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6,7月号2024.05.01発売

永遠のふたり 白洲次郎と正子

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2024.06.12

犬に魚に野菜まで…人間×人外の止まらない欲望を描いたエロチックな昔話

この記事を書いた人

結婚するなら身も溶けるような恋がしたい、とか。誠実でなくてはいけない、とか。容姿端麗な人がいい、とか。理想の結婚相手に求める条件はいくつもあるけれど、これは想定外。犬に野菜に魚まで……思わぬ相手と、思わぬ場所で、思わぬ展開。恋する気持ちは種を超え、体をも超えていく。
今回紹介するのは、大人の止まらない欲望を描いたエロチックな昔話。甘いだけじゃない、大人の恋は大胆です。

【人間×犬】 静かな生活を甘くする、かわいい来訪者


昔、都に一人の美しい娘がいた。
やがて娘も年頃になり、両親は良縁を結ぼうと手を尽くしたが娘のほうは喜ぶどころか結婚を嫌がった。しかも「それなら家を出て髪を下ろし、身を隠します」と言いだす始末。そして本当に姿を隠してしまった。

娘は乳母の子とともに家をでた。乳母の子も美しく、好意を寄せる者が多かった。二人は鳥の声も聞こえない深い山の中へ分け入り、それぞれに草庵を構えて暮らしはじめた。

ある日、ぶち模様のかわいい犬がどこからともなく現れて、乳母の子の庵のまえで尻尾をふった。かいがいしく世話をしているうちに犬はすっかり懐いて、乳母の子と犬は一緒に眠るようになった。そのうち、怪しく心が乱れて、乳母の子は犬に身を許してしまった。

乳母の子の様子がおかしいのに気づいた主の娘は問いつめた。乳母の子の肩に犬の足跡がたくさんついているのを見つけたのである。主の娘は、直ちに呼び寄せられた犬を前に、好ましくも憐れにも思った。

賢い人も浅はかな人も、前世の契りの深さのまえでは逃れようがないのだ。ちなみにこの犬の名前は、雪々(せつせつ)という。(「唐物語」)

【人間×蕪】 男と女は、たとえ交わらずとも


これはある旅人の話である。
旅人はある郷にさしかかった折、無性に女が恋しくなった。物狂おしさにあたりを見回すと、垣根の向こうに活き活きとした青菜が生い茂っているのを見つけた。それも、瑞々しく肥った蕪である。
旅人は馬から降りると垣根の内に入り、ひときわ大きな蕪を一本引き抜き、穴をうがち、その穴と交わり、欲を満たした。そして用済みの蕪は垣根の内に投げ入れて、その場を去った。

その後、畑の持ち主が女たちを連れて青菜を抜きにやってきた。その中に、畑の持ち主の若い娘もいた。娘は垣根のまわりで遊んでいたが、件の蕪を見つけるとその蕪で遊びはじめた。そして蕪が萎びると、食べてしまった。娘の体調が悪くなりはじめたのは、それからだ。

両親は案じて騒いだが、ついに懐妊であると知れた。相手は誰かと問い詰められて、娘は答えた。「私は男の人を知りません。ただ、いつだったか畑でおかしな蕪を見つけて食べました」娘の話に両親は納得がいかない。そのうち、娘は可愛らしい男の子を産んだ。

話にはまだ、続きがある。
数年の後、例の旅人がふたたび畑を通りかかった。従者を連れて、大きな声で話している。「いつだったかここを差しかかった折、無性に女性が恋しくなってな。蕪を一つとって、それと交わり、用済みの蕪を垣根に投げ入れたことがある」

これを運良く(あるいは運悪く)娘の母親が聞いていて、泣きながら男を引き留めた。どうにかして旅人を家に連れて行き子どもを見せると、その顔は旅人とうりふたつ。さすがに男も思うところがあったのだろう。この地に留まることを決め、そのまま男の子の母親と結婚したという。(「今昔物語集」)

【人間×鯉】 魚を愛しすぎた男の末路


あるところに内介という名の漁師がいた。
妻子はなく、小舟に揺られて仕事に勤しみ、一人暮らしていた。

獲り溜めておいた鯉の中には魚ながら凛々しくみえるものがあった。内介はその鯉を巴と名づけて大切にした。すると、いつしか若い娘ほどの背にまで育った。
ある日、内介にも縁談話が持ちこまれ、年配の女性を妻に迎えることにした。

結婚して間もないある日のことである。
内介が夜の漁にでかけた留守に麗しい女が駆けこんできて妻に言い放った。
「私は内介殿と親しい仲のものです。お腹には子どもだっています。あなたは里へ帰りなさい。でないと三日のうちに大波でこの家を池に沈めます」
妻は内介の帰宅を待ち、恐ろしいことの次第を語ったが内介は取り合わなかった。
「僕には覚えがないよ。僕のような男のもとにそんな美人が訪ねて来ると思うかい? 幻でも見たんじゃないか」

さて、内介が小舟に揺られていると突然水面がさざなみ立った。そして大きな鯉が現れて船に飛び乗り、口から子どもの形をしたものを吐きだすと、そのまま失せてしまった。
どうにか逃げ帰った内介が生簀(いけす)を覗くと、慈しんでいた鯉の姿は消えていたという。(「西鶴諸国はなし」)

動物と暮らす、ということ

お爺さんが助けた雀から恩返しされる『舌切り雀』や鶴を助けたことからはじまる『鶴の恩返し』など、人間と動物が婚姻関係を結ぶ「異類婚姻譚」は世界中にたくさん見ることができる。
動物や野菜と結ばれるなんて、突拍子もなく思える(そして実際に突拍子もない相手なのだが)けれど、物語の内側には、日本で暮らしてきた人たちの自然観を探る手がかりが隠されている。変な話は、ただ変なだけではないのである。

野生動物たちの生息する人里離れた山は、かねてより神々の住む場所とされてきた。
自然に敬意をはらい、動物を尊重すれば、彼らは人間に恩恵をもたらしてくれる。もし不遜な態度をとったり、騙したりすれば、悲惨な、ときには目もあてられないような残酷な結末が待っている。動物たちをないがしろにした者たちの末路は、私たちのよく知るとおりだ。

動物と交わる、ということ

礒田湖龍斎「障子の影を振り返る花魁」(The Art Institute of Chicago)

おもしろいのは、人間と蕪の組み合わせである。
相手はもの言わぬ、動きもしない野菜だ。それもまるまると肥った蕪、というのがいい。柔らかくて、ぱんと張りつめていて。人参でも大根でもなく、蕪を選んだ旅人の欲望にはほれぼれするものがある。
ものすごく劣情を誘う蕪だったのかもしれないし、蕪の魔性とでもいうものがあって、旅人を誘惑したのかもしれない。

かなしいのは、異類婚姻譚の動物たちが「悪役」ではない、ということ。
雪々(犬)も巴(鯉)にしても、心の底から主人を愛していたにちがいない(蕪の心は誰にもわからない)。動物たちは誠心誠意、親切をかえし、恩をかえし、しかし人間の思いのままに物語は終わっていく。ある意味では、人間のほうが残酷に動物を裏切っている、ともいえる。

【人間×タヌキ】 変態のタヌキをおどして良薬を手に入れた話

もうひとつ、大人のためのエロチックな古いお話を紹介。
たとえ動物であっても、余計なことをすれば、とんでもない目にあうのだ。

ある侍の奥方が夜中にトイレへ行ったところ、毛の生えたやわらかい手が局所に触れたのを感じた。そこで奥方は細身の守り刀を衣の下に隠し、ふたたびトイレへ。案の定、また触れてくる手があった。
しかし、さすがは侍の奥方である。刀で見事に薙ぎ払うと、タヌキの前足が切れ落ちていた。

翌晩、戸を叩くものがあった。
「誰だ」侍が声をかけると、応える声があった。
「昨夜、手をうしなったタヌキです。ついいたずらをして、ご迷惑をおかけしました。どうぞ許してください。手を返してください」
しかし侍も簡単にはひかない。「やい、手を返すものか。返したところで一度切れた手。なんの役に立つというのか」
タヌキも負けていない。「本当にすみませんでした。手を返してくだされば、良い薬を教えて差し上げます」
かくいうわけでタヌキに教えてもらった薬があるという。この薬、打ち身用とのことで、かなり効くらしい。(「宿直草」)

おわりに

動物との暮らしは楽しい。楽しいが、である。
それは生きものと人間とが、それぞれの世界で暮らしている場合に限るのかもしれない。
異類婚姻譚を読んでいると動物と人間の種を超えた幸せは、互いの世界を尊重しあい、相手の世界に立ち入りすぎないという約束を守るかぎりにおいて全うされる、という気がする。愛には、ちょうどいいバランスがある。求めすぎてはいけないし、与えすぎてもいけない。相手が人間であれ、動物であれ。

【参考図書】
須永朝彦『奇談 日本古典文学幻想コレクション1』国書刊行会、1995年
須永朝彦『怪談 日本古典文学幻想コレクション3』国書刊行会、1996年

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。