ROCK 和樂web
2024.12.20

「映えない」和菓子が熱烈に支持される? なによりも‟本当においしい”のために【菓匠 藤井】

この記事を書いた人

言葉を尽くしても伝えきれないが、言葉など何も必要ない。
まるで禅問答だが、それが「菓匠 藤井」の和菓子を初めて口にしたときの感想だ。

あの衝撃はいったい何だったのか。その理由を突き止めるべく、2024年11月、取材を申し込んだ。

「映えない」和菓子が熱烈に支持される

写真うつりの良い、いわゆる「映える」商品がもてはやされ、消費者も生産者も華やかな見た目に傾く今の世の中にあって、栃木県足利市に店舗を構える「菓匠 藤井」の和菓子は異質とも言えるほど素朴な形と味を守り続けている。団子、饅頭、大福、芋ようかん……みな、昔ながらの姿で店に並ぶ。

ただ本物を作っていれば売れるわけではない。その原則を疑ってしまうほど、店には次から次へと客が訪れ、うっかりすると昼過ぎには日持ちするどら焼きやきんつばなど以外、きれいさっぱり完売していることすらある。頻繁に広告を打っているわけではない。どころか、積極的に宣伝してもいないというのに、だ。

店はご夫婦お2人のみで切り盛りしている。お名前は出さず「店主」「奥さん」と書いてください、と恥ずかしそうに笑った

もともと個数を作っていませんから、と接客にあたる奥さんは謙遜するが、茶席などの大口注文が頻繁に入るわけではなく、普段使いのリピーターがほとんどだというから、和菓子離れの著しい今、稀有な存在であることは確かだろう。
たまたま居合わせた、長年の常連客という人におすすめを聞いてみたが、「どれも全部ですよ。ともかく食べてみて、そうしたら分かるから」と、にやりと笑われた。

圧倒的な、職人の矜持

筆者は和菓子好きなため、老舗名店からコンビニ菓子まで、比較的多くの和菓子を口にしてきたほうだと思う。値段にかかわらず、それらのどれもにそれぞれ個性を感じ楽しんでいたのだが、射抜かれるような衝撃を覚えたのは初めてだった。その道のプロではないから詳しいことは分からないのだが、素材が「生き生きとしている」、そう強く感じた。

菓匠 藤井の和菓子(画像提供:菓匠 藤井)

「トレンドや流行とは無縁なんです。だから、写真を撮ってもキラキラにはできないでしょう?」
奥さんはそう苦笑するが、そこに卑下の色はない。
「コンビニの安さには勝てないし、有名店のようなブランド力もありませんけれど。でも、妥協のない真面目な品物を作っていることは、うちの自慢です」
そう話す店主に、困っちゃうくらい頑固一徹なんですよ、と奥さんが茶々を入れる。
「冬限定のいちご大福も、最初は作るのを嫌がったんですよ、この人。でも、地元特産品のとちあいかを使った和菓子で、お客さんに喜んでいただきたいじゃないですか。だから説得して説得して、ようやく実現させました」
店主は黙って苦笑している。遠慮のないやり取りから逆に仲の良さが窺え、店内の穏やかな空気の理由が分かった気がした。

地元足利産とちあいかを使ったいちご大福。いちごに合う味と食感を探して試行錯誤を繰り返したそうだ(画像提供:菓匠 藤井)

製菓を一手に担う店主は、「変化なしの直球勝負」が信条なのだそうだ。だから、珍しい味や形ではなく、スタンダードなものを作り続ける。ただ、それは単なるスタンダード=普通では決してない。

聞けば、餅菓子に使う米を粉にするところから、自前で作業しているのだという。ひと昔前はそれが当たり前だっただろうが、現在では外注である程度出来上がった材料を仕入れる店も少なくないそうだ。

契約農家から仕入れた、収穫から1年以内の高品質なうるち米100%で作る米粉。品質が変わりやすいため、米粉にしてから2日以内にすべて使い切るという

店内に掲示されている作業紹介ポスター

「これで作ると、柏餅なんかは完成直後透き通っているんです。炊き立てご飯が少し透明っぽいのと同じですね」
そう話す店主の目は、まるで少年のように輝いている。
「餡も必ず豆の状態で仕入れます。粉にするからといって、はねだし(規格外)は使いません。見た目の形だけではなくて、やっぱり味が違うんですよ」
餡に使う小豆は品種・等級を常に単一のもので保ち、すべての工程を自工場で作業することで、こしあんもつぶあんも同じ高品質な味、を実現しているそうだ。
「餡は和菓子の肝です。餡の味や口当たり・なめらかさを決めるのが豆を粉にする工程ですから、手間は惜しみません」
自分たちの目で最初から最後まで見て作ったものを届けたい。それが、「食べて美味しく、体に優しい」をモットーとする菓匠 藤井のこだわりだという。

こちらは夏期限定の「麩まんじゅう」。あっという間にほどかれ、食べ終われば即捨てられてしまうにもかかわらず、笹の包みは香り高く細部まで美しい/独特の歯ごたえが楽しい、あおさ入りのまんじゅう。爽やかでなめらかな餡と相まって夏を感じさせる

「30キロの米袋を日常的に扱って、一から餡を炊いて。非効率かつ重労働ですから、体力的にかなりつらいものですよ。けど、うちがうちじゃなくなったら、長年のお客様に申し訳が立たないですから」
ひたすら真摯に、丁寧に、‟本当においしい和菓子”を作ることを最優先しているという。
「もっと今風のものを作らないの、と聞かれることはやっぱりありますよ。今どきナンセンスなのかもしれないと思うこともあります。でも、自分の信条は、素材が一番おいしい状態を常に提供することで、そこだけをひたすら追っていたいんです。たとえ時代遅れと言われようとも、です」
店主は穏やかに、しかし強い気概を感じさせる口調で言った。

そうか、これだったのだ。
人の手で丁寧に作られたものには、何であれ作り手の人柄や思いがにじみ出ている。一本芯の通った清々しさ、強い信念のようなものがダイレクトにぶつかってきたからこその、あの「衝撃」だったのだろう。
そんな曖昧で非科学的なことを、と思われてしまうかもしれないが、古来、日本では「物に魂が宿る」ことは当たり前に受け入れられてきたし、美術品など文化財が実物で(デジタルデータのみでなく)保管される意義もまたそこにあるのだろうと思う。
言葉にできない、五感で感じる何ものか。電子機器や文字では伝わらないそうしたものの大切さを、思いがけないところから突き付けられた。

この地で今までも、これからも

菓匠 藤井は地域の人びとに長く愛されているが、お2人もまた地域の人たちをこよなく愛しているのだという。
「なにか嫌なことがあっても、来てくださったお客様と他愛ないお話をしているうちに、いつの間にか忘れてしまえたりもするんです。ここに店があったからこそ、私も今まで続けてこられた気がしています」
奥さんはそう言って照れたように笑った。

菓匠 藤井は創業約120年の老舗で、現在の店主は4代目。6年前に区画整理で元の店舗から200メートルほど離れた現在の場所に移転したが、新しくモダンな外観からケーキなどの洋菓子店と思って入ってくる観光客もいるそうだ。
「和菓子店だけれど、いかにもそれらしい外観でなくてもいいのかなあ、と思いまして」
奥さんがそう話してくれた。ガラス張りでモノトーンを基調にした店舗は、確かにいかにもな和の雰囲気ではないが、不思議とこの店の商品とマッチしているように思える。

菓匠 藤井の外観。入口の少し左には、季節ごとの掛軸や飾り付けが

また、ネットが広く普及している世の中だが、通信販売はしていないという。
その理由は、2人でできる範囲を超えてしまうことと、ネット通販のための商品を作るとなると、店のコンセプトから外れてしまうから、とのこと。
「本当においしいものを食べたときの幸せな気持ちを、私たち自身が知っているので。だからこそ、徹底的においしさにこだわりたいんです」
信念を曲げない「職人らしい職人」の魂が、この地にゆったりと息づいていた。

菓匠 藤井 店舗情報

菓匠 藤井(かしょう ふじい)
住所:栃木県足利市八幡町830-7
電話:0284-71-0553
営業時間:9:00~18:30(年末年始など営業時間変更あり)
定休日:水曜日、月1回火曜日休みあり
Instagram:https://www.instagram.com/kasho_fujii/

書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。