この記事を執筆しているのは2019年10月9日。現在、台風19号が近づいている。
今の時点で中心気圧は915hPa。今後もあまり勢力を衰えさせずに本州へ進むという。筆者は静岡県静岡市在住で、このまま予報通りなら我が家も無事では済まないだろう。
停電や断水は、既に覚悟している。問題は食料だ。人間、食うものがなければ死んでしまう。
そこで此度購入したのが、日本人にはお馴染みの乾パンだ。
軍隊と乾パン
乾パンは旧日本軍が全力を挙げて開発したレーション、即ち戦闘糧食である。
開発に至る最初のきっかけは幕末、韮山反射炉の建設で有名な江川英龍が保存の利く食料を製造したことだった。幕末期は欧米からビスケットという保存性に優れた食品が流入してきた時期でもあり、それに触発される形で軍隊向けの携帯食料の開発が始まったのだ。
だが、欧米式のビスケットは日本人の口に合うものではなかった。文明開化以後の西南戦争で、その問題が露呈してしまった。この時の日本陸軍に支給されていたのは、イギリス海軍のハードタックを模したものだったが、そもそもハードタックは帆船時代からの糧食である。
昔ながらの帆船では、とにかく長持ちする食料が求められる。言い換えれば、それ以外の要素は二の次なのだ。すっかり水分の抜けたカチカチの分厚いビスケット、と表現すればその味も想像できるだろう。どう考えても美味いものではないし、完食するのに大量の水を飲む必要も出てくる。この点が西南戦争で明らかになってしまったのだ。
これ以降、軍用ビスケット即ち乾パンの改良が加速する。
戦乱をくぐり抜ける
司馬遼太郎の『坂の上の雲』に登場するプロイセン陸軍のメッケル少佐は、日本陸軍の近代化に貢献した実在の人物である。
若き日の秋山好古もメッケル少佐の下で最新の兵学を学んだ。このメッケル少佐は、一言で言えば日本陸軍に師団制を指南した教官である。
現代の陸軍は、自衛隊も含めてどの国でも師団制だ。師団は常に指揮系統ごと移動することを前提にしている。だからあらゆることを自給自足で行わなければならない。海軍と空軍の基地が「ベース」と呼ばれるのに対し、陸軍の駐屯地が「キャンプ」と呼ばれるのはそのためだ。
移動が前提であるから、「移動の最中の食料」についても考えなければならない。しかも戦闘をしながらの移動だから、保存性にも携帯性にも優れ、なおかつ兵士に対して十分なカロリーを与える必要もある。
日清戦争、日露戦争、日中戦争と数々の戦乱を経験する中で、日本独自の携帯食料である乾パンは徐々に洗練化かつ小型化していった。この当時は「乾麺麭(かんめんぽう)」と呼ばれていた乾パンは、1931年に金平糖が同封されるようになる。これは唾液の分泌を促し、乾パンをより食べやすくするためだ。
太平洋戦争の頃には、既に乾パンは一般国民にも浸透するようになった。この戦争は総力戦で、一般国民もその重みを背負わざるを得ない状況である。徐々に食料不足に陥る中、乾パンは日本人にとっての貴重なカロリー源となった。
1缶400kcal
さて、乾パンといえば三立製菓の『カンパン』である。これが最もポピュラーな乾パンではないだろうか。
三立製菓の製品は防衛調達品でもあり、陸上自衛隊がこの企業の乾パンを採用している。自衛隊時代の筆者も、オレンジスプレッドと名付けられた微妙な味のシロップと共に乾パンを食べた経験がある。
そのような背景を持った乾パンは、もちろん災害非常食としても大いに活用することができる。三立カンパンは、氷砂糖が同封されていることでも有名だ。これは上記の金平糖のように、唾液を多く出す工夫である。乾パン自体の固さも程よく、サクサク食べ進めることができる。
何より、賞味期限が長い。缶詰タイプのものは5年持つ。なお、三立カンパンには袋入りタイプのものもあるが、こちらの賞味期限は1年。
三立カンパンのカロリーは1缶あたり約400kcalだ。他の食料と組み合わせれば、1食分の熱量は確保できるだろう。
災害に備える
ここで、筆者オススメの「三立カンパンの食べ方」を紹介する。
現代の乾パンは西南戦争の頃のハードタックよりも水分を必要としないのかもしれないが、それでも食べ進めるうちに喉が渇いてしまう。そこで、乾パンとは別にフルーツ缶を用意しておくという手もある。これなら適度な水分を補給できる上、乾パンにはない栄養を摂取することも可能だ。
この記事は冒頭にある通り、令和元年台風19号を念頭に置いた内容である。しかし自然災害は台風だけではない。地震、津波、豪雨。日本に住まう者は誰しも、常に「その時」を考慮しなければならない。
そのような場面で、乾パンは我々の命を救ってくれるはずだ。