今アイヌ文化が非常に注目されています。北海道では「イランカラプテキャンペーン」と称して、アイヌ語やアイヌ文化の普及啓発活動を行い、この流れは着実に本州にも届きつつあります。また、2020年には「民族共生象徴空間」として北海道白老町に「国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園」も誕生します。アイヌ民族や彼らの伝統文化に興味を持つ人がどんどん増えてきているのです。
アイヌ文化には、日本列島の魂の故郷である”縄文スピリット”を色濃く受け継いだ魅力がいっぱい。今回は、関東を中心としてアイヌ文化の伝承に携わっている宇佐照代さんの作品を通して、アイヌ芸術の一つであるアイヌ刺繍の魅力についてご紹介します。
出身地の釧路地方に伝わる伝統衣装「チヂリ」に身を包む宇佐照代さん
アイヌ文様は魔除けの呪術だった?
アイヌ民族は、アイヌモシリ(北海道・樺太・千島列島など)と呼ばれる北の大地に一万年以上に渡って暮らし、独特の文化を築いてきた先住民族です。
アイヌ文化と聞いて、まず「アイヌ文様」を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。懐かしいようでもあり、新鮮な気もする、特別な魅力を持ったアイヌ文様。その起源や意味について、詳しいことはまだ研究途上にありますが、文様には魔除けの呪力があると信じられていたことはわかっています。アイヌの子供たちは幼い頃から文様を描く練習をし、大きくなると男性は彫刻、女性は刺繍の技術を磨いて生活のあらゆるものにアイヌの伝統文様を施しました。
女性が担ったアイヌ刺繍は、アミップ(衣服)、マタンプシ(額飾帯)、テクンペ(手甲)、コンチ(頭巾)、ホシ(脚絆)など衣類や装身具に施されることが多かったようです。
テクンペ(左)とホシ(右)(どちらも宇佐さんの作品)元々は日常生活で身に着ける作業用。何が起こるかわからない大自然の中で生活を営んだアイヌは、文様の呪術力によって悪しきものを寄せ付けまいとしました。
マタンプシ(宇佐さん所蔵)刺繍装飾入りのマタンプシはかつては男性用で、髪が作業の邪魔にならないように縛るためのものでした。女性はチェパヌプという黒い布を巻いていましたが、近世になって、女性も文様入りのマタンプシを着用するようになりました。
木綿の普及により花開いた刺繍技術
伝統的に、アイヌの衣装は動物の毛皮を利用した獣皮や、魚の皮をつなぎ合わせた魚皮、鳥の羽毛を用いた鳥皮、そして植物を利用した靭皮で織られていました。しかし江戸時代後半、民衆の間にも木綿が普及するようになると、アイヌ民族の間でも木綿で着物が作られるようになります。
木綿布はアイヌ語でセンカキ。獣や魚の皮に比べて加工しやすい木綿布に出会うことで、刺繍技術の可能性はぐんと広がることになります。
アイヌ伝統の「木綿衣」に見られる三種類の刺繍
1.ルウンペ
「ル」はアイヌ語で「道」。帯状にした布を折ったり曲げたりして、道を作るように文様を描いていきます。木綿に限らず絹やメリンスなどの布を張り合わせ、刺繍もふんだんに施されてとても華やか。手が込んでいて豪華なルウンペは、儀式などで主に晴着として着用されました。
ルウンペ(宇佐さんの作品)
2.カパラミプ
帯状にした布ではなく、大判の白い布を文様の形に切り抜き、木綿布に張り付けます。布が豊富に手に入るようになった明治時代頃から作られるようになったといいます。こちらも晴着。
カパラミプ(宇佐さんの作品)
3.チヂリ
布を張り合わさず、木綿布に直接刺繍を施したもの。
チヂリ(宇佐さんの作品)
左右対称のアイヌ文様は、布を半分に折り、糸で目印をつけることで作られていきます。これは定規やコンパスがない時代、木の内皮の繊維で作られるアイヌの伝統衣装・靭皮衣(じんぴい)で培われた技術です。この技術は材料が木綿に変わっても継承され、現代でも基本原則となっています。
一針に込められた静かなる祈り
刺繍の技術は、伝統的には母から娘へと受け継がれていく女性の仕事だったといいます。アイヌの男性は年頃になると、自ら文様を刻んだマキリ(小刀)を持って女性にプロポーズします。そして女性は、自ら刺繍を施したテクンペ(手甲)を愛しい男性に贈るのです。
冬の間、女性は家族や恋人に危険が及ばないよう、一針一針に祈りを込めて手を進めました。刺繍に要する集中力は並大抵のものではなく、一日何時間もできるものではない、と宇佐さんは言います。アイヌ文様の「呪力」とは、魂宿る一針にこそあるのかもしれません。
テクンペ(宇佐さんの作品)
アイヌ文様が奏でるカムイの物語
刺繍に見られる美しい模様はモレウ(渦巻紋)アイウシ(棘紋)シク(目紋)などの基本モチーフを組み合わせて構成されます。それぞれの文様が具体的に何を表すのかについては議論が残りますが、一般的には自然事象の抽象化だとされています。水の波紋や、炎、風のうねりなどです。
アイヌ文化では、森羅万象にカムイ(神)が宿るとされています。大自然の営みの中に自らを組み込むようにして生きてきたアイヌ民族は、自然事象の変化や、自然が持つ人智を超えた力に非常に敏感でした。文字を持たなかったアイヌ民族は、口承文学や、歌、踊り、刺繍や彫刻などの手仕事によってカムイとアイヌ(アイヌ語で「人」の意味)の世界の関わりを表現してきたのです。
文様にみる古い魂の記憶
渦巻文様のモチーフは、世界中さまざまな文化で見られる文様でもあります。身近なところでは、日本の巴紋、雷紋、唐草紋、あるいは縄文土器にも渦巻文様のモチーフは多く出てきます。
また、アイヌ文化では、タラの木やハナマシなど棘のある植物には呪術性があると考えられていました。日本文化ではヒイラギやサカキが神聖な木とされますが、これも古くから、植物の鋭い棘に霊力が宿ると信じられていたからです。
アイヌ文様に懐かしさを感じるのは、こうした古い古い魂の記憶が呼び覚まされるからなのかもしれません。
文様(一例)(宇佐さんの作品「カパラミプ」)
カムイからの贈り物だから、大切に使う
伝統的なアイヌ民族の衣装は、獣皮衣や魚皮衣、靭皮衣など、大自然と共に生きてきた民族ならではの素材からできています。糸には動物の背腱やアキレス腱、またイラクサの繊維を用い、針は大陸や本州との交易で入手したものを大事に使っていたといいます。
アイヌにとって自然の恵みは、カムイからの贈り物。決して無駄にしてはいけない神聖なものとして、あますことなく大切に使いました。
また、モノを大切にするという考え方は、交易で手に入れる木綿が主な材料になっても受け継がれます。直線裁ちの布を張り合わせて文様を作っていく技術や、継ぎ接ぎの多い衣装は、少しでも布を無駄にしないようにという知恵が生み出したものです。
裏地も美しいアイヌの刺繍
アイヌ刺繍の特徴の一つに、裏地の美しさが挙げられます。刺繍の終わりに玉結びをせず、布の中に織り込んでいくので糸の終わりがどこにあるのかわかりません。そのため裏を返してみると、表とはまた違う、刺し子のような魅力が現れます。ここでも、「全ての布や糸を粗末にしない」という考え方が表れているようです。
カパラミプの裏面(宇佐さんの作品)
アイヌの伝統的な知恵を現代に活かすために
取材にご協力いただいた宇佐さんは釧路出身で、10歳の時から東京に在住。現在は関東に住むアイヌとして、日本国内はもちろん、台湾、韓国など世界を駆け巡りながらアイヌ文化を伝える活動をされています。
宇佐さんが刺繍技術を学ぶきっかけを作ってくれたのは、アイヌの活動家だったおばあさんでした。おばあさんのそばで育った宇佐さんは、自然とウポポ(アイヌ歌舞)をはじめとするアイヌ文化を身近に感じながら大人になったといいます。
宇佐さんが祖母から受け継いだ樺太アイヌのアミップ
「祖母が亡くなる直前のことですが、はじめて昔の事やアイヌ文化についての知識をいろいろと教えてくれました。民族の誇りを持って生きてほしいって言われたんです。それからですね、一生懸命いろんなこと勉強しはじめたのは。刺繍をはじめたのもその頃です。強く関心を持って、今も学び続けています」
宇佐さんの活動内容は刺繍のみならず、講演会、ウポポ(アイヌ歌舞)の披露、ムックリ(口琴)の演奏、アイヌ語によるアニメーション映画の声優、アイヌ語教室、そして編物教室まで、ジャンルを問わず多岐にわたります。
宇佐さんの刺繍作品には、伝統的な着物やテクンペなどに限らず、小物やバッグなど、日常生活で使用できるものがたくさんあります。刺繍教室を開催する時も、コースターや巾着など、持ち帰ってすぐに使えるものにしているのだとか。
宇佐さんの刺繍作品(お姉さんと妹さんの作品も混在)ティッシュケース、小物入れ、バッグなど日常生活に活かせるものばかり!
「いくら高度な技術を持っていても、気持ちがこもっていない刺繍はわかってしまいます。へたっぴでも、魂のこもった一針で作られた作品が本物の刺繍なんです」
動物や草木の命、生活に使う道具までも、カムイの贈り物と考え、誠心誠意心を込めておつきあいする。アイヌの知恵や世界観の表れである伝統文化には、現代人が学ぶべきことがまだまだたくさんあります。
文/笛木あみ 撮影/横田紋子・笛木あみ
おすすめ書籍
▼ 書籍『知里幸恵とアイヌ (小学館版学習まんが人物館) 』