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Culture
2025.01.29

死してなお美しく…中国の怪異・僵屍(キョンシー)の恐怖と悲哀

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幽鬼妖怪はこの世の者にあらず。
怪異について話に聞いたり、ものの本で読んだことはあっても、ほんとうの姿は誰にも分からない。誰にも分からないけど、幽霊化物と出会ったと語る人がいるのも確かで、その経験を書き留めた筆まめな人がいて、そうして記録され、今日まで語られるもののひとつに、僵屍(キョンシー)がある。

どういうわけか、中国には僵屍に出くわしたという人がたくさんいて、この怪異についての記録がかなり残されている。そして数ある中国怪異のなかでも、僵屍には、人を魅了する独特な雰囲気がある。アニメや漫画に描かれる架空の僵屍よりもずっと不気味で狂暴、得体のしれない、本物の僵屍を今回は紹介しよう。

棺の中でも腐らず、朽ちない体

古い文献によると、僵屍は死んでも腐らず、年月を経ても朽ちず、骨になることもないらしい。と聞くと、古代エジプトのミイラとか日本の即身仏を想像するけれど、香薬で加工されるでも修行に耐え抜いたわけでもない僵屍は、どこにでもいるただの遺骸にすぎない。そうして墓の中で生きたような顔をして横たわっていたところを、生きている人間に偶然に見つかってしまった僵屍たちがいる。

時を止めた屍(『子不語』より)

“Ghosts” Yao Luan、姚鑾 (The Art Institute of Chicago)

雍正九年の冬に西北地方で地震があり、ある村では地が一里も陥没した。しばらくして村民が穴になっていない部分を掘ってみると、一家全員が僵屍となってそこにいた。一切の什物器皿までそのまま残っていて、主人なんて今まさに、天秤で銀を量ろうとしているところだったという。

棺を嫌がる屍(『志異続編』より)

青浦灘というところに半分ほど蓋で覆われた棺があり、中には一体の屍があった。衣類は半ば朽ちているが、両足の十の指はむき出しで、足の裏を包んでいた白布もまだ残っている。以前は靴も履いていたと聞くが、見物人が手で触るせいで灰になり、今は朽ちてしまった。足の指は、金漆のごとき色をしている。歯は黄白。両眼は、片方は眼を閉じ、もう一方はくぼんでいる。
この屍は、かつて船乗りで、死後にむしろで巻かれて洞内に置かれたらしい。金持ちになった後の子孫が棺に納めようとしたところ、家は破産し、子孫も絶えたそうだ。

棺の中で生き続ける死人たち(『醒睡録』より)

その屍は葬られてから六百年は経つだろう。子孫が棺を移そうと土を掘ると、埋めたときの形のままの棺と屍が出てきた。なにより不思議なのは、前陰がそそり立っていることで、それは生者と変わらない代物だったという。

また別の墓では、二百年を経て取り出された棺が、少しの湿気もないというのに、棺の中に清水を充満させていた。屍の顔は生きているようだった。眉も髪も皮膚も生きているときのまま。おなじ穴に納められていた夫人の棺も同様だった。しかし屍は外気にあたるやいなや変色して、臭気で近づくことができなくなった。

家の梁、布団の中、夜道に注意

死んでいるのに生者みたいな顔色をしているとか、数百年も経つのにきれいな服のままとか、僵屍はまさに状態の良いミイラといった雰囲気だ。穏やかに横たわっているだけならまだしも、なかには踊ったり、お金を盗んだり、人を襲う狂暴なものもいる。

梁にぶら下がって威嚇する死人(『鸝砭軒質言』より)

ある男が妻を失い、盛大な葬儀をおこなった。しかし、ふと見ると棺の中には誰もいない。探してまわると、屍は家の梁の上にいた。屍は梁に両手でぶら下がり、こちらを真っすぐと見つめている。僧が発砲すると、屍は落ちてきて掴みかかった。呪文を唱えて、ようやく動かなくなったという。

僵屍と寝た男(『鸝砭軒質言』より)

仕事を終えた男が足を伸ばして休んでいると、足になにか触れるものがあった。見ると、布団を被った人が寝ている。男は布団にもぐりこみ何者かと確かめてみた。その人物は呼吸がなく、触ると氷のように冷たかった。驚いた男が火を灯すと、その人物は布団から抜け出て、男に掴みかかった。男は必死に逃げ、高い塀によじ登った。僵屍は男の足を掴み、引きずり降ろそうとする。
鶏が鳴き、夜が明けた。僵屍は動かなくなった。足はまだ掴まれたままなので、その指を切ってようやく離れたが、指の痕が肉に喰いこみ、かなり腫れたという。

どこまでも追いかけてくる首吊り死体(『夷堅志』丁志巻五「句容人」より)

“Ghosts” Yao Luan、姚鑾 (The Art Institute of Chicago)

飛脚が仕事を終えて帰路を急いでいると、寒夜に山麓の小屋で村人たちが焚火をしているのを見つけた。近くへ寄って見ると、彼らは屍を囲んで番をしているのだった。その死体は小屋で縊死した人で、彼らは検屍役員が到着するのを待っているのだという。
その場を離れた飛脚は、月下の道を急いだ。と、飛脚について来る者がいる。後ろへ話しかけてみると返事があった。
前方に、溝があった。飛脚はひょいと溝を飛び越えたが、後ろの人は越えられず、音を立てて溝へ落ちてしまった。急いで駆け戻ると、声の人物はすでに死んでいた。

近くの家へ駆け込んだ飛脚は事情を告げ、山麓で屍の番をしていた村人の一人が亡くなったから連絡してほしいと家の主人に頼んだ。そんな折、山麓では、村人たちが行方不明になった屍を探していた。飛脚は屍体を連れて村へ戻り、もとどおり、首を吊った縄に屍を置いたという。

壁の裏、瓦礫の下から現れ出る女僵屍

男とか女とかに関わらず、生きとし生ける者は誰しも死ぬので、もちろん女の僵屍がいたっておかしくない。屍体との遭遇の仕方にはいろいろあるが、女僵屍の話はスリリングだ。

美しいまま死んでいる女(『右台仙館筆記』より)

某氏の暮らす家には雨が降るたびに女の形があらわれて、洗っても洗っても取れないので、ついには引っ越すことにした。そこへ別の者が住みついた。夜中、煉瓦が動いて盛り上がっているのを見つけた住人は翌朝、その部分を掘ってみた。すると、女の屍が出てきた。衣類はきれいなまま、顔も生きているかのよう。ただ、全身に緑色の毛が生えていた。

“Ghosts” Yao Luan、姚鑾 (The Art Institute of Chicago)

これはまたべつの某の話。
ある男が、購入した土地の瓦礫の山を整理していると、二十ほどの棺が掘り出された。そのうちの一つに女の屍が納められていた。女は豪華な服を着て、肌は白く潤い、頬には化粧をしていた。しかし、間もなく灰になって壊れてしまったという。

葬式から逃げてきた女の子(『通幽記』より)

雷雨の一夜が明け、ある男の家へ少女がやって来た。どこから来たのかと聞いても答えない。逃げてきたのかもしれない、そう思ってかくまってやったのに、少女は明け方に死んでいた。驚いた男が少女の家を探して歩いていると、喪服の人たちの会話が聞こえてきた。
「死んでさえ逃げるのだから、生きていたらなおさらよね」
男が尋ねると、喪服の一人が語った。
「うちのお嬢さんが亡くなって三日経つのですが、昨夜、納棺しようとしたら雷に打たれて、屍体が起き上がり、それきり行方不明なのです」
彼らの探している屍体とは昨夜の少女にちがいない。男は昨夜の出来事を告げ、彼らを家へ連れて行った。果たして、逃げてきたその屍体こそ件の少女だった。葬ってやろうと少女を家に連れて帰ろうにも、なぜか重くて運べない。男が酒を供えて祈ると、ようやく去ったという。

もし僵屍に出会ってしまったら

中国の人はよほど僵屍が好きらしく、『水経注』『滇南新語』『滇南雑語』……と、この怪異についての記録を挙げだしたらきりがない。とくに六朝時代の人々は怪異好きで、この時代、怪奇な出来事を綴った「志怪書」が流行した。そのひとつ、劉敬叔の『異苑』は古文献だが、これによると僵屍の肉は薬にもなるらしい。とはいえ、できれば遭遇したくないという読者には、僵屍と一般的な死体とを見分ける方法がある。

まず、死体の顔をよく観察しよう。僵屍は死んでいるのに、生者のように肌艶がとても良い。そして、どういうわけか、緑色の毛が生えていることがある。『玉芝堂談薈』によれば、「この年齢不詳の生きものは、艶のある美しい黒髪は白く色あせていたが、生きているような顏をし、両手ともこぶしを握っていたが、伸びた爪が手のひらに穴を開けて、手の甲から飛び出していた」とある。記述が確かなら、僵屍はかなり爪が長いらしい。

では僵屍に襲われると、どうなるのだろう。
僵屍の長く鋭い爪で抱きつかれたら、両手が折れようが裂けようが、爪が皮膚に喰いこんで抜けない。被害者のなかには、僵屍に頭から喰われて血を吸われた人がいる。
僵屍の頬を叩いたら頭が打つにまかせてくるくるとまわった、という話もあるが、祟られることもあるので笑えない。攻撃は控えること。
僵屍は空を飛び、作物を荒らし、鶏の血を吸い、人間の血も吸い、子どもの脚を噛んでいるところを目撃されている。農夫が叫ぶと、その僵屍は持っていた子どもの脚を投げ棄てたという話も残されている(『子不語』『続子不語』)。

美しい死人

“Ghosts” Yao Luan、姚鑾 (The Art Institute of Chicago)

棺から這いだし、長い鉤爪で人を襲い、子どもを喰らい、血を吸う。怪異は星の数ほどもいるが、僵屍ほどなまなましく、肉体的にも、地理的にも、人に近い怪異はそういない。それでも、今日にいたるまで、人びとが僵屍に絶えず惹かれてきたのは、彼らがただただ恐ろしいだけの存在ではないからだ。

僵屍のなかには夜ごと墓から出てきては月を見る者もいる。月光の下、時を止めた死人が静かに現れて、時間を忘れて夜空を見上げている光景は幻想的だろう。ちなみに、この僵屍は農夫ににぎり飯をもらっていた。じつは、僵屍は火で煮焚きされたものを食べると、本当の人間に戻るのだという。何百年も死につづけていても、人であることを捨てきれない僵屍もいるのだ。屍と人間の恋は、ロマンチックで深い悲しみに満ちている。

【参考文献】
澤田瑞穂『鬼趣談義 中国幽鬼の世界』平河出版社、1990年

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。