“ホヮーイ、ジャパニーズ・ピープル!ホヮーイ?!”
のセリフで有名な「厚切りジェイソン」というコメディアンをご存じですか。
彼がいうように、日本語を外国語として習う人は、われわれでは気づかないような苦労や疑問が、たくさんありそうです。
前に「銘(めい)」の話で触れていたように、お茶のお稽古には「この茶杓の銘はなんですか?」「『露の玉(おもに季節の言葉)』でございます」というように、主客ともに受け答えの練習があります。
客役のときは、銘を尋ねる側。お点前をしているときは、銘を答える側になり、お稽古のなかで両方の役を経験をするのです。
しかし、日本語が不得手なローカルの人たちに、茶の湯の銘を知ってもらうのは、一般的な日本語の習得以上にむずかそう。
今回はもう少し突っ込んだ「英語と日本語と銘」の話となりました。
長男リアムくんが幼いとき、茶道を2年半ほどならっていたというミセス茶人・オノに、そのときの体験も踏まえてうかがってみましょう。
茶道用語、意味&サウンド問題
文と写真/オノ・アキコ
皆さんも「一期一会(いちごいちえ)」という言葉を耳にされたことがあると思う。
〝今この瞬間は、もう二度とめぐってこない。同じ仲間、同じ道具、同じ場所、同じ時刻で茶会をしたとしても、まったく同じ条件と心持ちで同じ時間をくり返すことは不可能なのだから、この一瞬を大切に〟という思いが込められた教えだ。
この言葉は、よく茶杓の銘に使われる。なぜなら季節を問わないし、かたい禅語とも少し違っている。「一期一会」は、禅語やお茶の世界を飛び越えて、いまや多くの人びとに知られている言葉だろう。
しかし、日本語を話す人には簡単に覚えられるこの四字熟語も、英語圏の人に覚えてもらうのは容易でない。
だから、まず私が試みたのは、「1・5・1・8(イチ・ゴ・イチ・エイト)」と、音を数字に関連させて覚えてもらうことだった。
言葉は、意味とサウンドが結びつかけなければ、覚えるのがむずかしい。
最初にきちんと意味を説明し、そして実際に発音できるようになってもらう。何度も練習するうちに、「イチ・ゴ・イチ・エイト」は、「いちごいちえ」になり「一期一会」になる。
日本語を学んでなくとも、日本文化に興味をもつ英語圏の人たちは、簡単な日本の言葉や単語を知っていることが多い。たとえば「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」、そして「ニンテンドー」「スシ」「カラオケ」「マンガ」「アベシンゾー」……。数字もだいたい1から10までは覚えていたりする。
そのなかでも茶席の銘は、和歌や俳句の季語、能の詞章やタイトル、そして禅語などから採られているため、小さく、やさしく、詩心にあふれた古い言葉のなかに、日本文化の鼓動がある。
それをいかにして覚えてもらうかが問題なのだ。
あ~お茶だなぁ
私がハワイ大学に通うようになってすぐ、確か4月末ぐらいだっただろうか。生徒とのやりとりでこんなことがあった。
ある生徒に銘を尋ねると、
「フユコダチ」
「え? 春なのにフユコダチ(冬木立)???」
仰天する私に、クスクスと学生たちが笑っている。けれど、本人はいたって真面目だった。
日本人なら、春の季節に冬の銘を選んだらおかしい、ということが分かる。しかし日本語のハードルが高い異国では、銘という存在が、そもそもむずかしいのだ。
「一期一会」のように季節を問わない銘であれば、一度覚えてしまえば、いつでも使うことができる。でもそれだけではつまらない。
だから稽古では、毎回違う「銘」をいう練習をする。
銘を知り、季節の移り変わりを意識できるようになれば、おのずと理解も深まって、きちんと言葉を選べるようになる。
だからハワイ大学の水屋の壁には、月々の代表的な銘がリストアップされていて、先輩が後輩に、または日本語を読める生徒が読めない生徒に少しずつ教えているのである。
もうひとつ、英語と日本語の感覚の違いについて、少しふれておきたい。
日本から茶の湯が飛び出すと、さまざまな言語が茶席を行き交うようになった。
英語圏のハワイでのお稽古も、日本語でしなければいけないものではなくなっている。
けれど、日本語の単語や熟語のもつパワーは「独特」で、同じことを英語で話しても、受ける印象はかなり違う。私は、茶席の会話は、英語で交わされてもかまわないと感じているが、「銘」に関しては、ちょっと違う感想をもっている。
「お茶杓のご銘は?」と「What is the Name of the Chashaku?」。
銘は英語でいうと、Nameとひとくくりになってしまう。
しかし、銘はどちらかといえば「表現」であり、「そのもののもつ意味」に重きを置くものだ。それに対して名前「Name」は、その器物をどう呼ぶか、の名前である。
なのでこうした問答は、日本語のほうが奥行きが出る。日本語で応答すると、日本文化の輪郭が、その深い「意味合い」とともに美しい日本語によって立ち現れてくるからだ。
「ご銘は?」とのやりとりで、相手の目をまっすぐに見て、覚えたての日本語でやりとりする生徒の姿を見るとき、私は「あ〜お茶だなぁ」と感じるのである。
東風は〝カム・ヒア〟?!
7月から8月に適した銘のひとつに「青東風(あおごち)」がある。
ウナギを食べることが習慣の「土用の丑の日(どようのうしのひ)」で知られる「土用」は、じつは一年に4回ある。
夏の場合は、立秋前の18日間ほどで、今年は7月20日から8月7日までだ。
そのころに東から吹く風のことを「青東風」という。もとは、初春に東から吹く風を「東風(こち)」と呼び、今の季節は夏の青葉を抜けて吹く風だから「青東風」となった。
息子がまだ小学生のころ、私の姿に影響されてか、2年間ほどお茶を習っていたことがある。
英語の教育しか受けていない彼は、当時日本語が話せなかった。
お稽古に必ず銘の質問があるのがわかっているのだから、私が前もって答えを教えておくことにした。私たち親子は、「日課」ならぬ「週課」で、お稽古場に向かう車の中で、事前練習をおこなっていたのである。
どんな銘を教えるか……子どもでも意味が分かって、簡単に覚えられる言葉。そして季節にあった銘。
梅が咲くころだったので、私は「東風」という言葉を選ぶことにした。
まず息子に言葉の意味を説明して、いい聞かせた。
「『東風』は初春に東から吹く風という意味なのよ。ほら、ママはいつも〝こっちこっち〟って、あなたを呼ぶでしょう?(手招くしぐさ) それを短くいうのよ。『こち』って。オーケー?」
「オーケー!」
そしてお稽古場で、銘をいう時間がきた。
「お茶杓のご銘は?」
「〝コチ〟……デゴザイマス……」
「あら、良いご銘ですねぇ!その意味は?」
「……(無言)……〝カム・ヒア〟……デゴザイマス……」
私は、ドッと汗が出た。
最初にきちんと意味を説明したのだが、肝心な言葉を忘れてはいけないと、何度も車中でいわせたことが、完全に仇になってしまった。
だが、それも今となっては、よい思い出だ。
あの当時、私はまさに「一期一会」と思って、息子の点てるお茶を、客役としていただいていた。
幼い子どものこと、いつ「お稽古やめたい」といい出すかわからない。『今日のこの一服が、最後かもしれない』。そう思いつつ、小さな手で点てられた薄茶を押しいただいて飲んだ。
これは、母として、とてもとてもありがたいことであった。
あのお茶は、すでに私の体内にはない。
けれど思い出は、今も私に笑みをもたらし、心を温めてくれる。そして私がお茶をしていくうえでの活力にもなっている。
熱心に息子をご指導して下さったM先生には、今でも心から感謝している。
(続く)
最初から読む→常夏の島ハワイで楽しむ茶の湯とは?【一期一会のハワイ便り1】
第2回目→アロハスピリットと創意工夫で茶席を彩る【一期一会のハワイ便り2】
第3回目→ハワイの茶人のきもの事情とは?【一期一会のハワイ便り3】
オノ・アキコ
65年生まれ。国際基督教大学卒業後、モルガン・スタンレー・ジャパン・リミティッド証券会社を経て、ロンドンのインチボルド・スクール・オブ・デザイン校にて、アーキテクチュアル・インテリア・デザイン資格取得。2007年ハワイに移住し、現在はハワイ大学の裏千家茶道講師を務めている。ハワイでの茶の湯を中心に、年に数度は日本に里帰りをしつつ、グローバルに日本文化を楽しんでいる。
(文と写真:オノ・アキコ/構成:植田伊津子)