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2024.08.12

なぜ人は極楽浄土を目指すのか?行く前に知りたい10の楽しみ

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人は死ぬと善い人は「天国」へ、悪い人は「地獄」に行く……というのは大昔から全世界で流布している概念です。実際のことは死んでみないとわかりませんが、「死後の世界」に魅かれるのも事実。

和樂webでも過去に「地獄」についての記事がいくつか公開されています。しかし、それの対をなす「天国」側の記事はあまりないなと気づいたので、今回は日本における天国……死後に善い人が行くところである仏教の『極楽』について、平安時代の僧源信(げんしん)の『往生要集(おうじょうようしゅう)』などをもとに紹介します!

そもそも「極楽」って?

「極楽」とは仏教における死後の世界の1つです。

仏教の世界観で人間は、「六道(ろくどう/りくどう)」と呼ばれる欲にまみれた6つの世界の中で生まれ変わりを繰り返しています。この生まれ変わりの繰り返しである「輪廻(りんね)」から解放され、上のステージである「浄土(じょうど)」を目指すのが仏教の目的です。

浄土は悟りを開いて「仏(ほとけ)」となった者がそれぞれ構えた、穢れのない清浄な世界のことです。その一つが西の果てにあるという、阿弥陀仏(あみだぶつ)がいらっしゃる「極楽(ごくらく)浄土」です。

「極楽」ってどんなところ?

中国の仏教の経典には「極楽には数多くのさまざまな良いことがある」と説いています。日本では、寛和元(985)年に源信が執筆した『往生要集』の中で、『十楽(10の楽しみ)』として一部を紹介しました。

それはこのように書かれています。

浄土の楽しみ・1:仏が迎えに来てくれるよ!

生前に善行を積みつつ、長い年月極楽浄土へ行きたいと願った人は、臨終の時に自然に「大いなる喜び」が湧いてくるでしょう。これは阿弥陀仏が「すべての生きとし生けるものを、苦しみから救う」と誓ったからです。

死を怖がらないように阿弥陀仏が自ら多くの菩薩(ぼさつ)と共に迎えに来てくれます。

ちなみに菩薩とは悟り切った「仏」の一歩前段階にいる者のことです。慈悲の象徴である観音様(かんのんさま)こと観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)や、知恵の象徴たる大勢至(だいせいし)菩薩など、仏像でおなじみの面々が迎えに来てくれます。

阿弥陀仏が迎えに来る様子を描いた来迎図(らいごうず) 『阿弥陀聖衆来迎図』 出典:ColBase

さながら推しが目の前に現れて手を差し伸べるというような激しすぎるファンサ! 自然に大いなる喜びも湧きまくるってもんですよ。

浄土の楽しみ・2:極楽に生まれる瞬間が感動的すぎる!

浄土に行くには、魂が天上界に行く……というものではなく、一旦この世で死んでから浄土で生まれ変わるというシステムになります。

この世に生まれる時は母のお腹の中にいますが、極楽浄土に生まれる時は蓮の花の蕾の中にいます。そして蓮の花が開くときに極楽浄土に生を受けるのです。初めて極楽浄土の荘厳な世界を目にする感動は、生前の喜びの百倍千倍にもなります

なるほど。浄土式庭園と呼ばれる庭園で池に蓮の花がたくさんあるのは、こういう理由からだったのですね。

蓮の花から生まれる様子 『刺繍釈迦阿弥陀二尊像』 ColBaseから加工

ちなみに極楽浄土の世界を描いた絵画はいくつも存在しますが、私が好きなのは奈良県の当麻寺(たいまでら)に伝わる『貞享本當麻曼荼羅(じょうきょうぼん たいままんだら)』ですね。4m四方もある見上げるほどの巨大な絵画で、青い空と黄金に彩られた世界が鮮やかに表現されていて、没入感がすごかったです。

浄土の楽しみ・3:美しくなって神通力が使えるようになるよ!

極楽浄土に生まれた人は、肌が純金色で常に光を放ち、お互いを照らし合うようになります。

……ってそっち方面の美しさなんですね!? あ、でも仏像によく金箔が張られているのは、そういうことなんですね。

そして5つの神通力を得るでしょう。歩かずとも遠くの景色を見ることができ、その場にいながら遠くの声を聴くことができる。過去のことも今見てきたかのように知ることができ、今を生きる人々の心も明瞭に解るようになる。そしてどんなに遠い場所にでも一瞬で行くことができるようになります。

こんなこと、この世に生きている人が一つでもできるでしょうか。

ほほう。つまり極楽浄土ってWi-Fi完備ってことですかね?

千年後の現代だと、まだ他人の心まではわからないけれど、電話したり、インターネットで画像や記録映像を観たり……一瞬ではないですが車や電車・飛行機などで遠くの国に行けるようになっていますよ! ……って言ったら、源信さんも腰を抜かしちゃうでしょうか。

浄土の楽しみ・4:五感で感じるすべてが美しい世界だよ!

視覚的に美しいだけでなく、美しい音楽が常に鳴り響いて、自然音も美しいです。香りや味、触感もやはり同様です。体を洗う池も川も温度や深さも調節できて気持ちいい設定にできます。

それが終わったら、経を読んだり、経を聞いたり、好きに過ごしてくださいね!

香りの良い花も咲いていますし、おいしい食べ物もあります! 食べ物以外でも、たとえば衣類なども欲しいと思ったものはなんでも目の前に現れます。

光は隅々に行き渡っているから、もはや太陽や月や灯りも必要ない世界ですよ。気温も常にちょうどいいから四季はないですけれど。

スパリゾート!? スパリゾート西方浄土GOKURAKUですか!?

浄土の楽しみ・5:喜びが尽きない世界だよ!

私たちが住む苦しみの多い世界は、喜びや楽しいことに没頭することなどできません。けれど極楽浄土に生まれれば、愛する者と別れる苦しみも、恨み憎む者に会う苦しみもなく、命も無限なので生老病死に苦しむこともありません! そもそも苦しいなんて言葉はないのです! だから喜びが尽きない世界なのです。

おお……ここでちょっと執筆当時の平安時代の情勢が見え隠れしますね。趣味に没頭できる現代は、いかに恵まれていることか。それでもまだ永遠に楽しむことはできないのですから、平安時代の人々の苦労が偲ばれます。

浄土の楽しみ・6:親しい人と一緒にいられる世界だよ!

もし極楽に生まれたならば、賢くなって5つの神通力も使えるのですから、家族や恩人、知り合いを極楽に連れてきて、救うことができます

えっ! つまりこのスパリゾート西方浄土GOKURAKUは、自分の会員カードで家族や友人も入れるってことですか!?

あるいは家族や友人が会員カードを持っていれば入れるし、他人でも恩を売っておけば、その人が極楽に行った暁には招待される可能性が!? これが他力本願……! 他人に親切にして徳を高めるとはこういう事なんですね!

……真面目に言いますと、人生とは出会いと別れの連続です。会いたくてももう会えなくなってしまった人は、連絡手段が無数にある現代でも多いです。そういう人とも再会できる世界なんですね。

浄土の楽しみ・7:あの有名な菩薩と会えるよ!

極楽浄土には、阿弥陀仏の元に普賢(ふげん)、文殊(もんじゅ)、弥勒(みろく)、地蔵(じぞう)、観世音、大勢至など、みんな一度は名前を聞いたことのある大菩薩が大勢います。

彼らの名前を聞くことさえ、わずかな縁ではできないのに、ここでは顔を合わせ、言葉を交わし、敬うことができます。楽しくないわけがありません!

菩薩は阿弥陀仏の付き人のような存在で、かつ修行者としては一番仏に近い存在。いわば推し活の大先輩にあたります。有名な先輩の近くで一緒に推し活できるなんて……身に余る光栄ですね!

浄土の楽しみ・8:仏に直接説法してもらえるよ!

仏自身の説法を聴くなんて、この世ではとても困難なことです。仏が人間だった頃も、姿を見ることも声を聴くこともできなかった人は無数にいます。ところが極楽浄土では仏や菩薩たちの説法を直接聴くことができるのです。

これはコンサートなどで生で推しを見聞きする状況を想像するとわかりやすいでしょうか。現代もチケット争奪戦に敗れたり、日程が合わなかったりで直接行けないという人も少なくありません。ましてや情報も交通手段も限られている平安時代。推しが自分のためにコンサートを開いてくれるなんて、まさに極楽……!

浄土の楽しみ・9:心のままに仏を供養できるよ!

極楽浄土に生まれた者は、いつでも阿弥陀仏に天の花を捧げることができます。他の仏を供養したいと思ったら、その仏の目の前に進んで跪けば、仏はそれをお許しになります

推し活もままならなかった平安時代……! そうか、そうですよね。推しに認知されたくない系のオタクもいらっしゃると思いますが、お慕い申し上げていることはお伝えしたいオタク心!! SNSでイイネを押す感覚で仏に花を添えたかった人もいるでしょう。 

そして推しが複数いるという人も少なくはありません。たくさんの推しを自由に推せる喜び……! 平安時代の人はそれもままならなかったと思うと……千年後から「がんばれ!」とエールを送りたくなりますね!

浄土の楽しみ・10:修行に全集中できるよ!

仏教の修行をするとしても、この世界で成果を期待することは困難です。苦しみを受ける人は憂いに沈み、楽しみを受けるひとはそれに執着してしまうので、修行に集中できずに挫折してしまいます。

極楽浄土に生まれれば挫折することなく修行に集中し、悟りにいたることができます。その為の環境が整っているからです

あ、はい! 今までさんざん仏道を「楽しみ」と「煩悩」への執着の極致である推し活に当てはめてしまい、申し訳ございませんでした!! わかりやすいかなと思ったんです。許してください!!

スパリゾート西方浄土GOKURAKUに行く道は、私はまだまだ遠そうです。

極楽Q&A

『往生要集』にはなぜ極楽浄土を目指すのか、よくある質問に対する回答も載っています。そのいくつかを紹介しましょう。

Q:浄土はいくつもあるのに、どうして極楽浄土にこだわるんですか?

A:多くの仏教経典や論文が、極楽浄土を勧めているからです。すべての経典や論文に15回も目を通した高僧が選ぶおススメ浄土第1位が極楽浄土なのです。

Q:なんで極楽浄土が人気なんですか?

A:実際に多くの浄土にこれといった差はないのですが、いままで修行をしたことがない人の心を一すじに定めるとしたら、極楽浄土が最適だったからです。

 なので自ら目標として定めるなら、本来ならどの浄土でも良いのです。たまたま私は極楽浄土に詳しくなったので、極楽浄土を勧めています。

極楽以外の浄土

源信さんも「極楽以外にも浄土があるのでどの浄土を選んでもいい」と言っているので、他の浄土も紹介しておきましょう。

補陀落(ふだらく)浄土

阿弥陀如来の元で修行している観世音菩薩がいらっしゃるのが「補陀落山(ふだらくせん)」です。観世音菩薩は現世だけでなく来世に渡ってもご利益を与えるとされています。

『観世音菩薩銅像』 出典;ColBase

観世音信仰が広まると、和歌山県の那智山(なちさん)や栃木県の日光山(にっこうさん)など、各地の霊験あらたかな山を補陀落山に見立てるようになります。特に那智では補陀落浄土への往生を願い、海に小舟で漕ぎ出す「補陀落渡海(ふだらくとかい)」も行われていました。

浄瑠璃浄土

極楽が西方にあるのなら、東方にも浄土があるのでしょうか……? と思ったら、ありました。それが薬師如来(やくしにょらい)の東方浄瑠璃浄土(とうほう じょうるり じょうど)です。

『薬師如来坐像(七仏薬師のうち)』 出典;ColBase

如来(にょらい)とは仏に対する尊称で、薬師如来は生きとし生ける者の病苦を除き、安楽を与えます。

浄瑠璃とは青いサファイヤのことで、浄瑠璃浄土の大地はサファイヤで装飾されているといわれます。

霊山浄土

仏教の教祖であるお釈迦さまも、浄土を構えています。それが霊山浄土(りょうざん じょうど)。ここには常にお釈迦様が実際に存在していて、直接説法を受けることができます。

この霊山とはインドに実在する霊鷲山(りょうじゅせん)のことで、お釈迦さまはここで『法華経(ほっけきょう)』などを説いたと伝わっています。

『刺繍釈迦如来説法図』 出典;ColBase 

兜率天

兜率天(とそつてん)とは、欲にまみれた6つの世界(六道)の中の、最上階である天上界(てんじょうかい)にある世界です。天上界の中も6つに分かれていて、兜率天は「第四天」とも呼ばれています。

世界の中心にあるとされる聖なる山、須弥山(しゅみせん)の頂上にあり、菩薩の中でも最も仏に近い者が説法をしています。現在は弥勒菩薩がいるとされていて、お釈迦様の入滅(にゅうめつ)から五十六億七千万年後にこの世に降りて仏になり、生きとし生ける者を救うと言われています。

『兜率天上の弥勒菩薩像』 出典;ColBase

日本でも戦国時代にこの弥勒信仰が流行しました。

念仏を唱えて極楽へ行こう

『往生要集』ではこのように極楽を紹介して、極楽へ行く方法として「ひたすら念仏を唱える」という修行を提唱しています。「南無阿弥陀仏」と唱えれば、阿弥陀仏はこれを聞き届け、極楽に連れて行ってくれるという浄土信仰の教えです。

平安時代の末期になると、保元(ほうげん)の乱・平治(へいじ)の乱・源平合戦と戦の世となり、武士や庶民も仏教に救いを求めるようになりました。そこでこの浄土信仰を広めたのが、『往生要集』を読んで勉強した、浄土宗の法然(ほうねん)や浄土真宗の親鸞(しんらん)です。

平安時代後期から鎌倉時代にかけて盛んになった浄土信仰は、現代も日本の文化や日本人の心の礎となっています。

アイキャッチ画像;神田宗庭隆信筆『当麻曼荼羅図』天保7年(1836) ColBaseを元に作成

参考文献
『往生要集 全現代語訳』(講談社学術文庫)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
日本思想大系『源信』(岩波書店)
『岩波 仏教辞典』