図書館には司書、博物館や美術館には学芸員という専門職がいるように、公文書館には公文書管理や文書保存・利用の専門家である「アーキビスト」がいます。国立公文書館では、2020年にアーキビストを公的に認証する仕組みを創設し、2021年1月に190人の「認証アーキビスト」が誕生しました。アーキビストの活躍が広がることで、どんな未来が開かれるのでしょうか?公文書管理の歴史をひもとき、アーカイブズとアーキビストの役割と可能性を考えてみたいと思います。そこで、アーキビスト認証委員会委員長で、学習院大学名誉教授の高埜利彦(たかの・としひこ)さんにインタビューしました。2021年に開館50周年を迎えた国立公文書館をご紹介する記事の【後編】では、「認証アーキビスト」と新館建設計画の旬なトピックスをお届けします。【前編】はこちら
本編に入る前に、「アーカイブズ」と「アーキビスト」の意味を確認しておきましょう。
「アーカイブズ(Archives)」とは、「第一の地位」「役所」などを差すギリシア語「アルケイオン」が語源。現在では、①個人や組織が作った記録文書など②記録の保管施設―という二通りの意味で主に使われています。この記事では、②の公文書館や文書館などの施設のことを、「アーカイブズ」と表記することにします。
一方、「アーキビスト(Archivist)とは、公文書館をはじめとするアーカイブズにおいて働く専門職員を言います。国立公文書館のサイトでは、「アーキビストは、組織において日々作成される膨大な記録の中から、世代を超えて永続的な価値を有する記録を評価選別し、将来にわたっての利用を保証するという極めて重要な役割を担います。アーキビストが存在しない組織では、 その時々の担当者の考えや不十分な管理体制によって、本来は残されるべき記録が廃棄されるなど、後世に伝えられるべき重要な記録、さらにその記録をもとに記されるはずの歴史が喪われてしまう恐れがあります」と紹介されています。
What is アーカイブズ?
1987年成立の公文書館法で「専門職員その他必要な職員を置くものとする」と規定されていましたが、アーキビストの資格整備は、足踏み状態が続いてきました。高埜さんは、公的なアーキビスト資格の創設を目指し、30年以上、尽力してきました。
高埜利彦氏プロフィール
–日本近世史がご専門の歴史学者である高埜さんが、アーカイブズに携わるようになったきっかけを教えてください。
高埜:1993年に学習院大学で史料館館長に就任したのがきっかけです。立場上、資料保存を考える必要があり、40代半ばから一から勉強しました。ただ、歴史学とアーカイブズ学は全く別の学問だと気づくのに随分と時間がかかりました(笑)。そもそも「文書」をどう読むか。そこから違いますから。歴史学の「古書・古文書」は「こもんじょ」ですが、アーカイブズ学だと「ぶんしょ」ですからね。
私のファミリーヒストリー
–公文書館は暮らしから縁遠いイメージを抱いていたのですが、欧米のアーカイブズは先祖探しをするため、多くの市民たちが気軽に立ち寄るスポット。日本でもNHKの番組「ファミリーヒストリー」で関心を呼んでいます。高埜先生も、公文書館でファミリーヒストリーを「発掘」されたご経験があるそうですね。
高埜:2021年9月で101歳になった私の母が、香川県出身というのは知っていました。でも今から30年ほど前、70歳の頃になって急に「北海道で生まれた」と言い出したのです。どうも事業がうまくいかなくなった曾祖父が田畑を手放したため、祖父は妻の兄(義兄)と共に、香川から開拓農民として北海道に渡り、そこで母は生まれたらしいのですが、詳しいことは分からなくて…。
–それで、どうされたのですか?
高埜:開拓の申請書の帳簿が、北海道立文書館に保管されていると、アーキビストに教えてもらったのです。文書館で帳簿をめくり、祖父たちの名前を探し当てた時は「やったぞ!」という気持ちでしたね。そこに記された地名から、入植地が喜茂別(きもべつ)だと分かりました。そこへ行ったら、廃校になった小学校の校庭に、祖父の義兄の名前が刻まれた記念碑が当時、残されていました。義兄は教育に熱心で、学校用地を寄付していたのです。私の母はその学校の近くで生まれ、丸太小屋で幼少期を過ごしたらしい。実は、祖父とその義兄の妻たちは姉妹だったのですが、スペイン風邪で2人とも亡くなってしまった。それで祖父は再び、幼い母を連れて香川へ戻ったのです。
–知られざる家族のドラマがあったわけですね。
高埜:アーキビストの助言から、私のファミリーヒストリーがつながったわけです。これこそアーカイブズの力ですよ。
公文書管理の歴史をひもとけば
–先ほど、歴史学とアーカイブズ学は別の学問だとおっしゃいました。どんな時に違いを感じましたか?
高埜:世界のアーカイブズ研究者たちの業績に触れ、諸外国の実例を知ったときに一番感じましたね。その国のかたちや国家観によって、公文書館にはさまざまな個性があります。
近代的アーカイブズはフランス革命から始まった
–そもそも、近代的なアーカイブズはどうやって始まったのでしょうか?
高埜:欧米で最初にアーカイブズを作ったのは、フランスです。革命が起きた1789年、まず議会の文書館ができて、その翌年に、国立文書館が設立されました。
–市民への情報公開のほかに、狙いは何だったのでしょう。
高埜:それまでの圧政の証拠である、王政の記録を残さなくてはいけないとの思いからでしょう。つまり、当初から「民主主義のアーカイブズ」という位置づけだったと思います。フランス革命をきっかけに、世界各国でアーカイブズの整備が進んでいきました。
–『ブリタニカ国際大百科事典』によると、オランダで1802年、イギリスでは1838年、アメリカでは1934年に国立のアーカイブズが設立されていますね。
高埜:欧米の植民地となったインドネシアやフィリピンなどアジア諸国でも、早くからアーカイブズが設立されました。
大岡越前たちの文書管理術
–フランス革命が起きたとき、日本は江戸時代。高埜先生のご著書『天下泰平の時代』によると、大岡越前守ら譜代大名4人が月交替で務めた寺社奉行の引き継ぎで、独自の公文書管理システムがあったと書かれています。「御用箱(ごようばこ)」と呼ばれる箪笥(たんす)に入った行政文書を、目録作成の上、選別し、進行中の業務に関する文書だけを次の当番に引き継ぎ、当分使わない文書については、別の箪笥に収納する仕組みになっていたそうですね。
高埜:当時の人たちの知恵でしょうね。「非現用文書(現在使っていない文書)」を別の場所に移し、「現用文書(今使っている文書)」を生かしていこうというのは。でも、江戸幕府の3代将軍家光の時代まではそうでもなかった。ある人物が自分の頭の中に入っていた記憶に基づいて、問題処理に当たっていました。例えば、寺社政策だったら、金地院崇伝(こんちいんすうでん)という感じで。
【金地院崇伝】 1569~1633、江戸初期の禅僧。「以心(いしん)崇伝」とも。徳川政権に仕え、公家諸法度などを作成し「黒衣の宰相」と呼ばれた。
–それが変わったのはなぜでしょう?
高埜:官僚機構というのは、誰がその地位に就いても機能させなければいけない。世界的にみても、官僚制が確立されると、文書にして記録・保存する考え方が出てくる。トルコやイギリス、中国の事例も同様でしたね。
–書類に基づいて事を進める「文書主義」という考え方ですね。
高埜:江戸幕府の支配体制が確立された家光の時代から、譜代大名たちから選ばれた優秀な役人たちが、先例はどうだったのか、残された公文書の記録を検証しながら、政策を進めていきました。各藩でも同じ手法を取っていました。幕府が残したその史料は「内閣文庫」として、国立公文書館にも継承されています。朝廷でも、何か事が起きれば過去の先例をすぐに遡(さかのぼ)れるように、しっかりと史料を残してきました。その史料は、宮内庁書陵部に引き継がれています。
–農村では、どうでしたか?
高埜:村々でもしっかり記録を残していましたよ。江戸時代は、村単位で領主に年貢を納める「村請制(むらうけせい)」。年貢を完納すると、領主が出してくれる「年貢皆済(かいさい)目録」は、村にとっては領収書のような証拠品ですから、名主ら村役人が大切に保存・管理していました。
受け継がれる農業用水の絵図面
–史料調査で印象に残ったエピソードはありますか?
高埜:山梨県一宮町のかつて名主だった桃農家で、農業用水の絵図面を見せてもらったことがあります。水争いを防ぐため、上流から下流までの村々に水が届くように、取水量の割合を定めたもので、今日まで継承されています。江戸時代は、上から下までアーカイブズの必要性をきちんと認識していたと思います。
–明治以降はどうでしょうか?
高埜:大日本帝国憲法が施行された1890(明治23)年以降になると、第1条に書かれた「大日本帝国ハ万世一系(ばんせいいっけい)ノ天皇之(これ)ヲ統治ス」という国家体制を敷くようになりました。つまり、天皇が主権者であり、国家神道によって神聖不可侵の現人神(あらひとがみ)とされたのです。
宮内庁が天皇の生涯をまとめた公式記録『歴代天皇実録』と、東京帝国大学(現・東京大学)史料編纂所が編纂する史料集『大日本史料』という2つの正史を通じ、天皇と国家の歴史が国家事業として編纂されました。つまり、天皇という一君の下、国民はその赤子(せきし)として共通の歴史を学べばいいわけですから、個人の歴史や、地域の史料保存は二の次にされました。
–官僚たちの考え方はどうだったのしょうか。
高埜:役人たちは、1887年に制定された「官吏服務紀律」で、天皇とその政府に忠順勤勉であることが規定されました。ですから、天皇のための政府に役立つ記録を残したわけです。「国民のため」という意識は希薄で、公文書保存や公開の必要はないという考え方や価値観が醸成された。それは、戦争が終わる1945年まで続きました。
–戦後は変わったのでしょうか?
高埜:官僚組織からは、古い体質を改革する意識は生まれなかったと私は思いますね。
「認証アーキビスト」誕生への道のり
–「認証アーキビスト」の誕生は、アーカイブズ関係者からも待ち望まれていたと聞きます。先生も「悲願達成です」と、「国立公文書館NEWS」で喜びを語っていましたね。アーキビストの専門職化に取り組んできた道のりを振り返ってみて、いかがですか?
高埜:どの公文書を残すか、廃棄するかという評価選別は、本来アーキビストが行うべき仕事です。その時は権限が問題になる。そこで、全国の公文書館などでつくる「全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)」の専門職問題特別委員会で議論していく中で、1992年当初からアーキビスト資格の国家認定と大学院修士課程での養成を目指し、国に対して要望書や提言を出し、働き掛けてきました。
–国立公文書館でも独自に89~93年にかけて「公文書館における専門職員の養成及び資格制度に関する研究会」を立ち上げ、アーキビストに関する検討が行われました。しかし、アーキビスト資格の国家認定への道のりは険しかったそうですね。
高埜:日本初のアーキビスト養成の大学院専攻課程として、08年に学習院大学大学院にアーカイブズ学専攻を開設。また、「日本アーカイブズ学会」を04年に設立し、学会登録アーキビスト制度を2012年に創設しました。論文や実務経験などの要件を満たした人を認証するものです。眼科医が、医師国家資格のほかに日本眼科学会の登録認定を受ける制度と似ています。
アーキビストに求められる使命
–国立公文書館が、有識者の方々との協力の下、2014年にアーキビスト養成について検討を始め、18年12月には、日本初の『アーキビストの職務基準書』がつくられました。これはどういうものですか?
高埜:アーキビストの使命や職務内容、必要とされる知識・技能を定めたものです。
–『職務基準書』で印象に残ったのは、「アーキビストは、常に公平・中立を守り、証拠を操作して事実を隠蔽・わい曲するような圧力に屈せず、その使命を真摯に追求する」という一節です。職務は、公文書の評価選別、受入れ、保存整理、目録整備、利用者支援など22項目。職務を遂行する要件については、著作権法や特定秘密保護法などの法律知識、情報システム・デジタル化技術に係る調査研究能力など36項目が列挙されています。
高埜:アーキビストとは、こういう職務に当たる人だと位置づけるため、国立公文書館が発表したのが『職務基準書』。この職務基準書を達成できる専門職を、国立公文書館長が認定する仕組みを作るためです。残念ながら、いきなり国家資格とはいきませんでしたが、国家資格に準ずるものとなりました。日本アーカイブズ学会の登録アーキビストよりも、さらに一歩、公的資格になったと理解して頂いていいと思います。
–公文書管理で肝となる評価選別には、どのような能力が求められますか。
高埜:評価選別は難しい業務です。記録を残すことによって、未来へつなげる。未来にどう役に立つのか、アーキビストは想像力を働かせなければ。研究の立場からすれば、すべてを残したい。しかしながら、そうはいかない。敢えて選別しなければいけない。廃棄する公文書も出てくる。…辛いですよね。
–保管期間が満了した公文書のうち、アーカイブズに移されて保存される割合は?
国立公文書館広報担当者:国レベルで0.5%といったところでしょうか。
–思ったより少ないですね。選別の判断基準とは?
高埜:あらかじめ保存期間などを決めた文書管理規則に従い、評価選別していきます。ガイドラインがないと、膨大な文書量があるので、作業が進みませんから。日常的なルーティンで作成される公文書は、今言った規則に沿って管理していく。しかし、例えば、「東京オリンピック・パラリンピック」のような、非日常的な出来事や行事、―アーカイブズ学では「1件もの」と呼んでいますが―準備段階から終了時点まで、関連文書はひとくくりにして丸ごと残しておくべきです。
初年度誕生の認証アーキビストは190人
–アーキビストにはいろいろな能力が必要とされるのですね。この『職務基準書』に基づいて、専門の知識・技能、概ね3年程度の実務経験、修士課程修了レベルの調査研究能力を持つ人たちを、「アーキビスト」として公的に認証する「アーキビスト認証」が2020年度にスタートしました。初年度となる20年度では、全国の公文書館や行政機関などに勤める248人が申請しました。先生も、アーキビスト認証委員会委員長として審査に当たり、2021年1月に、190人の「認証アーキビスト」が発表されました。この結果について、どう受け止めていますか? また、今後に向けて期待することをお伺いします。
高埜:高い関心と大きな期待を寄せてもらっていることがうかがえましたね。実に広範で多種多様な方々にチャレンジしていただきました。全国都道府県、市町村のアーカイブズ機関は、認証アーキビストを活用していただきたい。アーキビストの皆さんには、個々の力を発揮し、今後に向けて成長を続けてもらいたいと願っています。
–実施結果のコメントで、先生は、「アーキビストのいない文書館は、あたかも医者不在の病院のようなもの」というジャン=ピエール・ワロー元国際公文書館会議(ICA)会長の言葉を引用し、大都市で医学界をリードする国立の総合病院の医師や、人口の少ない地域で地道に患者の治療にあたる診療所の医師がいるように、各地におけるアーキビストの多様性について言及されていました。
高埜:「全国公文書館長会議」の参加数でいうと、日本の国及び地方自治体の公文書館は、約100か所。整備状況は、地域による「温度差」が激しい。市民に近い市町村レベルで整備されているところもあれば、都道府県レベルで公文書館の空白県がある。熊本の「天草市立天草アーカイブズ」や「神奈川県立公文書館」などは、1年から30年の保存年限が満了した全ての公文書を公文書館に移す「全量移管」を実施し、公文書館が評価選別をして、保存か、廃棄かの権限を持っています。
–「全量移管」は先進的な取り組みだと思います。日本の個性を生かし、どんなアーカイブズを目指していくべきだとお考えですか?
高埜:地方のアーカイブズの中には、江戸時代の歴史資料や郷土資料の収集・保存を充実させ、機能しているところがあります。ボトムアップ型が日本の持つ良い個性だと思いますね。東日本大震災や台風、集中豪雨と、度重なる災害で、数多くの古書・古文書や公文書が被災しました。そうした被災文書を救うために、多くの人たちが駆けつけました。政府が命令したわけではない。自分たちの歴史を守るため、搬出や修復に汗を流しました。そういう国民の力が日本にはある。アーカイブズ制度を充実させていくことは、自分たちの歴史を知ること。戦後の史料保存運動も含めて、静かな民衆革命につながると思います。血を流さずに、民主主義を根づかせるため、粘り強く取り組んでいってほしいと願っています。
国立公文書館の新館計画
もうひとつのトピックスは、新しい国立公文書館の建設計画です。皇居近くの北の丸公園に建つ現在の国立公文書館本館は、1971年開館で老朽化が進み、手狭で書架が近く満杯になる見通しであることを受け、2014年から新館の建設が検討されてきました。
新しい国立公文書館は、国の三権が集中し多くの方にとって利用しやすい、国会の斜向かいの敷地に建設されます。ここには、現在憲政記念館がありますが、両館一体で建設する予定です。開館時期は2028年度末を目指しています。
18年に策定された基本計画によると、新しい国立公文書館の建物は、地上3階地下4階。憲政記念館を含めた総面積は約4万2000平方メートルで、総工費は約489億円を見込んでいます。
さらに、2021年7月に発表された実施設計によると、新しい国立公文書館の外観は、記録の積み重ねをイメージした水平ラインのデザインで、国会議事堂と同じ色調の桜御影石が使われる予定です。
書庫は地下3階~地下4階に集約し、約9,600平方メートルを確保。これまでの広さの約1.6倍になります。展示・学習スペースも、現在の本館の420平方メートルから5.5倍ほどの約2,300平方メートルへと拡大されます。デジタル化に必要な作業スペースも新設されます。
取材を終えて
取材するまで行ったことがなかった国立公文書館。知れば知るほど、「記録を守る、未来に活かす。」という言葉の意味をかみしめました。これは、2021年に開館50周年を迎えたのを機に、国立公文書館が作成したキャッチコピーです。混迷が深まり航路なき海を漂う今、未来への羅針盤を探すために過去から学ぶことが求められています。先人たちの歴史が刻まれた公文書の重要性が増す一方で、近年は森友学園を巡る公文書改ざんや「桜を見る会」の招待者名簿誤廃棄などが起きています。公文書管理を徹底させるためには、どうすればいいのでしょうか。そのヒントが、「アーカイブズ制度を充実させていくことは、自分たちの歴史を知ること」という高埜さんの言葉にあると感じました。より多くの人たちが公文書に関心を寄せて、公文書館がもっと身近な存在となり、広く活用されること。この記事がその一助になれば幸いです。
参考文献
『天下泰平の時代 シリーズ 日本近世史③』 高埜利彦・著 岩波新書 2015年
『日本のアーカイブ制度を回顧する』アーカイブ学研究 No.27(2017.12)
『アーカイブズの語源 アルケイオンについての一考察』筒井弥生著 学術論文誌『人文・自然研究』9巻 2015 『人文・自然研究』編集委員会@一橋大学全学共通教育センター
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/27152/jinbun0000901000.pdf
「第80回公文書管理委員会資料」内閣府大臣官房公文書管理課
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2019/20191224/shiryou3.pdf
「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/kentou/index.html