あまりに日常に溶け込んでいて、その存在価値が見落とされているもの。
それは、タイルではないかと思います。
代表的なものとしては、建物の外壁、トイレやキッチン、古くは昭和に作られた風呂場などに多く使われ、衛生面や耐久性から暮らしに欠かせない建材として生活に密着しています。
近年、コロナ禍もあいまって「やきもの」への注目が高まっていますが、うつわへの関心が上がるならタイルも注目されていいのでは?と、タイリスト(※勝手に作った造語で「タイルを愛する人」を指します)のわたしは疑問を持ち始めました。
街を見渡すと、昭和に建てられた渋いビルたちはどんどん解体が進み、ビルの外壁を覆う美しいタイルが壊される姿を度々目撃し、あまりの切なさに自主製作で街で見かけたタイルの写真集まで作ってしまいました。
もっとタイルの素晴らしさを広めたい!
調べを進めるうち、実は2022年は「タイル」という名称に統一されて100周年の記念すべき年でした!
ということで、100周年を記念し行われたスペシャルトークイベントを取材しに、二子玉川にある蔦屋家電へ。登壇者はなんと、デザイナーの佐藤卓さんと、全国タイル工業組合理事長の木野謙さん。
タイル愛溢れる対談レポートをお届けし、みなさんをタイル好きの沼へお連れしようと思います。
デザイナー・佐藤卓が語る、タイルの思い出
明治「おいしい牛乳」やロッテ「キシリトールガム」など、数々の有名デザインを生み出したデザイナーの佐藤卓さん。
そんな佐藤さんには、幼少期の忘れられないタイルとの思い出があるそうです。
それは1960年代の頃、空き地で勾玉のようなきれいなタイルが山ほど捨てられていた光景に遭遇し、思わず拾って帰ったそう!また、自宅の改修でタイル張りのお風呂になった子どもの頃の思い出もあり、「タイルは近代的なもの」という印象を持ったと話します。
銀座の地下で見られる、美しいタイル
現在では、美濃焼の価値を世界に向けて発信する「セラミックバレー構想」にも携わり、およそ10年にかけてやきものの価値を世界に広める活動にも精力的な佐藤さん。
実はその美濃焼で作られたタイルが、銀座松屋の地下通路で使われています。
これは松屋150周年を機に、クリエイティブディレクターに就任した際に手がけたもの。
「タイルで彩るということは、通路に入れ墨を施すようなもの」と表現するように、タイルは一度張ると簡単には取れないのだとか。「デザインの松屋」というコンセプトを掲げた松屋の、「デザインで生きる」という宣言の意を込めたと言います。
海外で見た「駅とタイル」の相性の良さをいつか表現したいと思っていたそう。
以前から「この通路、お洒落で素敵だな」と思っていたのですが、まさか佐藤さんが手がけていたとは知らず、とても驚きました。
今回は特別に、実際のモザイクタイルの製作過程を見せていただきました。
細かい箇所はタイルを手で割って文字の形が作られているんです!
手作業のニュアンスを入れると全体の見え方も変わるとのことで、どこか柔らかな印象に。
よく見ると、10本の柱にはモザイクタイルで番号が振られています。
柱の上部にある帯には、実は隠し絵があちこちにあるそう!
また、B0版のポスターが張れる壁の額縁をタイルで彩っています。イベントによってポスターが変わるので、その雰囲気の変化もおもしろい! 先日は「鬼滅の刃」のポスターが貼られていました。
それから、壁のタイルはあえて表面に揺らぎを加えたデザインに。現在の技術では均一化できるタイルの表面を、あえて不均等にすることで陰影が出るように工夫がなされています。
このようにタイルを使うことで、古き良き銀座の良さ、洗練された空間と人間味溢れる手仕事のバランスを表現したと言います。
……と、魅力的なタイルの話をぶっ続けで飛ばしてしまいました。ぜひ松屋銀座の地下通路をじっくりタイル観察してほしいです!
そして、そもそもタイルってなに?という語源や簡単な歴史について、タイルを愛してやまない全国タイル工業組合の理事長、木野謙さんの説明からご紹介します。
そもそもタイルとは
タイルの語源は、ラテン語で「tegra テグラ」に由来します。
もともと「包む・覆う」という意味で、やきもので作った建材=タイルというのが一般的な認識かと思います。見渡してみれば、床や壁、洗面所、キッチンなどで多く使われていますよね。
タイルの起源はエジプトから
はるか4000年前、エジプトの王様の墓を装飾するところから生まれたタイル。
日本には4つの流れでタイルが入ってきたと言われており、いちばん古くは飛鳥時代、仏教とともに大陸から瓦が伝来し、屋根の瓦をはじめ、床に使われる敷瓦、腰瓦という名前でタイルのように使われていました。
時を経て、イギリスのリビングで使われたようなレリーフや外壁に使われるレンガ、アメリカからテラコッタも日本にやってきた結果、壁や床を装飾・被覆するやきものの種類が増え、それぞれの名称が枝分かれしました。
25種類もの呼び名を統一し「タイル」に
タイルという言葉に統一される前、これらのやきものは、日本ではなんと25種類もの呼び名があったといいます。実際の工事現場ではかなりの混乱があったそう!
そこで、呼び名を統一しようと決まったのが1922年4月12日に東京上野で行われた平和記念東京博覧会でのことでした。
もともと装飾する目的で使われることの多かったタイルですが、内装に使われるタイルでは、スペイン風邪の流行などから衛生面での価値が認められました。
また外装に使われるタイルでは、関東大震災を機に鉄筋コンクリート造の建築が増え、被覆のためにレンガが使われていたものが次第にタイルに変わり、タイルの耐久性や美観といった利点が世間に広まるようになりました。
タイルというと、レトロな昭和の家で使われているイメージが一般的には強いのではないでしょうか。昔ながらの銭湯やたばこ屋のショーケースなどでもよく見られますね。
今でもビルの外観やキッチンやトイレなどにも使われている建材とはいえ、実はタイルの需要は70〜80%減と衰退の一途を辿っています。タイル産業の全盛期には全国で250社ほどあったタイルの関連企業も、現在では40社ほどとのこと。
時代が変化し、新築からリフォームがメインに、そしてバスルームはタイル張りからユニットバスへ、トイレの壁はタイルから壁紙が使われるよう、選ばれる建材も変わりつつあります。
タイルの素晴らしさを改めて考えよう
タイルの今後はどうなっていくのでしょうか。
木野さんは「タイルがあるということは『その空間にやきものがある』ということ。減りつつある『タイルのある暮らし』を提唱できたら」と熱く語ります。
「日本文化において、タイルの価値をもっと高めていけたらなと。タイルにとってはそれがいいんじゃないかな」と、なんだか我が子のように語る木野さん。
節々からこぼれるタイル愛に、聞き手のこちらもジーンとしてしまいました。タイル、愛されてる!
そして佐藤さんは「今の技術があれば、均一化したタイルは作れるけれど、テクノロジーを使って表面や色をふぞろいにしてもおもしろそうですよね」と話します。
100周年記念巡回展に注目!
現在、タイル名称統一100周年を記念し、全国主要都市の蔦屋書店で開催される巡回展が行われています。
日用品や文具、そしてアクセサリーなど生活を彩るタイル製品からタイル関連の書籍が並びます。
二子玉川 蔦屋家電、代官山 蔦屋書店の開催を終え、6月27日(月)〜7月10日(日)は梅田 蔦屋書店、その後、六本松店、函館店で開催予定とのこと。
また、愛知県常滑市にある「INAXライブミュージアム」では記念展覧会「日本のタイル100年ー美と用のあゆみ」が8月30日(火)まで開催中。こちらでは日本におけるタイルの歴史を、当時の資料やタイル見本などを交えてより深くタイルの魅力を知れる展覧会となっています。
(9月より「多治見市モザイクタイルミュージアム」、2023年3月からは「江戸東京たてもの園」へ巡回予定)
身近でありながら、あまり意識されていないタイルの魅力を改めて見直してみませんか?
まずは、まちなかのタイルを探してみると、思った以上にあちこちに見つかるはず。
そして、健気にはたらくタイルが可愛く見えてくるかもしれません!
■全国タイル工業組合タイル名称統一100周年記念プロジェクト
公式サイト:https://touchthetiles.jp
■タイル名称統一100周年記念 巡回企画展
「日本のタイル100年 ―― 美と用のあゆみ」
公式サイト:https://livingculture.lixil.com/topics/ilm/clayworks/exhibition/japanesetile/
▼和樂webおすすめ書籍
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