Culture
2020.01.22

兵庫・姫路文学館がおもしろい!播磨の物語と史実をまとめて味わえる館内を徹底ガイド

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日本各地は文学館や作家の記念館が数多あるが、入場したもののどう楽しめばいいかわからないまま、ただ漫然と展示物を見ただけに終わったという方も多いのではないだろうか。
そのそも文学館にはおおよそ二つのパターンある。一つは特定の作家を顕彰するもの、もう一つは館が建つ周辺地域にゆかりの諸作家をまとめて称揚するものだ。
ところが、姫路にはそのどちらにも収まらないユニークな文学館がある。
その名もずばり「姫路文学館」。

シャープでモダンな建物は巨匠・安藤忠雄の設計によるもの

……名前は普通じゃん? と思ったあなた。そう、名前こそわりとそのまんまなのだが、中身は工夫を凝らした展示が満載の“普通じゃない”文学館なのだ。
文学にまったく興味がなくっても100パーセント楽しめる「言葉のテーマパーク」のようなこの施設、さっそく中に入ってみよう!

エントランスにいきなりおもしろ装置が

館は北館と南館の二棟に分かれ、メインの展示室は北館にある。
北館のエントランスに入っていくと、自動ドアで遮られた向こうに展示室が。たまたま開いた瞬間に中を覗き込んだところ、壁に様々なパネルや大型モニターがずらり掛けられていて、一番手前には「姫路城歴史ものがたり回廊」の文字が踊っているのが目に入った。

緩やかにカーブを描く回廊式の展示室

姫路城の歴史? あれ? ここ、歴史博物館だっけ? 
確かめるべく急ぎ中に入ろうとしたその時、「少々お待ち下さい~。まずはこちらに見てほしいものが~」と鈴のように美しい声が私を呼び止めたではないか。
声の主は学芸員の甲斐史子さん。そして、甲斐さんが指さす先には一台の見慣れぬマシンがぽつねんと置かれてあった。

モニターの表面には「播磨国風土記マップ」の文字が踊っている。
はりまのくに、ふどき、まっぷ? 風土記って、あれですよね。奈良時代に元明天皇の命令によって、諸国の古い伝説とか土地の特徴とかのローカル情報を集めて記録したやつ。
「はい。風土記と言えば『出雲国風土記』が有名ですが、播磨で編まれた風土記も現存しているんです。完本ではないものの、播磨に関わる神話や地名の由来がしっかりと残っています。そこで、風土記の内容をいろんな角度から検索して読むことができるようタッチパネル式のマップを作りました」
画面をのぞき込むと「郡で選ぶ」「動植物でえらぶ」「おもしろ地名でえらぶ」と三つの選択肢が示されている。「おもしろ地名」って何よ、とさっそくタッチしてみると、画面が地名をポイントした地図に変わった。
そこで、目についたものから適当に押していったのだが、どれもこれもいちいち内容が変で、可笑しいのだ。
たとえば「応神天皇が諸国を巡っていた時に、ここで宿を作って蚊帳を張ったので、地名がカヤの里になりました」みたいな「いや、もうちょっとヒネろう?」系から、「大己貴命(大国主命の別名)と少彦名命(大国主命のバディ)が、ハニ(粘土質の重い土)を運ぶのと、ウンコを我慢するのと(お食事中だったらごめんなさい)、どっちがツラいか我慢比べをした時についた地名」という「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」系まで、古代人の自由な発想がほとばしっている。
「実は、この風土記に書かれている地名の多くが今も残っているんです。そこで、該当する場所のイメージ写真なども合わせて御覧いただけるようにしました」
タッチパネルの案内に従って操作すると、風景とともに風土記に記された情報がコンパクトにまとまった画面が出てくる。さらには原文を奈良時代風に読み下した文まで読めるといういたれりつくせりの設計だ。
「入り口にあるので、気づかずに中に入ってしまわれるお客様も多いのですが、私としては、とてもおすすめのマップなんですよ。姫路にとって、姫路城はもちろん宝ですが、この播磨国風土記も大変な遺産だと思っています。出雲に比べれば内容的には地味で、壮大な神話はありませんが、親しみやすい逸話が多いのが特徴です。奈良時代の古老が語ったという話に、ぜひ目を向けていただければ」
これはおもしろい! と、画面にへばりつく私。だが、これはまだまだ序の口だ。扉の向こうにはさらなる「姫路」が待っている。後ろ髪引かれつつも風土記マップを離れ、展示室に向かった。

古代から現代まで 「姫路城歴史ものがたり回廊」

展示室は建物の一階と二階にあり、一階は入り口に近い「姫路城歴史ものがたり回廊」と奥の「ことばの森展示室」の二つに分かれている。
「『姫路城歴史ものがたり回廊』は、姫路城の立っている姫山とその周辺で起った出来事を古代から現代にかけて定点観測する形で、姫路および播磨地域で繰り広げられてきた数々のドラマ--伝説や文学から史実までをつなぎ合わせて一挙に展示しているコーナーです。各時代の26のエピソードを六つの時代パートに分けて紹介しています」
姫路文学館最大の特徴は、この展示方法にあるのだという。
「姫路には市立の歴史博物館がありません。ですから、当館は文学館でありながら、郷土史も取り上げることで歴史博物館的な役割も果たしているのです。ここでは、歴史上のエピソードも姫路を巡るひとつの『物語』として捉え、虚実織り交ぜながら『姫路の通史』をざっと把握していただけるようにしています」
たとえば、中世から戦国時代を扱う「姫路城のはじまり」コーナーでは、最初に姫山に築城した播州の太守・赤松氏にまつわる史実を紹介しつつ、同時に赤松家と執権浦上家の確執を題材に文豪・谷崎潤一郎が書いた創作小説『乱菊物語』を取り上げている。まさに「虚実織り交ぜ」た構成になっているのだ。

「2016年に館をリニューアルした時から、こうした展示方法を取るようになりました」
文学館のアイデンティティを保ちつつ、歴史的事実も伝える。この離れ業を実現するために、あえて史実とフィクションを並列にしたのだという。
「もちろん、史実とフィクションは厳密に分けなければなりませんので、ひと目でわかるように目印を付けていますし、メイン展示の向かい側の壁には各時代のデータを展示する工夫もしています。ですが、フィクションもまた土地を形作ってきた物語です。当館はあくまでも文学館ですから、私たちの周りには『物語』が満ちているということを見る方に感じていただきたい。それが、一般的な歴史博物館ではできない、当館ならではの個性だと思っています」
特徴は他にもある。展示の形態に実に多様なのだ。
選ばれた26の歴史的エピソードのうち、10本は映像化されているのだが、神話はアニメーション、播州皿屋敷は怪奇ドラマ風、姫路城の築城物語は落語風、幕末の混乱はニュース映像風と、それぞれにもっともふさわしい手法で撮られている。各作品とも数分程度のショート・フィルムだが、クオリティが高く、文学館の展示作品を超えたおもしろさについ見入ってしまう。
私が特に気に入ったのは、近松門左衛門の名作浄瑠璃で有名な「お夏清十郎」のエピソードを実写ドラマ化したものだった。
「この映像は私も好きです。お夏は、最近若手女優として頭角を表している今田美桜さんが演じてくださっているんですよ。私も撮影に立ち会ったのですが、迫真の演技にラストシーンでは思わず涙がこぼれました」
おお、これは貴重な情報。ファンなら要チェックだ。
壁面の展示パネルも漫画になっていたり、文字と挿絵が組み合わさったりなど、とにかく変化に富んでいるので見ていて飽きない。
「リニューアルの際、重要視したのが『中学生でもわかる表現を心がける』という点です。また、さほど広いとはいえないスペースを最大限利用するために、情報は数段階に分けてお客様の目に入るようにしています。新聞や雑誌では、まず大見出しがあり、その次に小見出し、さらに細かい記事や写真といったように、見る側が興味の度合いによって情報を選べるようになっていますよね。あの構成にならい、パネルもまずは大見出し、その次におおまかな内容説明があり、そこに興味を持っていただいたら映像やレプリカなどの関連資料で詳細を知っていただけるようにしています」
考え抜かれ、凝りに凝った展示。じっくり見ていくと一時間どころか二時間はかかるだろう。40メートルほどの回廊には、姫路の二千年が凝縮されているのだ。

言葉で遊ぶ 言葉に出会う 「ことばの森展示室」

時間の回廊が終わると、次は言葉の部屋が待っていた。
「当館では『物語』とともに『言葉』も大きなテーマにしています。ここ『ことばの森展示室』では、播磨ゆかりの作家や学者たちが遺した珠玉の言葉に出会ったいただこうと思います」
展示室の壁には、さまざまな人物を紹介するパネルがかかっている。

「播磨ゆかりの作家には、夏目漱石や太宰治のように誰もが知っている人という人はそう多くありません。しかし、各界に大きな足跡を遺した方はたくさんおられます」
たとえば、〈学問のパイオニア〉には日本民俗学の父と呼ばれる柳田國男、『人生論ノート』で有名な三木清、〈詩歌に乗せた魂〉には「赤とんぼ」の作詞者である三木露風や学生歌人・岸上大作、〈十七音の宇宙〉には俳人の永田耕衣や川柳作家の時実新子、〈物語を紡ぐ〉には佐多稲子や車谷長吉、〈エンターテインメント〉にはアニメーション作家の瀬尾光世や落語家の桂米朝などなど、ここには書ききれないほどの多彩な人々と、彼らが発した「言葉」が展示されている。
「情報化社会になった今、TwitterなどのSNSでは誰のものかわからない言葉が常時流れていますが、少しでも心に響くと発した人が誰であれ『いいね』を押しますよね。そんな感覚で楽しんでいただきたくて作ったコーナーです」

プロジェクタで壁に映し出される各人の言葉やプロフィール

そんな中、甲斐さんのイチオシは阿部知二という人物だとか。
「彼は短歌から出発した小説家なのですが、英米文学としても活躍しました。シャーロック・ホームズのシリーズやロビンソン・クルーソーなど、英米文学の翻訳をたくさんものしています。子供向けの翻訳も多く手掛けているので、気づかず彼の文業に触れている方も少なくないと思いますよ。世界主義的に人間を探求しようとした、真の国際派作家といえるでしょう。阿部の訳文は、短歌の素養を生かした美しい自然描写が読みどころですし、人間への深い眼差しも感じられます。小説も書いていまして、それは当館で復刻して販売しています」
さらに、同じエリアにある「ことばの泉」と名付けられたタッチパネル式の展示も見逃せない。
画面にさまざまなキーワード--「夢」「仕事」といったカテゴリや、味覚や触覚に関わる言葉--を選ぶと、それに関連する「言葉」が浮かんでくる。

「ことばの泉」の画面 「苦い」をキーワードに分野ごとに分けられている。

「言葉との出会い、人物との出会いを気軽に体験してもらえたらというのがコンセプトです」
その時の気分によって気ままに選んでいけば、思わぬ人の思わぬ言葉にぶつかることだろう。きっと、そこからなにかのヒントをもらうこともあるだろうし、新しい世界が広がることもあるだろう。
これは、何時間でも遊んでいられる。
「当館を初めて訪れる方には、最初の風土記コーナーや歴史ものがたり回廊で姫路そのものを知ってもらう。文学や言葉に興味があるならば、ことばの森展示室で偶然出会った言葉からいろんなイメージを膨らませてもらえると思います。ただ、面積の割にはコンテンツ量が多いので、一度に全部見るのは難しいかと。ですので、リピーターの方には、自分なりのテーマ--たとえば今日は姫路城の成りたちと戦いの歴史を知ろうとか、姫路に生きた女性の物語を見るぞとか、今の自分にぴったりな言葉を見つけよう、などなど、テーマを設けて来ていただければと思います。テーマ選びに役立つガイダンスも用意しておりますので、館内の係員に気軽にお声をかけてください」

いやあ、ここまで幅広く資料を揃えた館はちょっとめずらしいかもしれない。媒体もスタンダードな文字資料の展示から最新のヴィジュアル装置まで様々あるし、コンテンツの切り取り方も斬新だ。
さらに、哲学者である和辻哲郎のコーナーや南館の司馬遼太郎記念室など、一人の人物を深堀りすることもできる。紹介しきれないほど盛りだくさんな文学館だ。
「文学館ができることはほんの一握りですが、目を凝らすといろんな話題が転がっている地域なので、発見に満ちた施設になればいいなと思っています」
近く住んでいたら毎月でも通うよなあと思わされた文学館。
姫路在住のみなさんは本当にうらやましい。
姫路にこれから遊びに行くというみなさんは、ここは絶対行ったほうがいいですよ! 

 

書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。