幾千年もの時のなかで、あらゆる国や民族の歴史を彩ってきたジュエリー。それは人類にとって最も身近に、古くから存在してきた芸術でもあります。ジュエリーは「宝飾芸術」として、これまでに芸術的、文化的側面からさまざまな研究が進められてきました。そうして体系化されたジュエリー文化に関する学問や知識を、広く一般の人々に伝える目的で創設されたのが、「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」(以下「レコール」)です。
「レコール」はジュエリーメゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」の支援を受けて、2012年2月、宝飾の聖地といわれるパリのヴァンドーム広場に開校しました。ジュエリー文化への好奇心と学ぶ意欲さえあれば、年齢や経験を問わず、だれでも門戸を叩くことができます。
また、「レコール」は〝旅する学校〟ともいわれ、世界各地で数週間にわたる「特別講座」を開いてきました。現在、東京では3回目となる「レコール 日本特別講座」(以下、「日本特別講座」)を開講中。そのために訪日した「レコール」学長のマリー・ヴァラネ=デロムさんと、今年4月より同職に就任するリーズ・マクドナルドさんのお二人から、この非常にユニークな学校について話を伺うことができました。
ジュエリー文化、宝飾工芸の知識をすべての人へ
2012年の創設から今日まで学長を務めてきたマリー・ヴァラネ=デロムさんは、まさに「レコール」誕生の立役者のひとりでもあります。
「すべてはヴァンクリーフ&アーペル社長兼CEOの二コラ・ボス氏との対話から始まりました。ジュエリー文化を広く伝える学校をつくりたいという共通の想いが、『レコール』のアイディアを生み出し、プロジェクト発足へと繋がったのです。私は教育者だった経験もあり、教える、伝えるということにはかねてから興味をもっていました。『レコール』は最初から一般の人々をターゲットとしています。ジュエリー文化や宝飾の工芸技術などに関する知識は、ずっと限られた専門家や職人だけのものでした。それをできるだけ広く、望む人のすべてに伝えていくこと。それが、『レコール』創設時から変わることのない目的なのです」
「レコール」の主な活動は現在、「講義、講演会、出版、ワークショップ、展覧会」の5つ。なかでも重要な「講義」には、「ジュエリーの芸術史、宝石の世界、匠の技」という3本柱が存在し、それぞれにいくつもの講義が用意されています。その内容はすべてが興味をそそられるものばかり。マリーさんは、そうした講義が生まれる過程には秘密があるといいます。
「秘密を教えましょう! 伝えたいものありきで講義を開くのです。例えば、『レコール』のダイヤモンドの講義は、本やインターネットで調べればわかることではなく、なぜダイヤモンドが特別な宝石なのかをテーマにしています。私はよく講義内容を構築することを〝楽譜をつくる〟と表現してきました。それは、だれでも理解できる音楽のようでなくてはなりません。『レコール』にとって大切なのは、知識がある人もない人も同じように学べることなのですから。また、『レコール』の1講座の受講生の定員は12名と少人数。にもかかわらず、講師は2名が交代で担当します。幅広い年齢の受講生が2時間から4時間、集中力を欠くことなく学ぶには、それが最適だと教育学も参考にして判断しました」
開校の翌年、日本から始まった「旅する学校」
「日本特別講座」の開講は、初回が2013年、2回目が2019年、今年で3回目となります。創設の翌年に行われた2013年の「特別講座」は、「レコール」にとって初めての〝旅〟でした。なぜ最初の地は日本だったのでしょう? その問いに対するマリー学長の答えは明快です。
「日本とフランスの間では昔から、芸術や文化の交流がさかんに行われてきました。例えば、印象派の画家たちが日本美術の影響を受けたことはあまりにも有名です。職人の世界でも、日仏の交流の歴史は古くからありました。そうしたことからも、最初の開催地が日本だったことは、とても自然に思えます」
マリー学長の言葉に、まもなく「レコール」の新学長となるリーズ・マクドナルドさんもうなずきます。
「今回日本を訪れて、あらためてこの国の魅力を再確認することができました」
リーズさんは特に、和紙が持つ質感、そして漉き返しが可能というサステナブルな文化に大いに学ぶものがあったと説明します。
こうした日本文化に対するリスペクトを反映するかのように、3回目となる今年の「日本特別講座」には、前回に続き、日本の伝統工芸「漆芸(しつげい)」の講義が用意されています。この講義内容は、著名な漆芸作家である箱瀬淳一(はこせ じゅんいち)氏が監修を手がけました。熟練の職人の指導のもと、実際に漆芸を学ぶ体験は、だれにとっても貴重な機会となるでしょう。
加えて、今回の「日本特別講座」では、新たな試みも行われています。そのひとつが5月7日まで東京の「インターメディアテク」で開催されている〝鳥〟をテーマにした特別展示『極楽鳥』で、「レコール」と東京大学総合研究博物館との共同キュレーションによって実現しました。リーズさんは、この特別展示の見どころを〝対話〟だと語ります。
「本展では19世紀半ばから20世紀後半までの、さまざまなメゾンのジュエリー約100点を集めました。そのなかにはアンティークジュエリーのコレクションで名高いアルビオンアートの貴重な作品も数多く含まれています。それらのジュエリーが山階鳥類研究所の素晴らしい収蔵品(主に鳥類剥製)と共に展示されたことで、両者の興味深い〝対話〟が実現しました」
世界へと広がる「レコール」の理想と情熱
そして現在、リーズさんは「ヴァン クリーフ&アーペル」のヘリテージ&エキシビション ディレクターを務めていますが、4月1日より「レコール」の仕事に専念し、マリー学長の意志を受け継いでいきます。
「マリー学長が開拓した道を継続し、『レコール』を発展させていきたいと考えています。2020年、新たな常設校が香港に誕生し、『レコール』は2校になりました。さらに今年の秋には、ドバイと上海に常設校が開校する予定です。私自身はこれまで博物館やユネスコで働き、展覧会の仕事に携わってきましたが、展覧会も『レコール』も〝教える〟という意味では同じ。すべてが延長線上にあると思っています」
ジュエリー文化と宝飾芸術をだれもが自由に学ぶことのできる、唯一無二の学校「レコール」。創設から11年を迎え、その理想と情熱は国境を越え、着実に広がりつつあります。
「レコール 日本特別講座」 公式サイト
www.lecolevancleefarpels.com/jp/ja