沖縄の歴史と文化の象徴である首里城が、巨大な炎に包まれたというニュースが知らされたのは、2019年10月31日未明のことだった。城の主要な建物が焼け落ち、沖縄県民ならずとも衝撃を受けた人は多いだろう。歴史的には5度目の焼失。沖縄戦で灰じんに帰してのち、約30年もかけた一帯の復元工事を2019年1月に終えたばかりの出来事でもあった。
しかし、悲しんでいるばかりの沖縄じゃない。悲報の直後から、国内外からの激励と義援金の申し出は途切れなく、政府も全面的なバックアップを約束している。そして、注目されているのが「島の歌」。かつての琉球王朝と、その王府としての首里城を描いた歌に、改めて耳を傾けようという機運が高まっている。ここでは沖縄音楽の大スタンダードに、注目の最新作を合わせて紹介しよう。
※首里城のイラストは沖縄市のブルース/フォークシンガーでイラストも手がける、ひがよしひろさんに描いてもらった
「芭蕉布」/苦難を乗り越えて! 蘇る島の「国歌」
「芭蕉布」 は1965年、未だ米軍の統治下にあった沖縄に生まれた大ヒット。かつては島の「国歌」とすら言われ、たくさんの沖縄系ミュージシャンが歌ってきた。ちなみに織物としての芭蕉布は、糸芭蕉の繊維を撚って丹念に織られ、王朝時代の士族の衣装だけでなく、南国に生きる庶民の風通しのいい着物としても愛用されてきた(沖縄本島・大宜味村喜如嘉=きじょか=の芭蕉布は国指定重要無形文化財)。歌は、このような島の伝統を踏まえながら、ゆったりとしたワルツで、常夏の島・沖縄(うちなー)を称える。海の青、空の青、風にゆれる芭蕉布……その中で、「首里の古城」は石畳を遺すのみ……。今回の首里城のできごとをきっかけにこの名歌が見直されているのは何とも切ないが、それはある意味、祈りであるのかもしれない。
「芭蕉布」夏川りみ
「赤田首里殿内」/首里城のお膝元に生まれたかわいい祝い歌
「赤田首里殿内」(あかたすんどぅんち)は、首里城のお膝元、現在の那覇市首里赤田町あたりで生まれたとされる。かつて中国大陸からこの地に来訪した「ミルク(弥勒)様」を祝う歌だ。漢字ばかりで難しそうなタイトルとは裏腹に、キュートで楽しげな曲調。子どもたちにもお遊戯ソングとして元気いっぱいに歌われている。赤田のミルク信仰は約300年も前にさかのぼるそうで、当時、琉球王朝と密接な関係にあった中国福州(現・福建省福州市)から首里城へ伝わったミルク様の掛軸がはじまりにある。「赤田の殿内(とぅんち)に、黄金の灯篭が飾られて、煌々と灯が点れば、ミルク様が果報を届けてくださる」。赤田ほか首里城の周辺はおいしい水が豊富な地域でもあり、琉球王府は赤田を含む三地域だけに泡盛の醸造を許可したという歴史も。今でも赤田は酒造メーカーが多い。
「赤田首里殿内」キロロあやののあそびうた
「国頭サバクイ」/日夜を問わず首里城へ御材木を運んだ木遣歌
沖縄の伝承歌のなかでも、勇壮かつリズミックな歌として知られるのが「国頭(くんじゃん)サバクイ」だ。それもそのはず、はるか沖縄本島北部の山中から、島の南に位置する首里城(北殿)建設のために美しい樫木を切り出し、運び込むぞ!という命がけの木遣歌(とその踊り)だからだ。題名は「くにがみ(国頭)地方のお役人」という意味。「…なご山の樫の木は、うなぎの真肌のようである…御材木を山から搬出するために、夜昼山に泊りきりだ…あの木がよいか、この木がよいか、北の御殿の建築用の御材木であるから、よく吟味して、木挽き車に乗せて引こうではないか」(国頭郡伊江村のウェブサイトより抜粋)。繰り返される「アハハ~、イヒヒ~」という笑い声のような合いの手は、あまりの緊張感に接すると、人は笑い出す、ということを歌として表現しているそうだ(沖縄ポップの祖、照屋林助さんの解説による)。
「国頭サバクイ」ネーネーズ(初代)
「かぎやで風節」/300年を迎えた「組踊」と宮廷音楽「御前風」
いにしえの首里城は、琉球王朝の最高レベルの芸能文化が集まった場所でもあった。「組踊」(くみうどぅい)という画期的な楽劇、いわば琉球版オペラが首里城正殿前の御庭(うなー)で初めて演じられたのが1719年。それから300年後の2019年、「組踊上演300周年」を記念して大規模な公演が企画されていたが、このたびの件で一部を中止せざるを得ない事態に。琉球国王や国賓の前で披露された音楽のなかで主要な5曲を「御前風」(ぐじんふう)というが、組踊と同じく長く伝えられてきたそれら慶賀の琉球古典音楽も、一時的にとても歌い演奏できる気分ではなかったとも聞く。しかし、今、再建の機運は急速に高まっている。結婚式ほか祝いの場での最高のスタンダード「かぎやで風節(かじゃでふうぶし)」は御前風の筆頭に挙げられるが、その舞と歌を満面の笑みで迎えるのは、もうすぐ、と祈りたい。
「かじゃで風」玉城流玉扇会(首里城の舞)
「NeoSoul“琉球”」/気鋭の若手が島の王朝文化に捧げる島唄ヒップホップ
偶然とはいえ、仲宗根創(なかそねはじめ)が2019年晩秋に、新時代の「組踊」として、ダンス曲「NeoSoul“琉球”(ネオソウルリュウキュウ)」を発表した。仲宗根さんは1988年生まれ。小さい時から天才的三線プレイヤーとして知られ、今や沖縄本島を代表する島唄ミュージシャンの一人となった。その彼がR∞2(ルーツ)というプロジェクト名で「EUM(エレクトロ・ウチナー・ミュージック)」に挑み、ラッパーや組踊の若手実力者、沖縄空手の面々と打ち出したのが「NeoSoul“琉球”」だ。これまでに紹介した首里城の文化から発した「島の歌の伝統」、そのエッセンスをどう活かしているのか、耳を傾けてみてほしい。
「NeoSoul“琉球”」
R∞2 feat.鉄ちゃん 〈Ryukyu Kumiodori Chant:玉城流三代目家元 玉城 盛義〉
参考文献:藤田正・大城弘明『沖縄島唄紀行』小学館
参考サイト:組踊上演300周年 https://kumiodori300.okinawa/