「ウチの猫が人間の言葉を話せたらいいのに〜。」そう考えたことがある人は、私だけではないはずです。テレビ番組やSNSで「人の言葉を喋るペット?!」なんてかわいらしい動画を見かけますが、江戸時代にもそんな記録が残っています。
江戸時代に現れた、人間の言葉を話す猫
江戸時代中〜後期にかけて、南町奉行所の役人が約30年にわたって書きためた雑話集『耳袋(みみぶくろ)』。役人が公務の合間で老人などに聞いた奇談を編集した全10巻の記録です。この雑話集の中には人間の言葉を話す猫の物語が、2編記録されています。
「10年生きれば、みんな話せるよ」
1795(寛政7)年の春、牛込山伏町(現在の新宿)のあるお寺で起こったできごと。その寺の飼い猫が、庭で鳩を狙ってじーっとしています。近くで住職が声を出したところ、鳩は飛び立ってしまいました。すると猫が…
うむ、ざんねんなり。
と喋ったではありませんか。驚いた住職は、慌てて猫を追いかけ、台所で捕らえます。
突然人の言葉を話すなんて、なんとも奇妙だ。なぜ喋れるようになったのか理由を言いなさい!言わぬのなら、わしはおまえを殺してしまうぞ。
猫はこう答えます。
人間の言葉をしゃべれるのは、わたしだけではないぞ。10年も生きていれば、たいていの猫は喋れるようになるし、15年も生きれば変化(へんげ)の力もつく。(人間たちの健康管理が不行き届きだったから猫が長生きせず)わたしたちの力に気づかなかっただけだ。ちなみに狐と交わって生まれた猫は、そんなに年をとらなくても、物を言うことはできるぞ。
住職は猫がきちんと回答してくれたので、他人の前では喋らないよう注意しました。猫はしきりにお辞儀をしてその場を去りましたが、外に出るとそれきり戻ってくることはありませんでした。
「何も言った覚えはないよ」
江戸番町(現在の千代田区)のある武家の屋敷では、どんなにねずみが家を駆け回っても、決して猫を飼わなかったそうです。しかしこの屋敷では、ずっと昔に猫を飼っていました。そのころのお話です。あるとき庭先に来たスズメを取り損なった猫が…
ざんねん。
と声をあげたので、屋敷の主人は耳を疑い、咄嗟に猫を捕まえて威嚇しました。
人間の言葉を喋る、怪しい奴め!
すると猫は、
わたしは何も言った覚えはないよ。
としれっと答えるのです。呆れているうちに、隙を見て猫は逃げ出して、そのまま戻ってきませんでした。このことがあってから、家で猫を飼うことはありませんでした。
なぜ猫は「化ける」のか?
2編ともに猫が鳥を逃し「ざんねん」と声を上げ、人間に捕まり、その場を去るというお話です。江戸時代は、とりわけ猫にまつわる怪談や奇談が多く残っていますが、その多くは老いた猫が化けた話やこうした人の言葉を喋るといった内容。当時「猫が化ける」とされたのは、ミステリアスな性格や表情、人に媚びない性格に由来していたのでしょう。
現代でも猫が「ごはん」と喋った!なんてニュースを耳にしますが、表情豊かな鳴き声が人間の心情と重なりそう聞こえてしまうのかもしれません。それとも飼い主たちが「喋ってくれたらいいのに!」と願っているから、そう聞こえてしまうのか…。うちの猫も、10歳になったら喋るのかしら。いつか話してみたいものです。