Culture
2019.09.10

史跡にまつわる怪談。城や古墳・古戦場に残る悲しいエピソードに人間の歴史を見た

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小田原北条氏の落武者の亡霊

顔の長いおじさん

『ステキな金縛り』という映画がある(監督:三谷幸喜、主演:深津絵里)。妻殺しの容疑者となった男の弁護を担当する宝生エミ(深津絵里)だが、男は「事件は自分を犯人に仕立てるためのトリックで、妻が殺された夜、自分にはアリバイがある」と主張する。男のアリバイとは、その夜、旅館に泊まっていて金縛りにあい、一晩中身動きできなかったというものだった。あり得ないアリバイだが、宝生は男のいう旅館に赴き、そこで男を一晩中金縛りにしていた戦国時代の落武者の亡霊・更科六兵衛(さらしなろくべえ・西田敏行)と出会う。宝生は六兵衛に、男のアリバイを証明するため、法廷での証言を求めた……。

西田敏行演じるざんばら髪の落武者・更科六兵衛は北条(ほうじょう)氏の家臣という設定なのだが、この映画を観た時に、子供の頃のことを思い出した。私は東京都下で育ったが、家の二階にいる時に、幼い妹が何度か「顔の長いおじさんがいる」と言ったのを覚えている。もちろんそんなおじさんなどいるはずがなく、妹の空想の産物だろうと相手にしていなかったが、どうもそうではなかったようだ。

大人になってから妹が言うには、子供の頃に見ていた「顔の長いおじさん」とは、髪がざんばらになって顔の両脇に垂れた落武者のことで、髪が両脇に垂れているので顔が長いように見えた、とのことである。ときどき家に現われていたらしく、妹が中学生の頃、試験勉強中の夜中に机でうたた寝していると、頭をコツンと棒のようなもので小突かれたこともあったらしい。棒というのはおそらく槍で、穂の反対側の石突(いしづき)でコツンとやったのではと想像する。

また家の居間の白い壁に、カビのような汚れがついて、ざんばら髪の落武者の顔のようになったこともあった。私と母親が「侍の顔のように見えるね」と話していると、怖がった父親が雑巾でこすったが、それでもぼんやりと残っていた。妹は、「それが顔の長いおじさんの顔だよ」と言う。不思議と怖くはなかったようだ。

その後、転居したので、顔の長いおじさんのそれからは知る由もないが、彼が何者であったのかは、およそ想像がつく。家の北方に川があり、川向うに戦国時代の北条氏の滝の城跡(埼玉県所沢市)があった。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めに際し、北条方の城は忍(おし)城(埼玉県行田市)を除いて、ことごとく落とされている。おそらく顔の長いおじさんは、滝の城落城の際、南方へ逃れようとしたところで敵に討たれた北条方の武者だったのではないだろうか。

八王子城跡

八王子城の悲劇

本稿の最後は八王子城(東京都八王子市)の話で締めくくりたい。八王子城は小田原城に本拠を置く北条氏の最大の支城であり、先述の滝の城は八王子城の支城にあたる。城跡は当時の遺構がよく姿を留め、「日本百名城」の一つにも選ばれている。その一方で、関東近郊の方なら耳にしたことがあるのではないか。あそこは「出る」と……。そこには、悲しい落城劇があった。

書いた人

東京都出身。出版社に勤務。歴史雑誌の編集部に18年間在籍し、うち12年間編集長を務めた。「歴史を知ることは人間を知ること」を信条に、歴史コンテンツプロデューサーとして記事執筆、講座への登壇などを行う。著書に小和田哲男監修『東京の城めぐり』(GB)がある。ラーメンに目がなく、JBCによく出没。