2019年2月、本の街・神保町にオープンした「MANGA ART HOTEL, TOKYO」。広義の“アート”の観点から選書した膨大な数のマンガを取りそろえた“漫泊”施設です。
オーナーを務める御子柴雅慶(みこしば まさよし)さんと吉玉泰和(よしたま やすかず)さんはホテル立ち上げのために、なんと5千冊のマンガを読んだのだとか。そんな御子柴さんに、今ガチで面白いマンガを教えていただきました。
令和最初のお正月は、最大で9連休というラッキーイヤー!ひたすらマンガに浸って贅沢な時間を過ごしてみては?
5千冊のマンガを吟味し、キュレーションしている御子柴さん
楽天株式会社を退職後、「株式会社dot / dot inc.」を設立。2019年2月、初の自社ブランドホテルで“漫泊”をコンセプトにおいた「MANGA ART HOTEL, TOKYO」を神保町にオープン。共同でdotの代表取締役を務める吉玉泰和さんと一緒にキュレーションした5千冊のマンガをホテルに設置し“一晩中マンガ体験=漫泊”を提唱している。
「日本を代表する文化の1つであるマンガは、笑ったり、泣いたり、考えさせられたり、学んだり、また1つのアート作品としても楽しめるとても奥深いものだと思います。今回はそういった感情を動かしてくれる、ためになる、かつ書籍としても魅力的だと感じられるものを選びました。読者の方の参考になれば幸いです!」(御子柴さん&吉玉さん)
1.『ブルーピリオド』山口つばさ
ある日突然、美術に目覚め、東京藝大をめざす不良に胸アツ
御子柴:文句なしに僕史上トップテンに入る作品で、いろいろな場でおすすめしているのが『ブルーピリオド』です。不良高校生、矢口八虎(やぐち やとら)が東京藝大を受験する話なのですが、作者の山口つばさ先生は、実際に東京藝大に現役合格しているんですよね。その山口先生の経験が作品にしっかり落とし込まれているので、ストーリーに説得力があります。
主人公の矢口は、不良だけど頭が良くてなんでもこなせる器用なタイプ。ただ、家庭があまり裕福じゃないこともあって、美大に入るなら国立、すなわち東京藝大一択だ、という流れで受験に挑みます。その時の彼の腹のくくり方が尋常じゃなくて、ものすごい勢いで画力を上げていくのですが、山口先生は藝大の油絵出身なので、油絵の描き方とか見方非常にリアルに描かれています。
『ブルーピリオド』は何といっても、言葉が刺さります。物語の中で「絵なんて趣味でいいじゃん」という考えに対して、「いや、そうじゃない」と主人公が葛藤しながら奮闘していくのですが、「言葉で表現できないことを絵で表現する」と言いながらも、きちんと言葉で伝えているんですよね。とにかく名言が多すぎる作品なのでぜひ読んでほしいです。
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ブルーピリオド
著者:山口つばさ
初版:2017年12月 ※『月刊アフタヌーン』で連載中
発行:講談社
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2.『二月の勝者-絶対合格の教室-』高瀬志帆
リアルな中学受験の裏側に読む手がとまらなくなる
御子柴:受験つながりでいうと、この『二月の勝者-絶対合格の教室-』もめちゃくちゃリアルで面白いです。こちらは中学受験の話なのですが、SA〇IXか日〇研が裏でスポンサーに入っているのではと勘繰りたくなるぐらい、お受験の裏側が生々しく描かれています。
主人公の黒木蔵人(くろき くろうど)は、「最強最悪の塾講師」と呼ばれる受験業界で異色の存在。大手の進学塾から中堅クラスの進学塾に転職して、新校長として塾を立て直していくのですが、親のことを「スポンサー」と言ったり、子供たちに「君達が合格できたのは、父親の『経済力』、そして母親の『狂気』」とか言い放っちゃうありえない先生なんですよね。けどものすごく有能なわけで…。黒木のミステリアスで独特なキャラが最高です。
『ドラゴン桜』の中学受験版というわけではないですが、似てるところはありますね。異なる点は、もう少し家庭の事情にまで踏み込んで描かれているところです。受験ビジネスというお金儲けの裏側も見どころですが、「お金がなくてゲームが買えないから、友達の輪に入っていけない…」っていう、小学生事情がリアルに描かれているところが面白い!小学生の世界でもお金で勝ち負けが決まるのか…みたいな。父親と母親の教育方針の違いなんかも読みごたえがあって、子育ての予習本にも役立ちます。読んでいて続きが読みたくなる作品です。
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二月の勝者-絶対合格の教室-
著者:高瀬志帆
初版:2017年12月 ※『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載中
発行:小学館
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3.『はじめアルゴリズム』三原和人
天才少年の数学ロマンに文系人間でもキュンとくる
御子柴:『はじめアルゴリズム』は珍しい数学のマンガなのですが、おじいちゃん数学者の内田豊(うちだ ゆたか)が、廃校で出会った少年・関口ハジメ(せきぐち はじめ)に数学の天才的な才能を見出し、彼を自分が住んでいる京都に連れていって才能を開花させていくという話です。
この作品の見どころは、数学で一番重要な要素は「情緒」であると定義しているところ。作中に「情緒とは、美しいものを美しいと感じるこころの目。そして、情緒を通して『問い』が開く」というセリフがあるのですが、あれ、数学ってこんなにロマンティックだったかなと数学に対する見方や感じ方が変わります。
三原先生の柔らかい絵柄も雰囲気がよくて好きですね。このかわいい絵柄のおかげで、数学が苦手な人でもとっかかりやすい作品になっている気がします。第4巻あたりから本気の数式がバンバン出てきますが、数学の概念そのものというより、数学の美しさを可視化させた作品なので、数学の話はちょっと苦手という人も、敬遠せずに手にとってみてほしいです。
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はじめアルゴリズム
著者:三原和人
初版:2017年11月 ※『週刊モーニング』で連載中
発行:講談社
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4.『ミステリと言う勿れ』田村由美
大学生「ととのう」君の怒涛のべしゃりに圧倒される
御子柴:『ミステリと言う勿れ』はタイトルに「ミステリ」とあるのですが、もうこれ、何のマンガかもはやわからないです。通常「ミステリ」というと、事件が起きて、推理して、解決して…という流れだと思いますが、この作品は日常に潜む普遍的な疑問を解決していくという、ちょっと変わった作品なんです。人間の心のミステリを解き明かす、みたいな…。
とにかく主人公の大学生、久能整(くのう ととのう)が個性的なんです。哲学の知識量が尋常じゃなくて、間髪入れずに持論をこねくり回す話しぶりで、人間の心の問題もスッとその場で整えてしまうような力がある。常に冷静沈着な主人公がものすごくたくさんしゃべるのですが、でもものすごく理路整然としているんです。例えば「どうして人を殺してはいけないのか」という疑問にも淡々と簡潔に答えています。
主人公の圧倒的な話のもっていき方に、読んでいて舌をまきますね。物事をみる角度が多面的で、さらにそれを的確に言葉で表現できるととのう君。セリフの文字数が本当に多いのですが、クセが強い天然パーマの主人公に気づいたときにはすっかりハマってる…そんな魅力のある作品です。
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ミステリと言う勿れ
著者:田村由美
初版:2018年1月 ※『月刊flowers』で連載中
発行:小学館
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5.『日に流れて橋に行く』日高ショーコ
老舗呉服店を立て直すイケメンたちに夢中になる
御子柴:最近注目しているのが、『日に流れて橋に行く』ですね。明治後半の日本で、老舗の呉服屋「三つ星」が百貨店にビジネスモデルをチェンジしていく話なのですが、おそらく三越がモデルになっていると思います。
本作で注目してほしいのが、卯ノ原時子(うのはら ときこ)という女性キャラです。話の軸になるのは、呉服屋の三男でイギリス帰りの星乃虎三郎(ほしの とらさぶろう)と、彼をサポートする鷹頭玲司(たかとう れいじ)ら男性キャラたちですが、時子はその中で「三つ星」初の女性店員という重要な役割を担う人物です。
作者の日高ショーコ先生は、もともとボーイズラブで有名な漫画家さんで、この作品も「ボーイズラブ目的で手にとったら違ってた…」という感想も散見されます。それでも、女性の社会進出が快く思われていなかった時代に、逆境に負けじと仕事に奮闘し、新しい日本の女性像をつくっていく時子さんの魅力にやられますね。「日本の夜明け」ともいえる時代が背景なのもあって、アントレプレナー精神をくすぐられるところもあるので、男女問わず読んでみてほしいです。
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日に流れて橋に行く
著者:日高ショーコ
初版:2017年10月 ※奇数月刊誌『Cookie』で連載中
発行:集英社
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6.『ニュクスの角灯』高浜寛
海外も絶賛した明治アンティークの世界にうっとり
御子柴:『ニュクスの角灯(ランタン)』もおすすめのマンガを聞かれるたびに推薦している一冊です。明治時代の長崎とパリの話で、読み書きができない主人公の少女・美世(みよ)が道具屋に奉公に出て、いろいろないきさつを経て最終的にフランスに旅立つ話なのですが、ひたむきで前向きな主人公のメンタルが、読んでいて爽快な気分になるんですよ。話が進むにつれて、美世がどんどん視野を広げていって、成長していく様子に読んでるこっちもワクワクします。
タイトルにある「ニュクス」は、ギリシア神話で「夜」が神格化された女神のこと。作中に「ニュクス」をかたどったランタンが出てくるのですが、「ニュクス」が何を象徴しているのか、「ニュクス」が何を照らしているのかは、ぜひ読んで確かめてみてほしいです。
この作品は高浜寛先生の味のある絵もみどころです。高浜先生はどちらかといえば日本よりも海外で知られていて、ヨーロッパですごく人気があります。名前が一見、男性のようですが女性の漫画家さんです。風俗文化を描くのがものすごく上手な方なので、昭和初期を舞台に風俗雑誌界隈のドタバタを描いた『四谷区花園町』もオススメです。
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ニュクスの角灯
著者:高浜寛
初版:2016年1月 ※『月刊コミック乱』で連載、完結
発行:リイド社
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7.『銀河の死なない子供たちへ』施川ユウキ
ゆる~いタッチで描かれた子どもの死生観にオトナ泣き
御子柴:この『銀河の死なない子供たちへ』は、たぶん泣けます。永遠の命をもってしまった不老不死の姉弟の話なのですが、彼らを取り巻く大人たちは不老不死じゃないので、彼らとは違って死んでいってしまいます。永遠の命とは…、というあの手塚治虫の『火の鳥』で描かれていた命題を抱えていて、死生観について色々考えさせられます。上下巻で完結しているので、サクッと読みやすいと思いますよ。
ストーリーがシンプルで、これ以上語るとネタバレになってしまうので、ごめんなさい、説明はここまでとさせてください…。
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銀河の死なない子供たちへ
著者:施川ユウキ
初版:2017年9月 ※完結
発行:KADOKAWA
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どれもこれも気になる作品ばかりで目移りします。読むタイミングを失う前に早めにチェックしたいですね。
MANGA ART HOTEL, TOKYO
住所:東京都千代田区神田錦町1-14-13 LANDPOOL KANDA TERRACE 4階、5階
時間:チェックイン 15:00〜00:00、チェックアウト 05:00〜11:00
公式HP