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Culture
2019.10.24

写真家・北島敬三、初期スナップ写真集発売。撮影から35年も寝かせた理由と作風に迫る

この記事を書いた人

溢れ出るエネルギーの強さに、思わず目が釘づけになってしまうほど、彼のスナップ写真は強い。写真家・北島敬三。

荒木経惟、深瀬昌久、森山大道など、そうそうたる写真家が講師として教鞭をとったWORKSHOP写真学校の森山大道教室で写真を学び、その作品性の高さで現在まで国内外で高く評価される、日本を代表する写真家である。日本の写真マニアなら常識レベルの話であろう。

かくいうにわか写真好きの私は、大変恐れ多くもこの春に発売されたイギリスのメンズファッション誌『Another Man Issue 28』の表紙を見て、彼のことを知った。いや、前々からぼんやり知っていたが、このときはじめてきちんと認識したと言った方が正しいのかもしれない。

それはリンクを見ていただいた通り、かのキム・ジョーンズ(Kim Jones)がデザイナーになりたてほやほやのディオール オム(DIOR HOMME)を、『Another Man』のファッションディレクターであるエリー・グレース・カミング(Ellie Grace Cumming)がスタイリング、そのフォトグラファーに抜擢されたのが北島氏である。

鈍いフラッシュの絶妙な質感、緻密に計算された構図。スタイリングの完成度の高さも相まって、それは唯一無二の作品になっていた。

いちファッション好きな日本人としては、「こんな最高な作品を日本で撮影してくれてありがとう(涙)」という感謝の気持ちでいっぱいになったのは言わんこっちゃない。我ながら馬鹿正直なミーハーである。

しかしその紙面の素晴らしさはさることながら、一般的な日本のファッション誌で北島氏の名前を見かけることは少なく、彼に対する疑問は深まるばかりであった。

「ある意味世界の頂点とも言えるファッション誌で、表紙に抜擢された北島敬三さんという写真家とは?」そのような気持ちで調べ続けていると、なんと過去にコム・デ・ギャルソン(COMME des GARCONS)のイメージビジュアルを撮影された方であった。

颯爽と街に佇む人々。彼らが持つ無機質な品格。それはコム・デ・ギャルソンというファッションブランド以外の何者でもなかった。そのようなダイレクトなイメージが構築された広告写真を撮影したのが北島氏である。そこから私は、大変愚鈍にも彼の作品に注目することになる。

35年という時が作品を完成させる

そしてこの秋、そんな北島氏の初期の作風を象徴するスナップ写真をまとめた新刊『EUROPEAN DIARY 1983-1984』が発売された。

時は1980年代。世界は冷戦真っ只中である。北島氏はその時代に写真家として東京や沖縄、ニューヨーク、東欧、ソ連の各都市を廻り、街や人を写真に収めた。

それはまさしく、彼の初期の作風を象徴するスナップ写真を撮影していた時期である。1981年にニューヨークで撮影したものをまとめた写真集『NEW YORK』は、第8回木村伊兵衛賞を受賞した。

今回写真集に掲載されているのは、1983年から1984年にヨーロッパで撮影したものだ。

本来、これらの作品はもっと早く公開される予定だった。しかし35年の時を経て、今年の春にロサンゼルスの現代写真を専門に扱うギャラリー・リトル・ビッグ・マン・ギャラリー(LITTLE BIG MAN GALLERY)で初の展覧会を開催。一冊の写真集として、この度まとめられることになった。

いったいなぜ、それほどの時をかけなくてはいけなかったのだろうか。

その理由は、見る者はもちろん、撮影した本人も作品との間に距離を持たせたかったからだという。そう、北島氏は写真家として、作品の時間軸にも大いなる配慮を払っているのだ。

北島氏の初期作品である、コントラストの強いスナップ写真。彼が初期の頃から発行してきたフォトジン『写真特急便 東京』にもそのような写真が掲載されているが、それが発売された当初は「見たことがある」「行ったことがある」といった場所の特異性ばかりが際立ち、求める見え方からかけ離れていたという。

彼はそのような見え方になるのを避けるため、あえて撮影してから35年もの間、写真を寝かせた。そうすることで、鑑賞者はもちろん、撮影した本人でさえ遠く、記憶を重ねることができないものにした。

それだけの時を経てようやく、彼が納得する作品のかたちとなったのだ。35年という時間がなければ、写真家・北島敬三の作品と言えなかったのである。

そう思って改めて写真集をめくると、ぼんやりとヨーロッパだと感じられる、鉄のように冷たい他人行儀な写真に圧倒される。場所の詳細は分からない。ただそこに存在した古びた街並みと人々の息遣いが、北村氏のハイコントラストな白黒のスナップ写真からまざまざと伝わってくる。

そして見終わった後は、写真の残像だけが記憶の片隅に残る。ただそれだけである。しかしそれが、写真家・北島敬三が求めていたものであり、彼の作品本来の在り方なのだ。

EUROPEAN DIARY 1983-1984

価格:¥8,200
著者:北島敬三
仕様:ソフトカバー
ページ数:363ページ
サイズ:174×270mm
出版社:LITTLE BIG MAN BOOKS
部数:500部
詳しくはこちら

現在以下の展覧会で北島氏の作品を見ることができます。気になった方はぜひチェックを。

話しているのは誰? 現代美術に潜む文学
会期:2019年8月28日(水)~11月11日(月)
会場:国立新美術館
住所:東京都港区六本木7-22-2

UNTITLED RECORDS Vol. 17
会期:2019年10月22日(火)〜11月17日(日)
会場:photographers’ gallery
住所:東京都新宿区新宿2-16-16-11 サンフタミビル

書いた人

服が好きだった母や祖母の影響を受けて、ファッションデザイナーの夢を抱き上京、文化服装学院に入学。その後編集者の方がおもしろそうだと路線を変更。ファッション系の編集プロダクション、web媒体を経てフリーに。興味を持つとどこまでも掘っていくオタク気質。和樂webではファッション文脈にある日本文化を追いかけたい。