詩吟(しぎん)と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
漢詩にメロディをつけたもの?
年配の人がやっているもの?
なんとなく伝統的な習い事?
なんか渋いけど難しそうなもの?
私もそうでした。
でも、例えば足利義氏の詩や与謝野晶子のみだれ髪が歌になるとか、幕末の志士が日常で楽しんでいた文化とか聞かされたら、どんな感じのものなのだろうとちょっと興味がわきませんか?
そんな好奇心を満たすべく、富岳流日本吟詠会(ふがくりゅうにほんぎんえいかい)の江東支部のお稽古におじゃましてきました。
歌う、のではなく吟ずるのが詩吟
詩吟は「漢詩に音節をつけて吟う(うたう)こと」、という説明がされることが多いようです。この節は、通常の歌のようにいわゆるメロディに言葉を乗せていくのではなく、一言一言を言いきった後に独特の節回しでより情感を表します。ちょっと演歌のこぶしを唸る感覚に近いでしょうか。
伴奏には、もともとは尺八や横笛が使われていました。しかし、今回の練習で見せていただいたのは詩吟コンダクターという電子邦楽器。一見、ピアニカみたいな楽器で、哀愁を帯びた音が特徴的です。伴奏というより音の確認の意味も大きいようですが、今ではこれが一般的に使用されており、大会などでも使われるほどなのだそう。
コンダクターというからには、言葉の意味からネーミングされた商品名なのだと思っていたら、調べてみると日本コンダクター販売社の商品だったところがルーツのようで、今ではウォークマンのように一般化してしまっているそうです。言葉の意味としてあまりにぴったりのネーミング、ちょっと笑ってしまいますね。
さらに調べてみると、この詩吟コンダクター、今はスマートフォンアプリなどでも存在しているのです。進化しているのですね。
これが節回し。
うちの教本の詩は全部手書きなんですよ、と富岳流日本吟詠会師範の大関さん。詩につけられた吟符(ぎんふ)にあわせて吟じます。いわゆる楽譜です。
吟符一覧表。まずこれを覚えるのが大変そうです。
詩吟は、茶道などのお稽古と同じに、教本の最初から順番に学んでいくスタイルです。基本は漢詩ですが、和歌・短歌・俳句・俳諧歌(はいかいか)・新体詩(しんたいし/欧州スタイルの詩形式・現代詩はほぼこの形)などバリエーションも多く、上級者になればこの詩をやってみたい、ということも自由にできるようになるのだそうです。
ひと通り覚えるまでにはどのくらいの期間が必要なのかをお聞ききしてみると、早い人で7-8年、普通は10年ですね、との回答でした。師範ともなると、吟じられるだけでなく、その詩や和歌の歴史的背景を学んだり、「符付け」という音階を付けることもできる必要があるそうですから、その域にまでに達するにはかなりの鍛錬と幅広い知識が必要なのでしょう。
また、詩をただ披露するだけでなく、剣と組み合わせた剣舞(けんぶ)や扇をもって舞う扇舞(せんぶ)、文字を書く書道吟(しょどうぎん)なども詩吟には様々な形も存在するそうです。まとめて「吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)」と呼ばれていることもあります。
今日では、さらに華道にあわせた華道吟や空手吟などという形式も存在するそうで、お話をお聞きした富岳流の例だと、居合とあわせた型なども。さらに調べてみると太極拳や座禅などとあわせて披露されることもあるようで、この自由さもなんだか面白いですね。
詩吟は武士の教養の一部だった?
詩吟は江戸時代後期、私塾や藩校などで行われていました。詩に節や曲をつけて歌う風習は古代中国にもありましたが、現代のスタイルの詩吟は、それらの場で漢詩に独特の節を付けて読むようになったことから始まったと言われています。
私塾や藩校で学んでいたのは、藩士の子弟たるいわゆるエリートたち。各地からより鍛錬すべしと集まってきていたわけですから、それらの門人たちが、学んだことを自分の地元や故郷に持ち帰り、結果的に日本全国に広まっていったことは想像に難くありません。
幕末の頃には、維新の気運だったのでしょうか、高歌放吟(こうかほうぎん)型と呼ばれるあたりかまわず大きな声で吟ずることも流行ったそうです。もしかしたら、ゲームやアニメで人気のあの幕末の剣士たちも、実際に好きな詩に未来を重ねて吟じていたのかもしれませんね。
そもそも漢詩とはなんなのか
漢詩とは中国の伝統的な詩のことです。紀元後6~7世紀頃に日本に伝わってきたといわれています。春秋時代の詩経(しきょう)に始まり、楚辞(そじ/四言が基調)、楽府(がふ/三言が基調)、五言詩、七言詩など変化を経て発展してきました。現代の学校で習う漢詩は七言詩です。李白(りはく)や白居易(はくきょい)、杜甫(とほ)など有名な詩人が活躍していた時代のものです。
ではなぜ漢詩だったのでしょうか。
江戸中期まで、海外からの高度な学問は中国から入ってくるという考えが一般的でした。さらに、藩校などで儒学が採用され、基本としての「大学」「中庸」「論語」「孟子」の四書をきちんと素読(そどく/声を出して読む)できることが非常に重要視されました。そのため漢詩や漢文を間違えずに素読できることは、教養のあかしでもあったのです。
声を出すこと、そして漢文と漢詩が重要視されたこと、これらが詩吟のルーツであることは容易に想像できます。なお、具体的には日田の咸宜園(かんぎえん)や江戸の昌平黌(しょうへいこう)において行われていた漢詩に節をつけるやり方が日本全国に広められたといわれています。
浪曲との違い
伝統芸能の中でも、詩吟と少し似ているのが浪曲です。同じように節をつけて歌います。違いはなんでしょうか。
浪花節ともいう浪曲は、三味線の伴奏にあわせ、節をつけて詠う寄席演芸のひとつです。節をつけた詩吟に似ていますが、歌う部分と語りの部分に分かれ、それを1人で演じることが異なります。
また、浪曲は物語を題材にしているところが違います。義理人情の世界を題材としたものが多く、そこから転じて「浪花節にでもでてきそうな」という意味で「浪花節的な」あるいは単に「浪花節」と表現されるようになっています。
どうして詩吟をやろうと思ったのか聞いてみた
せっかくなので、富岳流日本吟詠会の皆さんに聞いてみました。
「どうして詩吟をやろうと思ったのですか?」
皆さんが声をそろえておっしゃるには、お腹から声を出すことがとても気持ちいいのだということ。
着物姿の素敵なKさんは、カラオケなど大きな声を出すことが苦手だったそうですが、お友達に誘われてやってみたら気持ちがよくてハマり、すでに10年ほど経つそうです。
まだまだですと謙遜されますが、逆にお腹から声を出すことを覚えてからカラオケへの抵抗感も少しなくなったのだそう。そんな効果もあるのですね。
まだ始めて半年未満のHさんは、どうしてどうして堂々とした吟じぶり。漢詩の良さはもちろん、その詩にまつわる歴史をより深く学べることが魅力なのだそうです。確かに、拝見した教本に乗っている詩の作者として、この人が、と思うような見慣れた名前があちこちに見受けられます。
高杉晋作、太宰治に加えて、武田信玄!
上杉謙信と菅原道真と乃木将軍が並んでいるというのもすごい。
日本史好きならそれこそ萌えてしまう名前がずらりです。確かにこの人が実際にこの詩を作ったのかと思うとさらに味わい深い気がします。
最初に万葉集の歌を華麗に紹介してくださったKAさんは、50年前に漢文の授業で触れた詩吟に感動し、定年退職後に始めたそうです。やはり声を出すことで、身体感覚が研ぎ澄まされる感じがいいのだとおっしゃっていました。
詩吟をはじめてみたいと思ったら
思ったよりも奥の深かった詩吟という文化。本質には儒教由来の漢文文化があり、言うなれば武士の教養、日本の近未来を作り上げたと文化でもあったということなのでしょう。
そんな詩吟という技術を身につけるには、やはりどこかの流派の門をたたくことが基本になるようです。詩吟の流派は全国大小合わせると3000ほどあるそうですし、カルチャーセンターでの指導や、流派が一堂に会する全国コンクール(なんと開催は武道館!)など見渡してみれば思う以上に多くの機会があるようですから、まずはどんなものか、あなたも是非一度触れてみてはいかがでしょうか。
面白いことに、昔から詩吟はなぜか関西の方が盛んで上手な傾向もあるのだそうです。西といえば山口など倒幕に燃え学びにまい進した志士たちの影響?なんて、お話を伺えば伺うほど謎と興味は尽きません。
歴史を学び、漢文に馴染み、節回しで思いを表現する。詩吟という一つの文化は、どうも幅広い日本文化の入り口でもあるようです。
富岳流日本吟詠会 江東支部長 大関勝風・吉本桂子(敬称略)
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