じることがある。
この大槌町の虎舞もその例外ではない。今回はオンラインで練習したので動きが激しい分、画面に全身が映らなかったり、画面の速度が実際の速度に追いつかなかったり、体を動かす角度の認識が難しかったりと困難もあった。しかし、丁寧に教えていただいたので、思った以上にオンラインでも練習は成り立ち、しっかりと踊りを習得できることがわかった。また、海外からの参加者もいたので、どこにいても気軽に参加できるという感覚を持つことができた。
若い人から見た虎舞の魅力
この短期留学のプログラムを締めくくるにあたり、司会の方が20歳前後の若い男性の踊り手に虎舞の魅力を聞くという場面があった。虎舞の一番の魅力は、「虎舞に携わっている皆さんが元気なところ」とのこと。上下関係が特段厳しいわけでもなく「先輩が怖いというイメージはない」とも話されていた。また、虎舞に参加したきっかけは、「15歳の時に誘われたから」とのこと。誘われてすんなりメンバーに溶け込むことができ、楽しく踊れている若い世代が少なからずいると実感できた。
オンライン配信と郷土芸能の継承
日本全国の郷土芸能は今、新型コロナウイルスの影響で練習や本番の中止を余儀なくされ、人手不足も相まって今後の運営をどうしようか話し合いをしている団体もあると聞く。また、新型コロナウイルス対策で、練習場所はソーシャルディスタンスのために広い会場を借りなくてはいけないなど支出は多い一方、出演機会が減り収益を確保するのが難しいという声も聞く。
オンラインをうまく活用することは、その課題解決の一助になるかもしれない。2020年7月、郷土芸能の中でも虎舞とルーツが近いと言われる獅子舞の分野では、コロナ退散の演舞を全国一斉でオンライン配信する取り組みが行われた。
練習でも本番でもオンラインを上手く活用して、郷土芸能の継承に繋げるのは良い方法かもしれない。こんな時だからこそ、厄払いや安全祈願といった郷土芸能の本来の意味を見つめ直す良い機会でもある。踊った後の乾杯はもう少し先の楽しみだろうが、各団体がこの状況を前向きに捉えて頂ければと思う。
参考リンク
三陸芸能短期留学
https://sanrikuarts.com/air.html
三陸国際芸術祭推進委員会
大槌町虎舞推進協議会
https://sanfes.com/2019/artists/otsuchi-cho-toramai-kyogikai